第八十六話 下衆の懐
二人を私の部屋に案内し、リエッタからドレッサーの前に座らせる。
ふふん。ここはシャロン姉さん直伝のテクニックをお見せしよう。
リエッタは鼻のことを言われて気にしているようだが、別に気になる事など無い。
年頃の娘にそういうことを平気で言ってのける神経を従う。この年頃の子はそういうことに非常に敏感だなのだ。そう言われたら気になって仕方がないだろう。
まずは下地を塗って鼻筋が立つように明るめの粉化粧を乗せる。向こうの世界でいうコンシーラーだ。
小鼻の両脇は影をいれると返って目立つので、輪郭をぼかす様明るめの下地を馴染ませる……っと。
目頭と鼻頭の両脇、それと鼻筋の横にも影をいれると……。
「すごい……!!鼻が小さく見える……!!」
次はハンナだ。全然顔なんて大きくない。
ハンナの場合はフェイスラインに暗めの下地を馴染ませ、サイドを残したヘアスタイルにすることで輪郭を細く見せた。
「あ、ありがとうございます!!」
二人は何度も頭を下げて王宮を後にした。
すっかり素敵な笑顔になった二人の後姿を見送る。
二人には意中の男性でもいるのだろうか?
ぜひ今夜、声をかけてもらえるといいね。
グレイゴル流旗術その二。
──進行は静かに、そして素早く、的確に──
攻めに転じる際はなるべく相手に悟られないよう静かに、且つ素早く行動する必要がある。
機会を逃してはいけないのだ。
その日の午後、グレイゴルの屋敷から戻った私に来客があった。応接に待ち構える数人の婦人達。
そのうちの一人がずいっと私の前に出てくる。
「聖女シルヴィア様、本日うちの娘達に化粧を施したのは本当でしょうか?」
リエッタとハンナの母親だろう。
マズい……。この流れは怒られるかも……。
「はい……。勝手なことをしてしまい申し訳ございません……」
頭を下げようと思った瞬間、婦人は私の手を両手でギュッっと握った。
「とても見事なお手前にございました……!!私どもにもぜひお願いできないでしょうか……。最近の夫は私のことを見向きもしません。昔はあんな風では無かったのに……」
他の婦人たちも立ち上がり、期待の眼差しで私を見つめている。
私は婦人の手をギュッと強く握り返した。
「今ならパーティーまでに間に合います。急ぎましょう!!」
その後一人一人に不満を聞き、メイクや衣装のアドバイスを行った。全部が全部理想通りにはいかなかったが、それでもいいのだ。彼女たちに必要なものは自信なのだから。
ほんの少しでも昨日の自分より美しくなれたと思う気持ち。それだけで私達は前を向けるのだ。
形勢が変わっていく音が聞こえる。
傾いていた天秤が、徐々に水平へと近づいていっているのだ。
噂が噂を呼び、今日は数人だった婦人達が、翌日には十数人、その翌日には二十人以上とどんどん数を増やしていった。
始めは男たちもその変化に気付くものは少なかったが、日を追うごとに妻の扱い方が変わってきている。
婦人達はお互いに男性に受けの良い所作や言動、はたまたここでは言えない様なテクニックなどの情報を共有しはじめた。打倒メアリーに向けて切瑳琢磨し己を磨いている。
その活き活きとした表情は、皆とても美しかった。
胸や尻をさらけ出すことだけが女の武器ではないのだ。
投票まで後二日になり、私は最後の勝負に出る。
最初に言った通り、票数は全部で九十三票ある。
そのうちの女性票は四十五票。仮に女性票を全て獲得できたとしても半数には満たないのだ。
男性票を獲得しなければ勝利はできない……。
しかし男性の貴族は殆どがメアリーを指示している。
それをどうこちらに鞍替えをさせるのか……。
私が訪れたのは、当初一番最初に訪れようと思っていた一番の有力候補、副執政官のギネル=ボルモアという男のところだった。
