第八十七話 投票
カチャン。
ギネルは首につけられた金の輪っかに驚く。
「なっ……!!何だこれは……!!とれないっ!!」
振り向いたギネルは私の格好を見てさらに驚く。
「何じゃその格好は!?」
私はドレスを脱いで袖の無いシャツに短パンの姿になっていた。これは朝ランニングをするときの服装である。
ギネルは騙されたことにようやく気付き、怒りをあらわに私の腕を掴む。
「このっ!!騙したなっ!!」
その瞬間、青白い光と共にギネルの身体に電流が走る。
「あべべべべべべべべべっ!!!」
全身黒焦げになるギネル。
「これはビッグマーケットで売っていたマジックアイテムなんです。女性に触れると電流が走る様になっているんですよ」
私はとびっきりの笑顔をお返ししてやった。
「はひ……!?」
「私ビッグマーケット大好きです!そこを仕切るマギーさんという方が仰っていました。簡単に命を懸けるなどと言う男は信じてはならぬと」
そして私はたじろぐギネルに追い打ちをかける。
「ちなみにそれは私しか外すことはできません。これであなたは金輪際女性に触れることができなくなりました」
「そ、そんなぁ……!!」
「私の言うことを聞いていただけますね?」
ギネルはガックリと肩を落とした。
今まで女性にしたことを考えれば当然の報いだ。
むしろこれでも甘い。
そもそも私との約束だって守るつもりなど無かったのだろう。
シーフォスでメアリーが勝てば私は消える。そんなもの守る必要が無いからだ。
たとえシーフォスが終わっても心を入れ替えるまでは外すつもりはない。
これで男性票がいくらか動く。
やれることは全てやった。後は本番に臨むだけだ。
シーフォス投票日。
今夜のパーティは重い空気の中で始まった。
レオンの席の前には金の装飾が施された投票箱が用意され、騎士団とグレイゴルがその箱をしっかりと守っている。
諸侯達が集まり皆ヒソヒソと話をする中、私はあることに気が付いた。
ギネルの姿が無い……。
まさかこの期に及んで逃げたのか……!?
「あらん?誰を探しているのかしら?」
すぐ後ろの方からニヤリと笑みを浮かべ、私にそう尋ねるメアリー。
どんどん激しくなっていく服装。今日のはもはや服とは呼べない。大事な所にかろうじて金の装飾が乗っかっているだけだ。そこまでするならいっそのこともう裸で良いのではないか?
もはや言葉も出ない。一体誰に向けてやっているのだろうか……。
「残念だったわね?男どもは全員私に入れる手筈が整っているの。諦めなさい。」
ギネルのことはバレていた……。
他の有力者は出席している。これでギネルによる票の移動は起こらなくなってしまったのだ。
「ホント使えない男……。こんな小娘に出し抜かれるなんて、どうしようもない変態だわ。それにしても……清楚なフリしてあんなことやるなんて、やっぱりあなたの腹の中真っ黒なんじゃないの?」
メアリーの挑発は止まらない。
「ねぇ、今どんな気分かしら?……あら!?もしかして震えているの?あはっ!最高だわ!!」
私は下を向いたまま拳をギュッと握る。
「心配しなくても命まで奪ったりしないわ。私は聖女なのですから」
そして顔を近付けて囁いた。
「一生ペットとして飼ってあげるわ。ギネルの相手をしていたほうがマシだったと思うほど……。考え付く恥辱の限りを尽くして私に歯向かったことを死ぬまで後悔させてやる」
そう言うと満足げに席へと帰っていった。
心配そうに私を見つめるアンサやリエッタ達姉妹。
私は彼女らが心配しないように笑顔で頷いた。
いよいよシーフォスの投票が始まる。
レオンが投票の開始を宣言する。
「これより、聖女シルヴィア、および聖女メアリーとのシーフォス開始を宣言する。要望は半数以上の票を得た者にのみ許される。二人とも良いな?」
