第九十四話 船影
無人島生活十四日目。
未だに助けはこないままだった。
ここの生活にもずいぶん慣れたもので、住処は大きくなり、焚き火は竈へと進化した。
海中でのチェーンバインドを練習し、素早い魚も拘束することができるようになった私は今、一際大きい獲物と対峙している。
奴の名前はクロ助。黒い身体に銀色の斑点模様がある大型の魚なのだが、実はコイツ、海に潜りたての頃から何度か遭遇しており、その度に拘束を試みるのだが失敗に終わっている。
若干ではあるが魔力を感知する能力を持っていると思われる。
それに水中ではずいぶんと素早いのだ。気付かれてから拘束するのは不可能に近いだろう。
魔力を感知されても、それを上回るスピードで発動できれば勝機はある。
チェーンバインドの特性上、拘束する対象を常に私の視界にとどめて置かなければならない。
イメージが弱まるとすぐに解除されてしまうからだ。
海中ではそれほど長く息も続かないので、短期決戦で一気に仕留める……!
私は枝と石で作った銛をギュッと握りしめクロ助に近付いていく……。
十メートル程先にクロ助を捉え、一度浮上した後大きく息を吸い込み再び潜る。
水中では詠唱が出来ないことが一番大きなポイントだ。これによって魔法の発動が遅くなり、逃げられてしまう大きな要因になっている。
こればかりは何度も反復して魔力のコントロールとイメージを固めていくしかない。
という訳で、私はこのクロ助を水中で捕獲することをチェーンバインドを実用するための目標にし
ているという訳だ。
チェーンバインドはまず始めに魔法陣が展開し、そこから光の鎖が伸びて対象に絡みつくのだが、いくら死角に魔法陣を展開してもクロ助は即座に方向転換し逃げていく。
魔法陣の展開から鎖が出てくるまでの時間差をほぼゼロにしなければならない……。
練習あるのみっ……!!
封鎖魔法!!
クロ助の後方に白い魔法陣が浮かび上がる。
光の鎖がクロ助に伸びた瞬間、クロ助は振り向くことなくスイスイと前方へ泳いでそれをかわす。
あぁ……またダメだった……。
それからも毎日海へ潜り、クロ助を見つける度に勝負を挑んでいるのだが、結果は私の全敗に終わっている。
気が付けば無人島にきてほぼ1ヶ月が経とうとしていた……。
泳ぎもかなり上達し、かなり息も続くようになった。
チェーンバインドも、詠唱できる地上であれば飛んでいる鳥だって捕まえることができる。
今ならクロ助を捕まえることができるのかもしれない……。
そう思いながら深く息を吸い込んで海へと潜る。
クロ助は少し沖に出た岩場の影を縄張りとしており、その周囲を徘徊しながら餌を探しているのだ。
彼の餌は自分より小さな小魚で、ゆっくりと後ろから近付きバクッ!と一瞬のうちに飲み込んでしまう。
私はそこに目を付けた。獲物に襲いかかる瞬間であれば、隙が生まれるのではないだろうか。
クロ助は魔力を察知することができる。当然その察知能力を頼りながら獲物を捕らえているはずだ。
獲物に喰らいつくその一瞬。そこを狙う……。
私は少し離れたところで機会をうかがっていた。
クロ助は相変わらず悠々と水中を泳いでいるのだが、しばらくすると目の前を泳いだ小魚を追いかけ始めた。
私もそっとクロ助の後を追いかける……。
小魚はクロ助に気づいていないのか、岩場にコンコンと口を当てて何かをついばんでいる様子だ。
クロ助は一度動きを止めてじっくりと獲物の様子をうかがっている。
実は止まっているように見えたのだが、少しずつ小魚の方に近付いているではないか。
後三十センチのところでクロ助は一気に小魚に襲いかかる。そして私もこのタイミングでチェーンバインドを展開する。
獲物を咥えるより先に私の魔法に反応し、バッと身をかわすクロ助。
捕獲失敗……と思わせておいてそっちは囮だ……!!
