第八十五話 グレイゴル流騎術
グレイゴルのその言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。
「しかし……いくら信仰が無いとはいえ貴族達は皆……」
グレイゴルは人差し指を顔の前に出し、私に尋ねた。
「主はまずどこから攻めるおつもりですかな?」
どこからって……そりゃ時間が限られてるから影響力大きい人物から説得していかないと……。
「まずは恐らく一番の有力者である方からだと……」
グレイゴルはニヤリと笑みを浮かべる。
「まずは戦況の把握からです」
その日の午後
私は王宮から離れた小さな屋敷を訪れていた。
屋敷は二階建ての民家ほどの大きさだが、行き届いた庭の手入と、そこを彩る色とりどりの花が、そこに住む者の人柄を表しているようだ。
ドアから顔を覗かせたのは、優しそうな女性だった。
年齢は二十代後半くらい。
彼女の名前はアンサ。アルデリア西部にある小さな孤島を統べる、領主ではないが貴族の女性である。
若くして両親を亡くし、リヒトブルグに一人で住みながら、たまに孤島に訪れては管理をしているのだ。
牛乳瓶の底の様な眼鏡をかけ、ドレスではなく作業着に近い服を身に着けている。後ろでひとつ結びに結んだ緑色の髪は、その見た目とは裏腹にきちんと手入れされていた。
「聖女シルヴィア様……!?」
彼女はとても驚いた様子で、中へ案内されるとテキパキとお茶とお菓子を出してくれた。
きっと一人で苦労してきたのだろう……。
「何故私の様な者のところに……?てっきり最初は名のある諸侯のところに行かれるのかとばかり……」
アンサは終始オドオドしながらかなり緊張している様子だった。
「私はあなたとお話がしたかったのです。アンサ」
これは……。私にはわかる……。
アンサは見た目に頓着がないだけで、よく見るとかなり美人なのかもしれない……。
「噂にはお聞きしておりましたが……。やはり想像以上のお美しさにございますね……」
「いえ、服と化粧に飾られているだけですよ……。アンサはドレスを着ないのですか?」
アンサはパーティの時にも、首まである長袖タイプのとても地味な礼服を着ており、逆に目立っていたのだ。
「実は私……肌が出せなくて……」
アンサはそういうと上着を脱いだ。アンサの上半身には首上から脇腹にかけて、大きな火傷の跡があったのだ。
「私がまだ十四の時、屋敷が火事になりました……。両親は必死に私を守ってくれたのですが……」
そう言って首を横に振るアンサ。
「火傷が原因で婚約も破談となってしまいました。おかげでこの歳まで独り身です。でも良いのです……。この傷は両親が私を守ってくれた証ですから……」
そう言って少し下を向いたアンサ。
私はアンサに寄り、傷跡の上にそっと手を乗せた。
「シルヴィア様……何を……!?」
緑色の光がアンサを包む。火傷の跡がみるみるうちに消え、美しい白い肌へと変わっていく。
「私ごときが差し出がましいとは思いますが……。ご両親はきっとあなたが幸せになることを望んでいると思います」
アンサは目に涙を浮かべながら火傷のあった場所手でなぞる。
火傷は完全には消さなかった。
アンサの言う通り、この火傷はアンサの両親がアンサを命懸けで守った証なのだ。
左胸の下辺りに、小さくうっすらと残した火傷は、どうやってもドレスに隠れる。
その傷を見せる相手は、きっと自分が最も信頼した人になると思う。その人に、両親のことを語ってあげて欲しい。
「ありがとうございますシルヴィア様……なんと御礼をしたら良いか……。ご覧の通り我が家はあまり裕福ではありませんので……」
アンサは喜びと困惑の表情を同時に浮かべている。
「心配には及びませんよ。お礼などいりません。その代わり……」
私はアンサの手をとり微笑んだ。
