第八十八話 歩兵
女をなんだと思っているんだ……。
一人の男が私のグローブを力任せに引っ張る。
そしてそれはブチブチと千切れるような音を立てて破り捨てられてしまった。
それを皮切りに男達は次々と私のドレスを破いていく。
メアリーはそれ見て高らかに笑っていた。
寄って集って異国の小娘に、かくも残酷になれるのか……。
この男達は。
悔しさのあまり涙が出てきたが、それを見てさらに男達は興奮している様子だった。
私が悔しいのは辱めを受けているからじゃない。
前にも言った通り、貴族の女に生まれた者は結婚相手を選べない。
その中でも彼女達は必死に美しくなろうと、好かれようと思い努力しているのだ。
そんな彼女たちに対してこんな姿しか見せれない男共に、私の心は腹立たしさと悔しさに溢れかえっていたのだ。
男共は私の足元に集まり薄汚い笑みを浮かべた。
ミニスカートの様になってしまったドレスの裾を掴み、胸元まで一気に引き裂こうと力を込める男達。
私がギュッっと目を瞑ったその時……。
「四十四票!!」
一際大きなレオンの声が会場に響いた。
その瞬間、会場の時が止まったかの様な静寂が訪れた。
十秒……いや二十秒……。
予想だにしていなかった結果に皆誰もが混乱し、思考を停止させる。
その中でメアリー表情が見る見るうちに引きつっていった。
「よん……じゅう……よん……!!?」
「よって此度のシーフォスは、四十五票を獲得した聖女シルビアの勝利をもって全権を委ねるものとする!」
レオンの言葉に未だ現実を受け入れられないメアリーは、持っていたグラスを叩きつけ叫ぶ。
「あり得ない!!あり得ない!!あり得ない!!だっておかしいでしょう!!票は全部で九十三、ギネルの分を除いても九十二あるはずじゃない!!何で私が四十四なのよ!!三票足りないわ!!こんなのインチキよ!!あの女不正を働いているっ!!」
レオンはメアリーを睨みつける。
「票は全て集計した。私の名において一切の不正行為は無いと断言する」
メアリーは男共一人一人の顔を凝視しながら必死になって誰かを探している。
恐らく自分を裏切ったものだろう。
しかしメアリーを取り巻く有力者達は、ちゃんとこの場に出席しておりメアリーに投票しているのだ。
ドレスを破いていた男達はいつの間にかいなくなっていたのだが、きっと罰を恐れて逃げたのだろう。
アンサをはじめ十数名の女性貴族達が皆私の元へ集まり、涙を流しながら抱きついた。
他の女性達も皆拍手をしながら温かい目で見守っている。
一世一代の大博打だったが、功を奏したようだ。
「アンサ……。お二人も上手くいったのですね」
アンサを含め三名の女性達は、お互いの顔を見合わせながら頬を赤らめて恥ずかしげに頷いた。
私は彼女達の行動に命を救われたのだった。
そう。これが私の最後の切り札だ。
グレイゴル流騎術その三。
──歩兵に取れぬ駒なし──
騎盤の駒はその性能に違いはあれど、力関係に差は無い。
つまり同じマスにさえ重ねることができれば、たとえ歩兵であろうとも王を獲ることができる。
歩兵は前進しかできず、獲得できる陣地も一マスしかない。しかし自軍の最前線を陣取り、時には盾に、そして時には囮になったりと、使い方次第で大きく戦況を左右する。
メアリーは主要な駒、王や騎士しか見ていない。
言い換えるならば、自分を擁護してくれる有力者達にしか興味が無いのだ。
そこが彼女の最大の弱点である。
今回の投票は、男性と女性の数に四票の開きがある。
私は最初、男性票を四票以上獲得しようとばかり考えていた。しかしグレイゴルのアドバイスを受け、考え方を変えたのだ。
女性票が半数に満たないのであれば、男性の票数自体を落とせば良いのだと。
つまり、男性を四名以上投票できなくすれば良いのだ。
