第九十五話 格子の天井
ザクッ!!
と突き立てられたナイフ。
私の顔をわざと外し、地面に刀身の半分まで刺さるほどの勢いで振り下ろされた。
相変わらずわからない言葉で凄んでみせるのだが、何を言っているのか全くわからないのだ。
ただ、この怒り様だと私はとんでもないことをしでかしてしまったようだ……。
強引に胸ぐらを掴んで起こされると、もう一人の女が
私の両腕を縄で縛る。
そしてボートをつけた浜辺の方まで私を連れて行くと、乱暴にボートに担ぎ入れた。
本来だったら恐怖に震える場面なのだが、私は内心期待していたのだ。
この島から出ることができる……。
全く安全など保障されていないことは分かっているのだが、その思いが恐怖を上回っていた。
彼らの船には同じような格好をした女性が数名乗船しており、私は船艇に近い倉庫のような場所に押し込まれた。不思議なことにこの船には男性がいない。
そんなことありえるのだろうか……?
そしてもう一つ、彼女達に会ってからずっと気になっていたのだが、なんというか彼女達の目には光がない。
まるで誰かに操られているように、機械的に動いているのだ。お互いに会話なども一切していない。
とても異様な光景だ……。
私はふとあることを思い出した。
それは以前盗賊ギルドのシュラグが言っていたことだった。
ラグナ大陸に精神操作の得意な仲間がいるということを……。
考え過ぎかもしれないが、もしかすると私がこれから向かうところはドミネーターに関わる場所なのかもしれない。
そう思った途端、一瞬で先程までの期待が消え、押し潰されそうな不安が押し寄せて来たのだった。
どこかで隙を見て逃げた方が良いかもしれない……。
いや、だが完全にそうだと決まったわけでは無いだろう……。
もう少し様子を見よう。
シュラグに誘拐されたときは、マジックアイテムの効果によって魔法による精神操作を受けたのだろうが、もともと聖女の私に精神操作は効かない。それに今は魔法も使える。
ベルガンド大陸に戻る方法を見つけるまでは慎重に行動しなければならない。
今はその千載一遇のチャンスなのだから。
私への食事は朝と夜の一日二回。
何かの芋類と香辛料を混ぜたような保存食と、何か果物的な酸味のある飲み物。味からしてこれはお酒だろう。
お腹いっぱいにはならないが、この前までの生活に比べたらずいぶんとマシだ。
船に乗せられてから丸三日経つのだが、ものすごく暇である……。
魔力探知で船員達の状況を監視しているのだが、各自の持ち場を全く動くことなく、ロボットの様に淡々と作業をこなしている。一体どうなっているのやら……。
天井の格子から覗く日の光が、時間を確認できる唯一の手段。
お昼ぐらいか……。格子の真下に光が差し込んでいる。
初めに激昂されて以来、これと言って私に何かしてくることはなく、このまま連れて帰ろうとしていると考えて間違い無いだろう。
そんなことを考えているうちに、何やら船の周りが騒がしくなってきた。耳に入ってきたのは無数の人々の声。これは……港か……!?
船室のドアが開き、私は数名の女性達に連れられながら船を降りる。
そこは街というよりも集落に近く、長く伸びた桟橋の向こうには木造の小屋のような建物が幾つも並んでいる。
周囲は森に囲まれており、集落の入り口には船に掲げられた旗と同じ、磔にされた人間の紋章が飾られていた。
そして何よりも異様だと言えるのが……。
女しかいないということだ……。
どこを見渡しても男性の姿がないのだ。
集落の女性は皆揃って縛られたままの私を見つめるのだが、やはり皆生気の抜けたような表情をしている。
明らかに異常な光景だ……。やはり彼女達は何者かの手によって洗脳されているに違い無いだろう。
場合によっては戦闘もあり得るかもしれないな……。
一番奥の大きな小屋に連れて行かれると、そこには幾つもの部屋があり、私は縛られたままその中の一つに放り込まれた。
ベッドが二つ置いてあるだけの簡素な部屋……。
トイレなんかはどうするのだろうか……。
部屋の中をよく見ると、壁にすがりながら部屋の隅で座り込んでいる女性が目に入った。
年齢は二十代前半くらいだろう。
白い肌に紫色のロングヘアー。長い前髪に片方の目が隠れてしまっている。
彼女もまた心ここにあらずといった具合に口をぽっかり開けながら天を仰いでいた……。
私は周囲を警戒しながらその女性に話しかけてみる。
「あの……」
こちらに気付く様子もなく、ただただぼーっと天井を見上げながらわずかな声で何かを呟いている。
「あのっ……!すみません……」
もっと近くに寄って再び声をかけるのだが、私のことを気にする様子は一切無い。
魔法か何かの影響だろうか……。
ん?いや、待てよ……。
私はその女性に向けて両手をかざす。
──汝、聖女の奇跡をもってその蝕みから放たれり──
解毒魔法
白く柔らかな光が女性の身体を包み込むと、女性の目に光が戻っていく。
「……!!ここは……!!?私……どうして……」
やはりそうだ。
彼女達の症状は何か薬物への中毒に近いものを感じたのだ。体内の毒素を払うリフレッシュであれば、回復できるのではないかと考えたのだが、その予想は見事に的中した。
慌てふためく女性に、私は人差し指を口の前に置いて大声を出さないように促した。
「私の言葉が分かりますか?」
その問いかけに一度だけコクリと頷いた。
良かった……!言葉が通じる!!
「私はシルヴィアと申します。訳あってここに連れてこられました……」
私は女性に自分が聖女であること、ベルガンド大陸の人間であることをを伝える。彼女が何者で、ここがどこなのかを聞き出したい。
「私はユーミル……。」
彼女はユーミルという名前らしい。彼女はラグナ大陸南部の小さな農村出身で、借金の返済が出来なくなった両親の代わりに商人に引き取られ、気付けばここにいたのだと言う。
ラグナ大陸は南部と北部に文化圏が分かれており、南部の方ではベルガンド大陸と同様の言語を使用するようだ。南北の境界ではここ十年近く争いが続いているらしく、一度その境界線を跨ぐと簡単には戻ることが出来ないという話だった。
ユーミルもここがどこかは全くわからず、どんな理由があってここに連れてこられたのかも知らないのだと言う。
もしここが北部であればユーミルが故郷に戻るのはかなり大変なことだろう……。
かくいう私も他人事ではないのだ。
ベルガンド大陸とラグナ大陸は親交が殆ど無く、リグルト連邦国の一部からしかラグナ大陸への船は出ていない。それも数年に一度。
まずベルガンド大陸に帰るとしても、ラグナ大陸の南側に行かなければならないというのに……。
私は帰ることができるのだろうか……。
それに、なんの目的があってこれほどまでに女性を集めているのかは知らないが、彼女らにも帰りを待っている人間がいると思うと、居てもたってもいられない気持ちになった。
許せない……。彼女達を救うことは出来ないのだろうか……?
「ユーミルさん、私に協力していただけないでしょうか……」
その言葉にキョトンとした目で困惑するユーミル。
「ど、どういうこと?」
私は小屋の外の状況をユーミルに話した。
この集落には女性しかおらず、皆ユーミルの様に誰かに操られていること。
だが、一体誰がどの様な目的でそんなことをしているのかがわからない。
それを突き止めて阻止するつもりだ。
だが今はまだあまりにも情報が少なすぎる……。
ユーミルにも協力してもらい、従うフリをしながら真相を明らかにする。
そして一人でも多くここの女性達を解放したい。
ユーミルはしばらく考えた後に一度だけ頷いてくれた。




