第八十九話 最終目的地
メアリーは急に立ち上がり私に飛び掛かってくる。
が、普段魔物と戦っている立場としてはメアリーの動きは止まって見えるようなものだった。
メアリーをサッと躱すと、彼女は顔面から床に激突してしまった。
ヨロヨロと立ち上がり、そのまま側にいた男達に縋り付いて叫んだ。
「ねぇ!助けてっ!!私を助けなさい!!あなた達も!!何をボサッとしているの!!早くっ!!」
メアリー。残念だけどここにはそんな勇敢な男はいない。ひとたび自分達が不利だとわかったら、平気で手の平を返す己のことしか考えていない連中ばかりだ。
私は騒ぐメアリー向けて刑罰を言い渡した。
「聖女メアリー。あなたには不純な交流を交わした男性達と共に、魔物の襲撃があったイレジア近隣の復興支援を命じます」
メアリーは想像していたものと大きく異なる内容に、目を見開いて、口をぽっかり開けている。
「復興……支援……!?ちょ……!!あなたどういうつもり!?私に情けをかけようって言うの!!?この偽善者がっ!!あなたにそんなことされるぐらいなら死んだほうがマシよ!!」
この女……!
黙って聞いてれば自分勝手なことばかり……!!
「勘違いしないで……!!これはここにいる女性達の総意……!同じ女としての温情です!!あなたに夫や恋人を誑かされ惨めな想いをしなければならなかった彼女達が、それでもと想って差し伸ばした手なのです!!恥を知りなさいっ!!」
「な、なによっ………!!」
「そんなに嫌なら本当に首輪をつけてこれからお父様のもとに向かいましょうか!?」
私はメアリーを睨みつけた。
そこまで話がわからないバカじゃ無いだろう?
彼女達の想いを踏みにじってくれるな……。
メアリーは小刻みに震えながら、
「キィィィィーーーーーー!!」
と奇声を発しながら会場を出ていってしまった。
こうして、リヒトブルグでの騒動はシーフォスの決着にて幕を閉じた。
メアリーは翌日、私の命令通りイレジアへと出発したようだ。復興支援の監視役としてグレイゴルが側に付くことになっている。これでサボることも無いだろう。
本当は私だってメアリーを憎いと思っていた。
でも、メアリーがいなくなればアルデリアは良くなるのか?全て解決するのだろうか?
答えはノーだ。
彼女もまた一つの駒に過ぎない。
それを操っている人間を変えない限り、この国の不幸は続いていく。
かつてローザがグレイゴルに教えたように、信仰を持った兵士は消して倒れることが無い。
たとえ聖女がいなくなったとしても、信仰は残り続けるのだ。
もしここでメアリーを亡き者にすれば、彼女に近かった人間はずっと間違った信仰を抱いたままになってしまう。
そしてそれが後の世にも延々と続いていくのだ。
それはとても悲しいことだ……。
今になって思えば、グレイゴルの真の目的は私をレオンの妃にすることではなかったのかもしれない。
彼の目的は恐らく……。
私を通じてアルデリアの民に正しい信仰をもたらせようとしていたのではないだろうか。
憎しみや恐怖ではなく、辛いとき、苦しいときに手を差し伸べてくれるその温もり。
それを全ての民に信じて欲しかったのだろう。
彼がローザにしてもらったように……。
私はレオンに別れを告げて王宮を後にした。
彼の新たな婚約者は、再度アルデリアの女性貴族の中から選出されることになるだろう。
でも大丈夫。
きっと彼にふさわしい女性が見つかるはずだ。
アルデリアの女達は皆魅力的なのだから。
アッシュ達はリヒトブルグの入り口で待ってくれていた。約一週間ぶりに三人とあったのだが、なんだかもうずいぶん長く会っていなかったような、そんな懐かしささえ感じる。
そして……。
「おかえりシルヴィア」
笑顔で迎えてくれるレクス。
レクスのおかげでまた困難を乗り越えることができたのだ。本当に感謝してもしきれない。
