第九十話 正しき信仰
私達はラキアの大通りをレイスリーに連れられて、馬車に乗って移動する。
この馬車は私のものではなく、レイスリーの用意した王族用の馬車だ。
レクスに馬車とガイオンをお願いし、私と正式な護衛である覇王龍の三人はこれから中央の一番大きな建物『中央大聖殿』へと向かう。
その白い大きな塔はベルガンド大陸中で最も大きな建造物であり、執政官であるレイスリーや元老院達が議会を招集したりするのに使用される王宮に次いで格式の高い場所である。
巡礼の最終地点では、辿り着いた聖女とその護衛達を称える儀式がある。簡単に言うと慰労会のようなものだ。本当はレクスにも来て欲しいのだが、レクスはギルドに正式に申請された護衛ではないため中央大聖殿に入ることはできない。それと神殿内ではドレスコードがあるため礼服を着用しなければならない。
それを知った時のレクスの表情は何とも言えないものだったのだ……。
その後に最終目的地の巡礼、最後にアルデリア教会本部の大聖堂にて完了の儀を行い、それをもって私の二回目の巡礼は全ての工程を終えるのだ。
真っ白な神殿内に真っ赤な絨毯が映える。
大きな天窓からは日の光が差し込み、照明がなくても明るい。
アッシュ達を応接に残し、私は最上階にある元老院議会室にレイスリーと共に向かった。
薄暗い吹き抜けの空間に、バルコニーの様な出っ張った六つの席が設けられている。
そこに座るのはアルデリアを取り仕切る六人の老人たちだ。
私はレイスリーと共に中央の演壇に立つと、六人の老人達は跪き頭を下げた。
「これはこれは聖女シルヴィア様。ようこそラキアにお越しくださいました。民も皆心待ちにしております」
私に対して左正面の老人が言葉を発した。
六人とも同じような官服に帽子をかぶっているので、正直誰が誰だか見分けがつかない。
「今大聖女に一番近い聖女だと皆声を揃えて申しております」
「いやはや、まだ二回目の巡礼だというのに……これほどの信仰をお集めになるとは」
あらゆる方向から次々に私への称賛を述べる元老院。
私はただただそれを聞いていたのだけれど……。
「アルデリアにはあなたのような聖女が必要です」
段々腹が立ってきた。
微塵も思っていないようなことをペラペラと……。
アルデリアに私が必要だと?
ここにはすでに聖女がいただろうが。
あんな風にしてしまったのはどこのどいつだ!?
メアリーだって最初からああでは無かったはずだ。
あんたらが喜ぶように、認めてもらうために必死だったんだろう……!!
確かにメアリーがしたことは許せない。
でも彼女だけに全ての責任を擦り付けるのは絶対に違う。
ましてや彼らはメアリーの立場を利用して甘い汁を吸ってきた人間たちだ。
あんたらにも責任は取ってもらう。
「お褒めいただき光栄に存じます。皆様に一つお伺いしたいことがございます。よろしいでしょうか?」
レイスリーは微笑んで答える。
「よろしいですとも!何なりとお聞きください」
そうか……。じゃあ遠慮なく。
「私とメアリーとの違いは何なのでしょうか?」
元老院の年寄どもはお互い顔を見合わせてざわつき出した。
レイスリーの顔からは先程の作り笑顔は消え、怪訝な表情へと変わっていく。
「ふむ……。違いと申しますか。恐らくシルヴィア様は選ばれた存在にございますな。才覚も人望もメアリーとは別のものにございます」
レイスリーは恥ずかしげも無くそんなことを口にした。
自分の娘のことをよくそんな風に言えるものだ。
私とメアリーとの違い。それは……。
「ありませんよ。違いなど」
私は真剣な顔で元老院全員を見渡す。
老人もレイスリーも私をキッと睨みつけ、その場の空気が凍りついていく。
その空気を切り裂く様に私は話した。
「私も聖女メアリーと同じく貴族の娘として生まれました。五歳で故郷であるエルビオンを巡礼し、そして今ここで十二歳の巡礼を終えようとしています。きっとメアリーもそれは同じだったはずです。ではなぜ、信仰する者にここまで差が出るのでしょうか?」