この男はメアリーの父であるレイスリー執政官の右腕と称される人物なのだ。
女性貴族達の話によると、禁止されている奴隷売買や麻薬の取引を秘密裏に行っているなどと、何かと黒い噂が絶えない男だ。
それと……。無類の女好きらしい……。
妻はおらず、金で女をとっかえひっかえしているという話だ。その中でも高利で金を貸し付け、その借金のかたに娘や妻を奪いとり自分の相手をさせていると聞いたときはさすがに吐き気を催した。
上着がはち切れんばかりに出た腹と、禿げ散らかした頭。濁った目で私を上から下へ品定めするように凝視する。
「これはこれは聖女シルヴィア様。来ていただけないかと思っておりました……ふぇふぇふぇ」
手にもったワインをぐいっと飲み干してゲフゥとゲップを吐く。品性の欠片もない。
私のことなど怖くもなんともないだろう。圧倒的な富と権力。それに強力な後ろ盾。
ダメな貴族の集大成といったところだ。
「それで、今日はどういったご要件で?」
ギネルはわざとらしく私に尋ねる。
「私と取引をしていただけないでしょうか?」
ギネルの眉がピクリと動いた。懐疑的な目で私を見つめるギネル。
「取引ですとな?それは一体どういう……?」
私は二日後のシーフォスにて、男性貴族の票が欲しいことを正直に話した。
ギネルは網にかかった獲物を見るかのように嬉しげな表情を浮かべる。
「いやぁしかしですなぁ~。私は聖女メアリー様に永劫の信仰を抱く立場ございますから……。それ相応の覚悟を示していただかなければなりませんが……よろしいので?」
ギネルは舌なめずりしながら笑みを浮かべる。
「はい。ボルモア家には今後優先的に加護を与えることでいかがでしょうか?」
ギネルは鼻で笑い飛ばす。
「フンッ!ご冗談を!それではお話になりませんな!あいにく私は健康そのものでして。ほれこの通り」
そう言って腰をカクカク動かすギネル。
私の反応を楽しむかのようにわざとやっている。
自分がこの状況を握っているということを十分に理解しているのだろう。
「ここに来られたということはもうお分かりなのでしょう?シルヴィア様」
そう言って近付き、私の肩に手を回すギネル。
いやらしく纏わりつくように、私の肩を撫でる。
こうやって弱みを握り女達を手籠めにしてきたというわけか……。噂通りの人物で安心した。
そうでなければ交渉にならない。
「言う通りにすれば条件を飲んで頂けるのでしょうか?」
ギネルは拒絶しない私に勝利を確信したのか満面の笑みを浮かべて耳元で囁いた。
「勿論ですとも。全て私に委ねていただければ、このギネル、命を懸けてシルヴィア様をお守りするとお約束します」
そうか……。
本当はやりたくはないががこれしか方法が無いのだ。
貴族の女性達は自身の立場を顧みず、私のもとを訪れてくれた。こんな私の話を聞いてくれた。
ここで私だけが身体を張をらないというのはフェアじゃない。
もう覚悟は決まっているのだ……。
私の肩から胸元へ手を忍ばせようとするギネルを止める。
「私……。男の人とこういうことをするのは初めてにございますので……」
ギネルは嬉しそうにニマニマと下衆な笑みを浮かべている。
今日は袖の無いワンピースタイプのドレスを着てきた。理由は簡単だ。脱ぎやすいから。
もともとこうなることを予測して脱ぐ前提のドレスを選んだのだ。
「恥ずかしいので……後ろを向いていただけますか……?」
「おやおや、どうせ後で全て見られるというのに……まぁ良いでしょう」
ギネルはそう言って仕方なさそうに後ろを向いた。
私はドレス脱ぎ、それをパサッと地面へ落とす。
ギネルはその音に反応し気味の悪い笑い声を出す。
私は一歩ずつゆっくりとギネルへと近付いていった。




