第九十八話 ソウルイーター
頬に飛び散る生暖かい血液……。
しかしそれは私のものではなくクローディアのものだった。
剣を持つ手とは反対側の手のひらに、長く鋭い氷の塊が突き刺さっている。
恐らくクローディアの首を狙って放たれたものを受け止めたのであろう。
「おのれ……!!貴様ッ……!!」
怒りに震えるクローディアの視線の先にいたのは、片手を突き出したユーミルの姿だった。
「ユーミル……!!」
クローディアに突き刺さった氷はパキッ!パキッ!と音を立てながらその手を凍らせていく。
氷が肘くらいまで迫ると、クローディアは躊躇なく自分の腕を剣で切り落とした。
大量に吹き出る血液をものともせず、傷口に手をあてがうとクローディアの出血が一瞬にして止まり、そしてそこから新たな腕が出現したのだ。
回復魔法……!?いや、そんなはずはない。もっと別の何かなのだろうが……。
回復の速度は私のブースト時に匹敵するほどの速さだった。
「ふーん。聖女が世界樹の呪いをねぇ……。それがあんたらの狙いだったってわけか」
クローディアを睨みつけるユーミルはいつもとは違うただならぬ雰囲気を放っている。
氷魔法……。コントロールの難しい複合属性魔法を一瞬で、しかも正確に放った……。それに……。
「盗み聞きなんて趣味が悪いわね……。それに油断していたとは言え私の魔力探知を掻い潜るなんて……。一体どんな手を使ったのかしら?」
クローディアの言う通り、ユーミルの魔力は私にも察知することが出来なかったのだ。
これがクローディアの言っていた魔力の覚醒というものの影響なのだろうか?
「やっと見つけたわ魂喰いのクローディア。人の魂を啜りながら二百年も生きてるなんて。どんだけ自分大好きなのよ。あんたの方がよっぽど趣味が悪いと思うけど?」
ユーミルはまるでクローディアを侮蔑するかのように、鼻で笑いながら冷ややかな視線を向けている。
魂喰い……。
ユーミルはクローディアのことを知っているのか……!?
「それで?どうするつもり?あなたも私と一つになりたくてやってきたのかしら?」
クローディアは余裕の表情でユーミルへ問いかける。
「誰がお前なんかと……」
ユーミルが再び手をかざすと、先程の氷の塊がクローディアめがけて発射される。
「フフ……。無駄よ」
氷の塊はクローディアが纏った黒い霧に弾かれ粉々に砕け散る。続けて二発、三発と距離を止めながら氷魔法を連射するユーミル。
詠唱無しでこの精度と速度……。やはりユーミルはただ者では無い。
私も加勢したいのだが、この黒い触手に縛られて身動きが取れない。それにこの触手は拘束した者の魔法を封じる効果があるようだ。
ユーミルが放った氷塊は全てクローディアによって粉砕されてしまった……。
笑みを浮かべたクローディアの眼光が青白く光ると、フランベルジュの刀身を光が覆う。
そして一歩、また一歩とゆっくりユーミルに近付いていった。
「気が変わったわ……。聖女様の前にあなたから食べてあげる……」
近付くクローディアに向けて次々と氷塊を放つユーミル。
が、しかしそれらは全てクローディアに届く事は無かった。
「無駄だと言っているでしょう?」
笑みを浮かべるクローディアを睨みつけたまま、臆することなく氷塊を連射するユーミル。
ダメだユーミル……!それじゃ魔力が持たない……!
