幼年期の終わり
森の中に、木のぶつかる音がカァン、コォン、と木霊していた。
「そぉら、そら、そら、そらっ!」
「くうぅうっ……!」
黒髪に赤い瞳の少年が、灰の髪に金の目の少年を圧している。
そして、木に寄りかかっている白髪の少年は、その勝負の行く末を見守る——こともなく、ぐうぐう寝ていた。涎まで垂らして。
「なぁバルド! 今日の晩飯はなんだろうなっ!?」
「えええっ、あ、えとっ、……あッ!」
意識が『今日の晩御飯』に持って行かれた灰髪の少年、バルドは、棒を握る手が緩くなり、あっさりとそれを弾き飛ばされた。
「わーっははははは! にーちゃんに勝とうなんて100年はえ〜ぞ!」
「ズルだ! 兄さんいつもズルばっか使ってる!」
「やーいやーい! ズルも手の内で〜す!!」
「んん〜……、ディルク兄〜、バルド兄〜、終わったの〜? ……ふあぁ」
黒髪の少年、ディルクは木の棒を掲げて『今日もディルクにーちゃんの勝ちだ、フェリ』と、瞼から青の瞳をのろのろと覗かせた少年、フェリ——フェリクスに告げた。
フェリクスはいつも通り、『ケガしてない?』と二人に問うて、ディルクは自信満々に、バルドは不承不承といった感じで頷いた。
「……ていうか、なんかヘンな匂いしない?」
「……木の焼ける匂い? ……母さんが晩御飯の準備してるんじゃないか?」
「それにしちゃ早くないか? それに匂いが強い……かまどの匂いじゃないぞ、これ。森の火事かもしれない。母さんに知らせなきゃ、早く帰ろう!」
ディルクは眠りから覚めたばかりの小さな弟の手を取って立たせてやり、バルドと、手の中のフェリクスと共に家路を急ぐ。
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遠くから見ても分かった。
家が、燃えていた。
それよりも、家の前に、お腹の大きな自分達の母親が黒いローブの——恐らく——男と思われる人物らに後ろ手を掴まれて引き立てられていることの方が三兄弟をゾッとさせた。
ディルクがフェリクスの手を離して飛び出そうとするのを、何者かの手が服の背中を掴んで阻んだ。
『沈黙』
(誰だよっ!?)
口がぱくぱくと動くだけで、その人物が誰かを問う事もできない。その事に驚きながらも、ディルクはその手の主を振り返り見ようとする。
視界の端で捉えた光景には、二人の男が映っていた。
自分の肩を掴んでいた男は、左腕にフェリクスとバルドを抱えていて、二人とも口をぱくぱくさせて何か言おうと必死なのが分かった。
突然、ぐん、と体が宙に浮かぶ。三人の男の中、フェリクスとバルドを抱えている赤っぽい灰色混じりの髪の男が自分を持ち上げていた。
(なんだよ、離せよ!)
当然その〝声〟が届くはずもなく、ディルクも担ぎ上げられる。三人の男は、お互い頷き合って、急いでその場から離れ始めた。
ディルクは母の様子を一目見ようと振り返る。
おぎゃあ、と言う声が聞こえた。
黒いローブの人間が、赤子を——真紅に染まった真っ赤な〝赤子〟を——天に掲げ持っている。
母は崩れ落ち、腹部から血溜まりが地面に広がっていた。
(あぁ、あ、ああぁあぁああああああああ!!)
これが、彼らの運命の始まり。
女神が、彼らの運命を縦糸として世界に組み込み始めた、始まりの物語。
ディルク・ヴェルナー(Dirk Werner)
黒髪・赤目の持ち主。10歳
バルド・ヴェルナー(Bald Werner)
灰髪・金目の持ち主。9歳
フェリクス・ヴェルナー(Feliks Werner)
白髪・青目の持ち主。8歳
フェルディア・ヴェルナー(Feldia Werner)
白髪・金目の持ち主。妊婦だった。兄弟の母
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初めての連載です。失踪しないように頑張ります。