ただ、居ないことがわかってしまうような人物ではメアリーにも気付かれてしまう。
そうではない男を選ばなければならなかった。
そういうわけで、未だにメアリーは会場に来ていない三人の男性が誰か分かっていないのだ。
今日、この会場に来ていない男性。まぁ一人はギネルなのだが、その他の三人は今どこにいるのか。
彼らには天国へ行ってもらったのだ。
と言ったらかなり危なく聞こえるのだが、決して物騒な意味ではない。
私はリコラを使って、レクスにビッグマーケットに行ってもらうようお願いした。
その際、ギネルに付けたマジックアイテムの他にもう一つ手に入れておいた物がある。
それは『エリクシール』だ。
不老長寿の秘薬として名高い薬なのだが、もう一つ別の使い方がある。
それは聖女である私の口からはとても言えないので、皆様のご想像にお任せする。
私は協力してくれる三名の女性に、あらかじめこのエリクシールを渡しておいた。
そして今日の午後、彼女達はそれぞれ男にエリクシールを飲ませ、パーティに参加できないよう徹底的に満足してもらったというわけだ。
きっと彼らは今頃真っ白になっているだろう。
アンサ以外の二人は自分の夫にエリクシールを使用したので全く問題無いのだが、まさかアンサが自分から使わせてくれと名乗り出てくるとは思わなかった。
アンサは婚約が破談になった後、想いを寄せていた男性貴族がいたらい。
彼は貴族の間では影が薄く、自分と似たような境遇にいつの間にか惹かれていたのだという。
その男をパーティで見つけたとき、メアリーの身体ばかり見ていることにかなりショックを受けたアンサ。そして彼女の闘志に火がついたというわけだ。
なんという行動力……。そしてとても大胆だ……。
こっちの顔まで赤くなってきてしまう。
それくらい彼女が自信を得られたという証拠だろう。
アンサをはじめこの二人の女性貴族も、男達も、メアリーにとってみれば気にも止めないような存在だ。
しかし知らないうちに自分の命である票数を減らされ、状況を覆す存在となってしまった。
そう。
まさに歩兵が王を獲ったのだ。
「そんな……」
段々と自分の置かれている状況を把握していくメアリー。その顔からは完全に血の気が引いていた。
「これにより、聖女シルヴィアには優越権を戻す。そしてもう一つ、聖女メアリーよ。此度の聖女シルヴィアに対しての言動、立ち振舞、また私以外の男性貴族との不純な交流……。もはや看過することはできない。」
レオンは立ち上がってメアリーを指した。
「よって聖女メアリーよ、そなたとの婚約は破棄させてもらう!!レイスリーにもそう伝えよ!!」
レオンの言葉に膝から崩れ落ちるメアリー。
「そ……それはあまりにもでございます陛下……!私は常に陛下のことを想って……!イヤ……イヤイヤ!!あり得ない!!こんなのイヤァァァァーーーーーー!!」
メアリーは頭を抱えて地面にうずくまってしまった。
レオンは私の所まで歩み寄ると、自分の外套を私に羽織らせた。
「すまぬシルヴィア。余は……余は見ていることしか出来なかった……許して欲しい……」
大粒の涙をポロポロと流してレオンは私にそう言ったが、判決員であるレオンは私達に一切関与出来なかったのだ。謝ることではない。
私がメアリーや男共に好き放題されているのを我慢出来なかったようだ。
ほんとに……王様にこんな事を言うのは大変失礼なのだが、十歳の彼が一番紳士的だ。
彼らの様な王がいるというのに、アルデリアは何故こうまで歪んでしまったのだろうか。
私はレオンの手をギュッと強く握り微笑んだ。
そして、うずくまり泣いているメアリーの前まで歩み出ると、メアリーと諸侯達に向けて伝えた。
「聖女メアリー。シーフォス勝者としてあなたへの求刑内容を申し伝えます……」