「あなたの魂はどんな味がするのかしら?あなたはこれから私の中で惨めにもがきながら、長い時間をかけて消化されるの……。そして私に歯向かったことを後悔する。何十年……いや何百年と……!フハハハ!!」
ダッ!!と強い踏み込みから一気に距離を詰めてユーミルの懐に入るクローディア。
「ユーミルっ!!」
クローディアの一太刀を寸前のところでかわすユーミル。その勢いを利用して身体をひねると、全身の力を利用した蹴りをクローディアの顔めがけて放つ。
ヒュン!と風切り音を立てて大きく空を切るユーミルの足。ユーミルはそのまま後ろへとバク転をしながら距離を取る。
魔法の扱いといいこの身のこなしといい、本当に何者なのだ……。
ユーミルは大きく深く息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出す。
「ねぇ。その歪曲魔法って魔法の使い手……。どんな人間だったか覚えてる?」
ユーミルのいきなりの質問に、クローディアは思わず笑いを溢す。
「ハハッ!いきなりどうしたっていうの?この魔法の使い手ねぇ……。覚えているわよ……確かユリウスの王宮魔導士だったわね。魔法だけが取り柄の地味でつまらない女だった……。そうそう!お姉さんいるんだっけ?二人で家の復興のためにお金貯めてるって言ってたわ!アハハッ!笑える!!落ちぶれた貴族なんて誰も見向きもしないわよ!」
声高に笑うクローディアを尻目に、静かに呼吸を整えるユーミル。震える肩を必死に落ち着かせながら、今にも飛び掛かりそうなその怒りを堪えている。
「せっかく信覚の果実を進めてあげたのに彼女断ったのよねぇ。生意気だから食べちゃった。最後まで姉さん姉さんって助けを求めてたわ……。えーと名前はなんていったかしら……?忘れちゃった」
ユーミルは握りしめた拳を緩め、もう一度深く深呼吸をした。
「あら?もしかしてそのお姉さんってあなたのこと?仇をとるために私を探してたのかしら?」
クローディアはユーミルの顔を覗き込む様にして見つめる。
「いや……。別にその子の姉でもなければ知り合いでも無いよ。全くの他人。事情も解らず首を突っ込むのは筋じゃないと思ったから聞いただけ。でもあんたが予想通りの人間で安心した……。これで心置きなくブッ飛ばせるっ……!!!」
そう言い放ったと同時にユーミルが両手を広げて胸の前で構える。
すかさずクローディアが黒い霧を展開させて反撃の姿勢をとった。
「一度奇襲に成功した程度で凄い自信なのね?頭のネジが緩んでるんじゃない?あなたの魔法は私の魔法に勝てない!さっさと私に食われなさい!!」
「お前の魔法じゃない……!!!」
一瞬……。ほんの一瞬時間が止まった様な静寂が訪れたかと思えば、ユーミルの周囲の空間が歪むほどの魔力が収束していく。
なんだこの尋常じゃない魔力は……!?
あ、頭が痛い……今までこれほど強力な魔力を感じたことは無い……。
ユーミルの胸元には今まで無かった赤い宝石が現れ、眩しい輝きと共に限界まで魔力が圧縮される。
「この魔力は……!?貴様……何をした!!?」
クローディアの表情から先程までの余裕が消え、ユーミルをめがけてディストーションを放つ。
「悪いけど……十宝持ってるのはあんただけじゃないんだよっ!!」
ユーミルが一喝すると、クローディアのディストーションは避ける様にしてユーミルから逸れ、歪んだ空間に吸い込まれていく。
─宵闇より出し虚空の災禍、今全ての理を断ち彼の者を混沌へといざなえ!!─
「システィア=ランバディル……。この魔法を生み出した魔導士の名前……。そして……お前が最期に聴く導士の名だ!!」
空間歪曲魔法!!!
メキメキメキメキッ……!!
クローディア周辺の空間が歪み、纏っていた黒い霧ごと渦となって消滅する。
ユーミルの放ったディストーションはクローディアの左頭部、右腕、左足を大きく抉り取りながら轟音とともに消えた。
「がっ…!あ……!バカ……な……!何故……私の魔法を……!?」
い、生きているのか……!?通常なら即死していてもおかしくない損傷のはずだ……。
「あんたのじゃないって言ってんでしょ?ったく……あれで生きてるなんて……どんな生命力してんだ……」
ユーミルが奥歯をギュッと食いしばった。彼女も先程の攻撃で仕留めたつもりだったらしい……。クローディアの生命力を見て焦りの色が出ている……。
「くそっ!!くそっ!!くそぅ!!許さない……!!許さんぞ貴様!!絶対にっ!!」