クロ助が身体を反転させたその先に展開しておいた本命。
封鎖魔法!!
クロ助の正面に展開した魔法陣から伸びる無数の鎖。
さすがにこれはかわすことは出来なかったようだ。
光の鎖はクロ助の自由を奪いギリギリと締め付けていく。
私は手に持った銛を構えたところでふとチェーンバインドを解除した。
クロ助がスイーッと向こうへ泳いで逃げていくのを見送り、私は海面に顔を出す。
クロ助をチェーンバインドで拘束することが目的だったのだ。食糧にしたかったわけじゃない。
ひとまずチェーンバインドはこれで修得としよう。
他に新しい魔法でも考え……。
そんなことを考えていた私の視界の先。はるか向こうの水平線近くに違和感を感じる。
いつもであれば何もないそこに、確かに見える小さな影……。
船だ…!!!
私は急いで浜辺に戻り、大量の枯葉や枯れ草、小枝を集める。
それらに火をつけて一気に炎を大きくすると、大量の煙が立ち昇った。
船はこちらの方に近付いているような気がする。
このまま行けばこちらにも気付くはずだ。
私は服を着て更に煙を発生させる。
やはりそうだ。船は確実にこちらに近づいてきている。
もしかしたらこの島に用があるのかもしれない。
そうだとしたら目的は一つしかないだろう。
あの果実……。収穫しに来たのではないだろうか……。
だがあの果実は全て私が食べてしまった。
仕方がなかったとはいえ罪に問われるのだろうか……。
いや、今はそんなことよりもこの島を出ることが先決だ!!考えるのはその後で良い。
船は島の沖の方に止まると、小さなボートを落とす。
そこに二人の人間が乗り移り、こちらに漕ぎ出した。
ここからはよく見えないのだが、ボートに乗っている人影は女性に見えた。
ボートが浜辺のすぐ近くまで寄ると、二人とも武器に手を掛け警戒しながら私を睨みつける。
赤い軽鎧を身に着け、一人はナタのような短剣。もう一人は槍を携えている。年齢は二人とも二十歳前後だろうか……。
私は両手を広げて武器を持っていないことをアピールした。
「私はフランディアの聖女シルヴィアと申します。どうか助けていただけないでしょうか?」
女性達はお互いに顔を合わせながら私に懐疑的な視線を贈る。
「※○▲※⇔¥……!!」
なんだ……!?聞いたことのない言葉だ……。
「▲▽○○……!?※※……!!」
私にナイフを突きつけながら大きな声で何かを言っている。
ベルガンド大陸は共通言語だ……。
私が使用している言葉以外は存在しない。
私はその事実を叩きつけられて絶望してしまった。
ここはベルガンド大陸ではない。
あの船長はリグルト連邦国ではなく反対側の大陸に船を進めていたのだ……。
なんてことを……。言葉が通じなければ一体どうすれば良いのだ……。
私が聖女だと何か証明できるもの……。
そうだ!回復魔法……!!
私は女兵士たちにヒーリングをかける。緑色の光が二人を包むと、二人は驚いたようにお互いの顔を見合わせる。
だが次の瞬間、二人は私を取り押さえると、縄で両腕を縛った。
「え……!何でっ……!?」
私は二人に引っ張られながら、例の果実がある木まで連れて行かれた。
無くなった果実を見て二人の血の気が引いていくのがわかる。
真っ青になったかと思えば、今度は顔を真っ赤にして私を突き倒す。
「ぐっ……!」
私に馬乗りになって刃を突き立てる。
「○■□○※▽……!!」
やばい……。これはかなり怒っている。
ものすごく大切なものだったのに違いない。
「申し訳ありません……!!全て私の責任です!!弁償しますので……!!」
言葉が通じないことはわかっているのだが、今は謝る以外に方法がない。
女は私めがけて大きくナイフを振りかぶった。




