第九十三話 封鎖魔法
「ぷはっ!」
強い日差しに海水が心地よい。
リゾートで来ていれば最高のプライベートビーチなのだろうが、今は生きるのに必死だ。
とりあえず食べ物を探さなければならない。
素潜りなんて当然初めてやるのだが、泳いでいる魚などはとてもじゃないが速すぎて捕まえることはできなかった。
私が今狙っているのは貝。岩や海底にいる貝であれば私でも捕まえることができるだろう。
服は乾かすのが面倒なので全て脱いだ。
誰か来たらとも考えたが、その時はその時だ。急いで着れば良い。
この島は砂浜に囲まれているが、少し浜から離れると海底に岩が密集しているところもある。
そこで貝を取るために潜っているのだが……。
取れない……。
まず貝と言ってもその辺にうじゃうじゃいるわけではない。岩に擬態して張り付いていたり、岩の隙間に潜んでいたりと簡単には捕まってくれないのだ。
本来であれば目視で見分けるのだが、私は魔力探知を使用しながら貝を見つけている。
全ての生き物には魔力が通っている。当然貝にも。
しかしながら海にいる生物の反応を全てキャッチしていたら訳がわからなくなってしまう。
そこで魔力探知を手のひらの先三十センチ程度に留めて展開することにより、ピンポイントで探索する方法を思いついたのだ。
そしてさっきそれらしい反応を見つけたのはいいのだけれど……。
思いっきり岩に張り付いていてビクともしない。
木や石で叩いてはいるが、私の息が先に切れてしまう。
もっと鋭利な、ナイフとかドライバーのような道具が必要だ……。それがあれば苦労はしないのだが。
もう一度深く息を吸い込みザブンと海底へと潜る。
持ってきた石で叩いたり擦ったりしてみるが、やはりびくともしない。
くそぅ……!こんなに目の前にいるのに……!!
でも待てよ……。岩から貝を剥がそうとするからダメなんだ……。
逆転の発想で貝から岩を剥がす……!!
守護魔法!!
私はプロテクションを展開して、貝が張り付いている岩を反対側からガリガリ削っていく。
岩が両手に収まるくらい小さくなったらそのまま貝ごと持ち帰った。
どうだ。これは私の頭脳と魔法の勝利だろう。
貝は地上にあげると、しばらくしてペロリと岩から離れた。見た目はアワビにそっくりなのだが……。
果たして食べれるのだろうか……。
これだけ苦労して美味しく無かったらどうしよう……。
しっかり焼いて少しだけかじりついてみる。
!!
苦い!!ダメこれ……!!
思わず吐き出してしまった。
毒だろうか。絶対に食べてはいけない類の味だった。
いつまでもビリビリと下の上に残る嫌な苦味。
ガックリと肩を落としてうつむくと、とてつもない疲労感が襲ってくる。
あんなに苦労したのに……。
違う食べ物を探さなくてはいけなくなった。
やはり魚か……?でもどうやって……。
これも逆転の発想ではないのか……?
魚に来てもらえば良いのではないだろうか……!
そうだ!魚を捕獲できる仕掛けを作ればいい……!!
