第九十六話 謎の集落
私達がいる集落では各々に役割が与えられている。
武器を持ち村を守る者、耕作をする者、その他生活の世話をする者など、皆決められた役割を淡々とこなしていた。
私に与えられたのは野菜のようなものの栽培だった。
連れてこられた翌日にはクワと種を渡され、ほかの女性達と同様に一列に並んで畑を耕し、午後からは整った土壌に種を植える。
その翌日にはできている作物の収穫。といった具合にルーティーン化された作業を延々と繰り返している様子だ。
お風呂とトイレは共同で、入浴は一日一回決まったタイミングで行う。入浴と言っても温かいお湯で身体を洗うだけのもので、湯船につかれるわけでは無い。
食事も船で食べた穀物とスパイスを練り合わせたようなものだけだった。
日の出とともに起床し、日没と同時に就寝時間となる。当然娯楽なども一切無い規則的な生活。
就寝前にユーミルとその日の出来事や変わったことを話し合っているのだが、ここにきて一週間目の今日、洗濯係のユーミルは一人の女性が何人かの兵士達に連れられて、集落の外に出て行くのを見たという。
集落の柵の外は木々に囲まれており、船をつけた桟橋以外には道という道が無い。
兵士たちは集落の最奥、つまりこの小屋の裏口あたりから森の方へ抜けていったのだという。
私がここに来てからの一週間、船はずっと桟橋に停まったままだった。
もしかしたら女達を支配している人間はこの集落の近くにいるのかもしれない。
真相を確かめようにも作業中はずっと見張りの兵士が監視しており、抜けだすような隙はないが……。
さてどうしたものか……?
こんな時にガイオンの毛皮があったら話は別なのだが……。
……ん?まてよ……。
私は一つだけ監視の目をくぐり抜ける方法を思いついたのだ。ユーミルに耳打ちしてその作戦を実行する機会を伺うことにした。
そしてここに来てちょうど二週間。いよいよ作戦を決行するチャンスが訪れる。
この集落では三、四日に一度、女性が一人選抜された後、小屋の裏口から兵士達にどこかへと連れて行かれることがわかった。
連れていかれる女性達は皆白い装束を着せられ、この集落に戻ってくることは無い……。
明らかに異常な状況である。
一体誰が何の目的でそんなことを行っているのかは知らないが、私と同じように皆望んでここに来ているわけでは無さそうだ。
第一、精神攻撃が効かない私はともかく、ユーミル達は一体どこで精神を支配されてしまったのだろうか……?
ユーミルとそれを話すうちに、私は一つの結論にたどり着いた。
私が船に乗せられたときに出された果実酒のようなもの。あれをユーミルも口にしたらしい。
初めはその美味しさに驚いたらしいのだが、そこから先の記憶が無いということだ。
あの飲み物……。あの島で食べた果実の風味を感じたのだ。
恐らくあれが何かしらの中毒症状を引き起こし、ここの女性達に異常をもたらしているのだと考える。
そうであるならば、あの時女性達があんな反応をしたのも頷けるのだ。
あの果実は私が全て食べてしまったので、新たにあの飲み物を作ることは不可能だとは思うのだが……。
どのみち肝心なことはもっと調べないとわからない。
「本当に大丈夫なの……?」
ユーミルは不安げな表情で私を見つめていた。
真っ白のローブのような衣装を身に纏った私はユーミルを安心させるように頷いた。
「大丈夫です。いざとなったら走って逃げますので」
「いや……そういう問題じゃ……」
そう。今日連れて行かれる女性は私なのだ。
正確に言うと、選ばれたのは私では無かったのだが、ユーミルと協力し髪色と背格好の似ている女性と入れ替わることができたのだ。
本人はユーミルと同じ様に、私の魔法で洗脳を解かれ、正気を取り戻している。
一日の中で入浴中だけは監視の目が弱まる。
そこに目を付けた私達は、監視の目が外れるタイミングを見計らってターゲットの女性に解毒をおこなった。
洗濯係のユーミルが私とその女性の衣服を入れ替えることで、見事に入れ替わることができたということだ。
ユーミル達に目で合図を送りながら浴室を出ると、私は女兵士達に連れられて小屋の一番奥にある部屋へと入ってく。
薄暗い部屋には数本のロウソクが立てられ、中央のテーブルには集落のシンボルである磔にされた人の像が置かれている。
兵士達は像の前に進むと黙って跪いた。
私も怪しまれないように同じように像の前に跪く。
お香のような甘ったるい匂いが鼻を突き、静けさの中に異様な雰囲気が漂っている。
少しの間を置いて、今まで壁であったところに突如として扉が現れた。
これは恐らく結界魔法だ……。魔法によって出口を隠していたのか……。
万が一洗脳が解けたとしても、出口を見つけることが出来ないという訳だ。
やはり他に人間に知られるとマズいことをしている。そう考えるほうが普通だろう。
ギィィ……。と不気味な音を立て、ひとりでにドアが開いていく。
驚いたことに、ドアの向こうには通路が続いていたのだ。
確かこの建物の奥には森が広がっていたはずだ……。
まるでこの先にもう一つ建造物があるかのように、左右にロウソクが立てられた長い廊下が続いている。
そして……。わかる……。
この先に待ち受ける強大な魔力……。
魔力探知で確認したいところだが、魔力探知は相手が熟練の魔術師の場合逆に勘付かれてしまう事がある。
長時間に渡って建物一つ丸ごと隠してしまえるほどの術者だ。
気付かれて警戒されては元も子もない。
いざとなったら走って逃げるなんて言ったが……。
どうやらそんな次元の話では無いようだ……。
私が戻らなかった場合、ユーミル達にはここから逃げて助けを呼ぶように言っている。
仮に敵わない相手だったとしても、なんとか二人が逃げきれるだけの時間を稼ぎたい……。
長い廊下の先には大きな両開きの扉があり、兵士達は扉の少し手前でピタッと足を止めた。
ここから先は私一人で進めということだろうか……。
扉の向こうから重く冷たい気配が伝わってくる。
私は息を呑んでリコラをギュッと握りしめた。
そっと扉に手が触れた途端、またしても勝手に開く扉。
ゆっくりと開くその扉の奥には、祭壇の前に立つ一人の人間の姿があった。
真紅のローブに身を包んでおり、男?女?ここからはよく分からない……。
一歩、また一歩と、私はゆっくりそいつに近づいていった。
「ようこそおいでくださいました」
私はその言葉にハッ!となって身構えた。
女性の声だ……。
それと同時に、こちらを振り返りフードから顔を覗かせる。
長く赤い髪の毛、褐色の肌に紫色の口紅。
妖艶な身体から滲み出る強力な魔力……。
「聖女シルヴィア様……」
ニィと口角を上げ不敵に笑う女。
私のことを知っている……!?
「私はクローディア。ここの主にございます」
クローディアがゆっくりとその足を進めると、私はジリジリと後ずさりを始める。
無意識のうちに身体が距離をとりたがっているのだ。
その異様な魔力に押されて……。
「あぁ……。二百年……。待ちに待った私の祈願がようやく成就される」
うっとりとした恍惚の表情で、少し興奮気味に語るクローディア。
二百年……?何の話だ……!?
クローディアは怪しげな眼光で私の目をじっと見つめる。
そしてローブ袖から一振りの短剣を取り出した。
「恐れる必要などありません。あなたの魂は私の中で永遠に行き続けるのですから」
魂……!?何を言っているのか意味が分からない……!!
だが次の瞬間、魔力探知越しにクローディアを覗いた私に衝撃が走った。
「何……これ……!!?」