聖都から伸びた街道をまっすぐ見つめた先に大きな街が見える。
私の巡礼の最終目的地、首都ラキアだ。
リヒトブルグとラキアは近く、馬車で半日もかからない。
ご覧の通り街道が真っ直ぐ伸びているだけなのだ。
私はリヒトブルグであったシーフォスのことを皆に話しながら、ラキアまで街道を進んだ。
いきなり王様から優越権をもらったり、秘密の場所へ案内されたり。メアリーと直接対決したことやグレイゴルのことも。レクスが窓から入ってきた時はビックリした。ドレスを破かれたりエリクシールのことは……。
まぁ言わなくていいや。宿についたらレナだけにこっそりシーフォス編第二部を教えよう。
別に誰かが言ったわけでもなく、私達は馬車には乗らず街道を歩いて進んでいた。
私はきっと、心のどこかでこの旅を名残惜しんでいるのかもしれない。
王都を出てから、約半年が経過しようとしていた。
色々寄り道や回り道もしたが、それもいよいよ終わってしまう。
私は王宮でグレイゴルに聞かれた。
巡礼を終えた後はどうするのかと。
これは少し前からもう決めていたのだ。
私はハルトを追ってサキを探しに行きたい。
できればレクスと一緒に。
表向きとしてはラキアでの巡礼後、ローディセンから船で南下しリグルト連邦国を目指す。そして魔法都市ノースターレーンから北上、フランディア南部の領地を巡ってからエルビオンに戻ることになっている。
これは正式な巡礼でないので、コースも中継地点も存在しない。私のやりたいようにやるつもりだ。
楽しくおしゃべりをしているうちに、もうラキアへと着いてしまった。
一段と大きなその外壁は、イレジアと同じくらいの高さがある。
街の中心には白い塔が建っており、ラキアのシンボルマークとなっている。
門を守る兵士たちは、私の姿を見て一斉にビシッ!と敬礼の姿勢をとった。
「聖女様すごいです……」
レナは皆が私に敬礼をすることに感動している様子だった。
私はレオンから優越権を貰っている。
アルデリアでは王様と同じように扱わなければならないのだ。
そしてそのおかげで、私の巡礼を邪魔できる者はいなくなった。
ここラキアでは巡礼の締めくくりとして、大々的にやってやろうと思う。
シルヴィア式巡礼の集大成を見せてやる!
ラキアの大きな門が開き、私達が街の中へ一歩足を踏み入れた瞬間、大きなファンファーレの音が鳴り響いた。それを合図として音楽隊の演奏が始まる。
え?え?なにこれ?
聞いてないんですけど……?
街門の正面に続いた大きな通りから、一人の男が近づいてくる。白髪混じりの短髪で青を基調とした官服を身に着けている。胸に付けた金色のバッジがキラリと光を跳ね返す。盾にドラゴンの紋章……。
執政官のバッジだ……。
ということはこの男が……
「アルデリアが首都ラキアへようこそ!聖女シルヴィア様。お発にお目にかかります、私がアルデリア共和国執政官レイスリーにございます。お噂はかねてよりお伺いしておりました」
なんだか先手を打たれてしまった。
レイスリーはニコニコと微笑みながら私に跪いて頭を下げる。
「聖女シルヴィア様。この度は我が娘メアリーが大変なご迷惑をおかけしましたこと、本人に代わって私がお詫び申し上げます」
レイスリーは周りの人間が見ている中で、私に対して謝罪をしたのだ。
周囲の人間は、いきなり入ってきた私に対して執政官が謝罪しているのを見て、皆何の騒ぎだと身を乗り出すように見ている。
恐らくこれは演出であろう。
目をみればわかる……。この男は口では謝罪の言葉を述べてはいるが、本心では無い。
悪いなどとは微塵も思っていないのだ。
ただ、こうすることで彼らは一連の騒動を全てメアリーの責任にするつもりなのだ。
さすがは執政官様……。
娘まで盾にするとは……。