私もメアリーも跪いて頭を下げる。
「それでは皆のもの、どちらが誠に正しき聖女か投票により決せよ!!」
シーフォスの投票は無記名で行われる。投票前にはボディチェックがあり、専用の紙に私かメアリーの名前を記入し投票箱へ入れる。不正は許されない。
投票箱には列ができ、一人一人がグレイゴル達の確認の下で票を入れていく。
百人近くの貴族達全ての投票が終わるまでに、一時間近くかかった。
永遠に続くと思われるような、長い長い時間だった。
まるで真綿でじわじわと首をしめらているかのように。
メアリーはすでに勝ちを確信している様子で、手にもった酒を口に含みこちらを嘲笑っていた。
「全員の投票が終わったようだな。これより開票に入る。皆は自分の席にて待つように」
開票はその場でレオンが行う。レオンは箱に入った用紙を集め、真剣な面持ちで用紙を計数している。
兵士たちに囲まれてレオンの手元は見えない。
もはや信じるしかない。
私は両手を組み合わせ、祈るように目を閉じる。
「結果を発表する!」
レオンのその声に、会場の全ての人間が息を呑んだ。
次のレオンの一言で、私の運命は決まってしまうのだ……。
「まずは聖女シルヴィア」
私は目を閉じたまま静かに祈り続けていた。
その脳裏に今までの記憶が蘇ってくる。
エルビオンを出発し、冒険者と出会い、魔物と戦い、そして出会う人間全てに加護を与えてきた。
ハルトに会えたこと。仲間が結ばれたこと。裏切られたこと。別れがあったこと。
アッシュ達と出会ったこと、共に修行したこと。
そして……。
愛する者ができたこと……。
たくさん間違えた。でもその度に立ち上がってきた。
聖女として、シルヴィア=イスタリスとして、
私は後悔していない。
どんな結果であっても、皆が私に与えてくれた勇気と優しさは決して消えることは無い。
そうだよね。レクス。
「四十五票!!」
メアリーは盃を突き上げて高らかに叫んだ。
「やっったわ!!!!皆さん!これで私の勝利が決まりました!!アルデリアはこのメアリーを選んだのです!!今こそ勝利の美酒を!!」
そういって手に持った酒を一気に飲み干した。
男達も歓喜し一斉に酒を飲み干し勝鬨を上げる。
「まだ発表の途中である。静粛になされよ」
グレイゴルはこの前のような大きな声ではなく、元気のない声で諸侯達に戒めるが、彼らは一切聞いていない。メアリーと共に私の方をチラチラ見ながら何かを話している。
時折見せるその不敵な笑みは、これから行う私に対しての辱めのことでも話しているのだろう。
そしてこちらにスタスタと歩いて来ると、私に向けて言った。
「決まったわ。まずは魔物を持ち込んだことを皆に謝罪しなさい。あなた魔物が好きなのよねぇ?あの魔物達と同じ様に服を脱いで地面を這いつくばりなさい。諸侯達一人一人に己の愚かさを説き許しを請うの。そのまま首輪でもつけてアルデリア中を行脚させてあげる!お仲間もきっと見てくれるわね!ああ!考えただけでもゾクゾクするわぁ!!」
酒も入りとことん上機嫌なメアリー。
よくもまあそこまで変態的な考えが浮かぶことやら。
こんな奴らが上にいるんじゃ、アルデリアの民が可哀想だ。
「続いて聖女メアリー」
メアリーは諸侯達に勝利の瞬間を用意させる。
男達は兵士の抑止を振り払い、私を捕まえて立ち上がらせると、ドレスの隙間に手や指を食い込ませる。
メアリーの票数が発表されたタイミングで、そのまま引き破るつもりだろう。
私は磔になった様な姿勢でレオンを見つめる。
アンサ達女性貴族は目に涙を浮かべ、歯を食いしばりながら私の姿を見つめている。
男どもの、荒く酒の匂いが混ざった吐息が、私の頬や腕、耳にかかる。この中には妻子を持つ者だっているだろう。
男ってほんとに……。




