第九十二話 始まりの火
……マ……
……マ……マ……
……ママぁ!!……
「サキッ!!」
口の中にジャリッとした感触が広がり、瞬時に現実へと引き戻される。
喉の渇きと身体の冷え。そうだ……私は海に落とされたのだった。
口の中の砂を吐き出し、そのまま水球を自分の上に発生させて頭からかぶる。
口をゆすぎ、手に発生させた水を飲み干すと辺り一面を見渡した。
それほど大きい島ではないようだ……。
とりあえず人を探そう。服を乾かさねば……。
凍える身体をなんとか奮い立たせて足を前に進める。
砂浜の奥には木々が生い茂っており、誰かが足を踏み入れた様な道ができている。
人がいる可能性が高い……!!魔力探知をかけながら慎重に木々の間をくぐっていく。
林の中に入って数分、視界が開けた場所に出ると、そこには大きな木が立っていた。背はそれほど高く無いのだが、横に大きく枝を伸ばし、ところどころにオレンジ色をした楕円形の果実を実らせている。
そのぷっくりと膨れた輝く果実を見つめていると、自分が空腹だと言うことに気付いた。
側に寄り、果実を手に取って匂いを嗅いでみる。
すると、何とも言えない芳しい香りが鼻の奥に入り込んで来る。
食べられるだろうか……。
まぁ私に毒は効かないので問題は味だ。
私は欠片を恐る恐る口にはこんだ。
!!
美味しい……!!
こんな果物今まで食べたことない……!!
まるで全ての果物を凝縮したかの様な香りと強い甘み。食感はビワや桃に近い。
気付けば二つ三つと手に取ってしまった……。
今更だけど誰かが育てているものだったらどうしよう……。
これは素直に謝るしかない……。
更に林の奥へと進むと、その先はすでに砂浜だった。
島は五百メートル四方程の広さしかなく、人は存在していない。魔力探知を入念にかけてみたが、それらしい反応は全く無かった。
ここは無人島だ……。
唯一人が存在する可能性を見出すのであれば、あの人が足を踏み入れた様な跡と、木になった果実……。
やはりあの果実は栽培されているものではないだろうか……?
そうであるならば、ここで待っていればあの果実を収穫、もしくは世話をしに訪れる者がいるはずだ。
水は私の魔力がある限りなんとかなる。
しかし食糧はそういうわけにはいかない。
とりあえずもっと島を散策して食糧になるような物を探さなければならない。
それに今は兎にも角にも火が必要だ。この編の落ち葉や枯れ枝はよく乾燥している。これを浜辺にもって帰って火を起こそう。煙が上がれば遠くの船にも見えるかもしれない。
私はその辺に落ちている火を起こせそうな物を、手当たり次第浜辺に持って帰った。
まずは古典的な方法。小枝を板条の木にこすり付け、その摩擦で火を起こすやり方だ。
正直サバイバルなんて自分とは無縁のものだと思っていた。当然やったことも無ければ、やり方も昔テレビで見た程度のうろ覚えだ。
確かこういう風に両手で小枝を挟んで前後に擦る……っと。
一時間後……。
「っはぁーーー!!駄目だ……」
擦る力が弱いのか、少し黒くなっただけで火が起きる気配が無い。無駄に体力だけを消費している気がする……。別の方法を試そう。
次は先程の枝に紐と取っ手を付けてみた。紐は私のソックスを破いて作り、小枝に巻き付ける様にして取っ手の両端に括った。
この取っ手を上下することで紐が小枝に巻き付き、先程よりもの少ないエネルギーかつ早い回転を生み出すことができる。これなら力の弱い私でも火を起こすことができるだろう。
「ふんぬぅぅ!!」
先程より確かに強くはなった。しかし火がつくかと言われたら非常に怪しい。
照りつける日差しはとっくに私の服を乾かしている。
しかし火が無いと色々と困るのだ。
そんな思いとは裏腹に、私の頬を伝う汗が摩擦している箇所へポタッと落ちる。
しまった……。
諦めるもんか……!!