「今日の主役はあなたです。アンサ」
そして、昨日のことなど何も無かったかのように夜のパーティが開かれる。
私とメアリーはレオンを挟んで左右の席に離れて座らされた。
投票までの期間は二人とも判決役のレオンと接することは禁じられている。
メアリーは指を咥えて熱烈な視線をレオンに送る。
そして昨日よりもさらに過激になる衣装。
まるでサンバのカーニバルの様だ……。
その時、急に会場がざわつき出したかと思えば、まるで群衆を割るように皆が道を譲っていく。
その中心にいたのはアンサだった。
美しい緑色の髪をまとめ上げ、肩と胸元を出した美しいラインが際立つ薄水色のドレスを身に着けている。
圧倒的にメアリーより露出が少ないはずなのだが、男達は皆アンサの姿に釘付けである。
三人の男が同時にアンサに声をかけ、自分が先だと揉み合っている。
昨日との変わりように、女性たちも皆何があったのかとこぞってアンサに声をかけていた。
私はアンサに小さく手を振ると、アンサは嬉しそうに笑顔で返してくれた。
メアリーは主役を奪われたのが相当悔しかったのだろう。途中で席を立ってしまった。
グレイゴル流騎術その一。
──勝ち方を見極めよ──
作戦はゴールから逆算して立てていく。
グレイゴルと参加者の名簿を確認したところ、全部で九十三名いる投票者のうち、男性が四十八名、女性が四十五名いることがわかった。
約半数は女性なのだ。
私が当初説得を考えていた影響力をもつ諸侯は皆男性で、説得できれば大きく票が動き勝負が決する。
騎盤でいえば『王』にあたる。
しかし、王を獲らなくても勝つ方法がある。
それは陣地を広げることだ。
参加者の女性は一部、アンサの様な独り身の者を除いて、皆諸侯の妻や娘だ。
自分の夫や父親があんな格好をした女に夢中になっていたらどう感じるか?
同じ女として当然いい気分ではない。
ましてや立場を利用し自身の家や地位を握られているとなれば、煩わしく思う女性は多いだろう。
私達はそこに目をつけた。
そう、敵の敵は味方なのだ。
票は家に対してではなく参加者全員にあり、実はそれが勝敗を大きく分けるポイントになる。
家長の一存で判決に持ち込まれたのなら、それこそ私に勝ち目は無かった。
今思えば、シーフォスでしか私がメアリー率いるアルデリア貴族達に勝てる方法は無かったのだ。
グレイゴルはそれを見越しての一手だった……。
有力者の影響力ではなく、個の数を拾い陣地を広げる。
それが私達の勝ち方だ。
翌日
私が王宮を出ようとすると、サッと何かが建物の陰に隠れた様な気がした。
その影を追ってみると、二人の女の子が顔を真っ赤にしながら物陰に隠れて私を見ていたのだ。
魔力探知で測る魔力量からして、メアリーからの刺客とかでは無いようだ。
「私に何か御用でしょうか?」
二人はゆっくりと私の前に歩み出ると、お互いに顔を見ながら意を決したように言った。
「あ、あ、あの!!私達も、綺麗になれるでしょうか?」
最初はなんのことだか分からなかったのだが、彼女達は昨日アンサに話しかけ、私のことを教えてもらったらしい。
彼女達は姉妹で、十六歳のリエッタと十四歳のハンナ。共にイレジアの領主の娘だという。
綺麗になれれるかって……二人ともすでに綺麗だと思うが……。自信が無いのだろうか。
「私の鼻はイレジアの街門のようだとメアリー様がおっしゃられたので……」
は?どこが?身勝手にイレジアに籠もっておいてこの子たちにそんなこと言ってたのか……?
「私は顔が大きいと言われました……」
二人共メアリーの言うことなど真に受けていたらダメだ。大事なことは自信を持つこと。それだけで表情に差が出る。それをしっかり説明した上で、彼女達の背中を押してあげることにした。
「わかりました。お二人にピッタリなアイディアがあります!」