以前何かの機会に網籠を編んだことを思い出した。
軟らかい木の枝を幾つも切って、筒状に編んでいく。
見た目は不格好だが、この中に餌を入れて海に沈めておけば小魚くらいは捕れるだろう。
仕掛けの中に先程食べれ無かった貝を潰して入れておいた。
島に生っていた果物は数に限りがある。こればかりに頼っているとあっという間に無くなってしまうのだ。
何日ここにいるかわからない。
せめて魚を捕れるようにしなければ……。
私は同じような網籠をあと三つ作り、それぞれ違う箇所へと設置する。
無人島生活三日目の夜を迎えた。
皮肉なほどに綺麗な星空を見上げながら、皆のことを思い出していた。
私が居なくなったと知ったらみんな心配するだろう。
リコラを手に取り魔力を込める。
「レクス……ハルト……サキ……誰か聞こえますか?」
私の呼びかけに淡い輝きを放ったまま沈黙を返す。
そのまま何度も呼びかけたが返事が返ってくることは無かった。
無人島生活四日目。
私は昨日設置した仕掛けを回収し中を覗いてみる。
一個目。何も無し。
まぁ気を落とす事は無い。全部で四つもあるのだ。
一個ぐらいは魚が入っているはずだろう……。
という希望はあっという間に打ち砕かれた。
四つとも何も入っていなかったのだ。
あまりの絶望に膝から崩れ落ちてしまった。
どうしよう……。餌が悪かったのかもしれない……。
でも何を入れればよいのだろうか……。
もう手当たり次第試してみるしかない。
しかし翌日も、その翌日も、またまた翌日も、魚は捕れないままだった。
気がつけば唯一の食糧であった果物も残り一個になっている。
私はそれを両手でギュッとにぎると、食べたい衝動を必死に抑えた。
これを食べてしまったら、もう本当に食べるものが無くなってしまう……。耐えるんだ。
なんとか他の食べ物を探さなきゃ……。
空腹によって集中力が途切れてきている。
魔力もかなり消耗が激しい。
頭をブンブンと横に降ってなんとか自分を奮い立たせようとする私のすぐ側を、何かがカサッと動いたのだった。
トカゲだ……。
正直あまり好きではない。むしろ嫌いだ。
普段は飛び跳ねて騒ぐところだが、私の頭の中はこのトカゲを捕まえることでいっぱいだった。
林の方に逃げられたら恐らく捕まえることはできないが、砂浜なら隠れるところがない。
私は林が背中になるようにゆっくりと回り込むと、静かに静かにトカゲに近づいていった。
バッ!と飛び出した頃にはトカゲはもう走り出している。私の手は空振り、地面に身体を打ち付けてしまった。
それをあざ笑うかの様にトカゲは茂みの中へと走り去ろうとしている。
あきらめてたまるか……!!
攻撃魔法は使えないけど……動きを止めることは出来るはずだ……!!
──魔なる者よ、その魂、我が聖なる鎖にて封じ止めん──
封鎖魔法!!
トカゲの足元が白色に光り、そこから光の鎖が何本もトカゲに絡みつく。
鎖はトカゲの身体にグルグルと巻き付いて自由を奪った。
私はすぐさま近くにあった石を持ってトカゲに駆け寄ると、その石を大きく上に振りかぶった。
「ごめなさい……!!」
私はそのまま振り上げた石をトカゲに叩き付けた。
果物以外の食べ物は何日ぶりかわからない。
私は焦げるまで火でよく焼かれたトカゲをほおばった。
味なんて覚えていない。嗚咽をこらえて必死に飲み込んだのだ。
あきらめてたまるか……!!
負けてたまるか……!!
生きてこの島から出るんだ。
込み上げる涙を拭いて何度も自分に言い聞かせた。
新たに修得したチェーンバインドは非常に便利だった。自分で自分を褒めてあげたい。
少しコツがいるのだが、この魔法は水中の魚にも使用することが出来るのだ。
魔法は発動まで一瞬だけ隙がある。魔力を察知する能力が高かったり、高速で動く的に対しては上手く鎖を巻き付けることができない。だが、魔力探知と組み合わせて奇襲をかけることで、魚の不意を突くことができる。
今まで指を咥えて見ているだけだった魚を捕まえることができる様になり、それによって食糧の調達が大きく進展することになったのだ。
捕まえた三匹の魚を小枝に刺して、焚き火の側でじっくりと焼く。
何とも香ばしく食欲を誘う匂いだ。
焼き目のついた皮がパチッと弾けて、油が滴り落ちる。
夢中でかぶりついたその魚の味を、私は生涯忘れることは無いだろう。
あっという間に三匹を平らげて手製のベッドに倒れ込む。
なんとか生き延びられる。
あとは助けを待つだけだ……。
私はずっと水平線の彼方に目を凝らし、船影を探し続けていた……。