レイスリーを含む七人は、黙ったまま私冷たい目で私の方を見つめる。
「誰のための信仰か……。誰のための加護なのか……。それを彼女に教え示す者がアルデリアに一人でも居たのでしょうか?間違った信仰を間違いだと声を上げれるものが居たのでしょうか?」
私の声が議会室に響き渡る。
「はっきりと申し上げます。今アルデリアは歪んでいます」
しばらくの間をおいてレイスリーが答えた。
「我々の責任だと?」
「はい。メアリーは皆様に助けを求めていたはずです。今だって……きっと」
レイスリーは深い溜め息を吐き私に問う。
「ではどうすればよろしいので?」
私は考えていた。これからメアリーがアルデリアにおいて信仰を取り戻す方法を。
いや、メアリーだけではない。今後生まれてくる新たな聖女たちのためにも、私がここで変えなくてはならない。
「私の願いは一つです。今後アルデリアでは聖女の加護を貴族で独占しないとお約束下さい」
信仰は全て人間のため、加護は病み苦しむ人のためにあるものだ。
迷える人の手を取り、傷つく人を癒し、いつ、どんなときにも、誰の胸の中にも存在する温もり。
たとえ道を間違えようとも、それと向き合い、再び立ち上がる勇気を与えるもの。
それが聖女だ。
それが信仰なのだ。
少数の人間でそれを独占すれば、多くの人の心から信仰は失われてしまう。
そして、いつかその恩恵だけを巡り……。
争いが起きる。
そんなことを後の世に残してはダメだ。
私一人で出来ることではないことはわかっている。
だからこそ、レイスリーや元老院をはじめ国を動かす人間がそれを示さなければならないのだ。
「わかりました……」
そう答えたのはレイスリーだった。
それを合図に元老院の老人達も皆頷きはじめた。
「聖女シルヴィア様の仰る通り、今後アルデリアにおいて貴族が聖女の加護を独占することは禁ずるものとします。メアリーにも、民集に加護を与えて回るように命じましょう……」
レイスリーは少し悲しげな表情で約束をしてくれた。
優越権を振りかざしても聞き入れてもらおうと思っていたが、そんな心配は要らないようだ。
私の想いが通じたかどうかはわからないが、彼らも今のやり方には限界を感じていたのだと思う。
威光や恐怖で人の心を縛り続けるのは不可能だからだ。
「さて、今日は宴のために来て頂いたのです。真面目な話はここまでにして、どうか皆様と楽しんで下さいませ。ここの人間も皆張り切っております故」
そう言って話を遮られてしまったが、加護のことについて約束をしてもらえただけでも上出来だろう。
これを機にアルデリアが良くなっていくことを願うばかりだ。
私は三人のもとへ戻り、夜のパーティの準備をすることになった。
レナは生まれて初めてドレスを着ることに舞い上がっており、長い時間をかけてその一着を選んでいた。
そして最終的に選んだのは自身の髪の色と同じ薄いピンクのドレスだったのだが……。
「はい、そのままにしていてくださいね」
「せ、聖女様っ!!助けて!!私死んじゃいますうぅーーー!!
熟練のメイドさんがギュゥゥゥッ!と力いっぱいコルセットを締め上げる。
レナは私と違って詰め物など全く必要無いくらい大きいので、地獄の苦しみを味わうことになる。
可哀想なレナ……。しかしこれが持つべき者の宿命なのだ……。
私は悲鳴をあげるレナをただただ見守ることしか出来なかった……。
着替えも終わり、髪も化粧もバッチリ仕上げてもらった。
私達の姿を見て言葉を失っているアッシュとシモン。
ふふん。どうよ?綺麗でしょ?
レナは貴族の女性ですと言われても何ら違和感は無い。それに加えてもともとスタイルも良いので、シルエットも美しい。
アッシュとシモンはまるで七五三の衣装の様に服に着られてる感じがとても可笑しかったが、これはこれで二人とも格好良く決まっている。
本当はレクスにも来て欲しかったな……。