すっかり辺りが暗くなる頃、私は膝を抱えて砂浜で震えていた。
あれからずっと火起こしをしていたのだが、一向に火はつかなかった。
手の皮が剥け、それが治り、また剥ける。
繰り返しているうちにとても惨めな気持ちに苛まれていたのだ。
なぜ私がこんな目に遭わなければならないんだ。
私に生きていてもらっては困る……か……。
メアリーかレイスリー達元老院の仕業であることは間違いないのだろうけど。
そこまで私を恐れる必要があるのか……?
どれだけ民の信仰を得ても、わずか数人の貴族に踏み潰されてしまう。
私がやってきたことは何だったのだろうか。
出しゃばらないで大人しくお人形をやっていれば今頃……。
いや……違う。
私はリコラをギュッっと握り締めた。
間違いじゃない。
間違いなんかじゃない。
私が選んだんだ。
みんな待ってて。私絶対に帰るから……!!
浜辺に何か使えるものは流れ着いていないだろうか?
日が昇り明るくなるのを見計らって、島の浜辺を一週ぐるりと散策してみる。
すると、砂の表面にキラリと光る何かを見つけた。
掘り起こしてみると、それは小さなビンだったのだ。
このビン……何かに使えないだろうか……?
手に持ってくるっと回しながら見てみる。
ビンの底が、まるでアンサが出会った頃にかけていたメガネにそっくりだ。
待てよ……!メガネ……!!
!!
これ……!!もしかしたら使えるかもしれない!!
私はビンの外側に石で傷を付けていく。
大きな石にコンコンと加減をしながら打ち付けると……。
コロン!とビンの底面だけが転がり落ちた。
よしっ!これを火口の上に持っていって……。
確か小学生の頃だったと思う。
太陽の光を虫眼鏡で集める実験をした記憶がある。
ビンの底面は丸みを帯びていてレンズに近い構造になっているのだ。
これを虫眼鏡の様にして太陽の光を集める。
ちゃんとしたレンズではないので光の収束はイマイチだが、これほど日差しが強ければ可能性は充分にあるはずだ……!!
お願い……!!ついて……!!
火口に集めた光はしばらく何も変化が無かったが、午後の一層日差しが強まる頃、ふっと煙を出し始めた。
きたっ!!
このまま消さないように息をフウッと吹きつけると、乾燥した落ち葉に真っ赤な火が燃え上がる。
やった……!!ついた……!火!!
乾いた枝や落ち葉を足しながらどんどん火を大きくしていく。
ただの火にこれほどのありがたみを感じたことはあるだろうか。
これで夜も寒くない。食材さえあれば調理もできる。
火がついたとなれば次は屋根が欲しい。
もしここで雨など降ってきたらせっかくの苦労が水の泡になってしまう。
雨風をしのげて、横になれるほどの簡易的なシェルターを作れないだろうか……。
枝を切れるような道具が欲しい。
服以外の持ち物は全て船の上に置いてきてしまったのだ。着替えも、杖も。
ここで生きていくには全て一から作らなければならない。
平べったい石に大きな石をぶつけて割る。
その鋭利な断面をナイフの様にして木の枝を切っていく。
そこまで大きな木がないのと、大きな枝は石では切れないので、細い枝をまとめて縛って使うことにした。
それを骨組みにして、大きな葉を隙間なく被せたらシェルターの完成だ。
足を丸めないと入れないほど小さなものだが、初めて作ったにしては上出来だろう。
気がつけばもう夕暮れだ。
でも今日は火もシェルターもある。空腹はあの果物を食べてしのいだが、他に何か食べるものを調達しなければ……。
魚がとれれば良いのだが、あいにく釣りや漁なんてやったこともない。
貝とかなら取れるかも……。明日海に潜ってみるか……。
私はオレンジ色の水平線を見つめながら、火に薪をくべた。




