第八十四話 旗を制する者
私は真剣な表情でグレイゴルに問い詰める。
「はて?なんのことでしょう?」
まるで何も知らないような顔をしながらヒゲをさわるグレイゴル。
「とぼけないでください。なぜシーフォスなどを?」
グレイゴルはそこでやっと思い出したかのような演技じみた反応をしてみせる。
「お話の前に……ちと一局いかがですかな?」
いきなり何を言い出すんだ……?
一局……?なんのことなのかさっぱりわからない。
屋敷の応接へと通されると、一つのテーブルに椅子が向かい合う形で配置されている。そのテーブルの上には正方形の装飾台の上に幾つもの駒が置かれていた。
「シルヴィア様は『騎盤』を打たれたことはお有りですか?」
騎盤とは、簡単にいうと向こうの世界でいう将棋やチェスにあたる。
大陸の貴族間で最もポピュラーなボードゲームである。
騎盤自体はずっと昔から存在していたらしいのだが、聖女戦争以降、大きな争いが無くなったおかげで騎士や諸侯が戦いで名を上げる事が出来なくなった。
そこで実践を想定した模擬戦として、この騎盤を卓上で競ったことがきっかけとなり、大陸全土に広がっていったのだ。
今では立派な競技となり、各国の貴族がこぞって腕を磨いている。
正直男性がやるもので、女性は嗜む程度覚えているものがいるものの、殆どはやったことが無いだろう。
私もラモンドが他の貴族と打っているところを見ていたぐらいで、大まかなルールぐらいしかわからない。
「ルールぐらいであれば……」
グレイゴルは嬉しそうな顔をして私を椅子に座らせる。
「大丈夫ですぞ!私が教えて差し上げますので!!」
こっちの気も知らないで呑気なものだ。
私は一週間後の投票に向けて、少しでも票を得るために貴族のもとを回らないといけないというのに。
悠長にボードゲームなどしている暇は無いのだけど……。
騎盤は七種類の駒を駆使して陣地を取り合う。
駒の種類は『王』、『前衛騎士』、『後衛騎士』、『旗兵』、『補給兵』、『弓兵』、『歩兵』の七つ。
10✕10の100マスのうち、自分側手前2マス分が陣地となる。
自分と相手、交互に兵を進め前線を上げ、旗兵を立てて拠点とする。
そうやって自分の陣地を広げて行くのだ。
王を取るか100手で持っている陣地が広いほうが勝ちとなる。
「まずはやってみるのが一番です」
私は歩兵の駒を一つ前へと進める。それと同時に進めたマスの色が青色へと変わる。私の陣地の色だ。
旗兵から青色の光の線が伸び、歩兵と繋がる。
「この騎盤は魔法石を使用しておりますからな。」
なるほど。これだと拠点と連結している駒がわかりやすい。
グレイゴルにアドバイスしてもらいながら手を進めていく。
まず一局目、当然敗北。当たり前すぎて悔しさとかそういったものは全く無い。
そして2局目が始まるが、私はだんだん苛立ちを隠せなくなってきた。
「グレイゴルさんは何故私に忠誠を誓うなどとおっしゃられたのでしょう?それほどに私は単純な娘に見えたのでしょうか?」
私はグレイゴルに涙目で訴える。
涙は別に意図したものではない。自分で振り返ったときにあまりにも惨めで情けなくて、勝手に出てきてしまったのだ。
「何をおっしゃいます我が主!誓ってそのようなことは御座いませぬぞ?」
「では何故……!!シーフォスなど用いたら、私の敗訴は決まったものではないですか……!!何故私がアルデリアでのしがらみに巻き込まれなければならないのですか!?知らないです!あなた方の問題など!!何故私なのですか……何故……」
抑えてきたものが溢れ出して、色々と止まらなくなってしまった。
「会いたい人がいるんです!!まだ生きて……会いたい……!!会いたい……」
グレイゴルはそっと私の側に寄って白い手巾を差し出した。
「ご無礼をお許しください我が主」
私が手巾を取ると、グレイゴルは跪いた。
「主と一度騎盤を打つのは私の夢にございました。これ以上の悦びはございませぬ。長い長い夢がようやく叶い、少し浮かれ過ぎておりました」
手に取った手巾で涙を拭きながらグレイゴルの話聞く。
「私に騎盤を教えてくださったのはローザ様です。いつかもう一度という約束を叶えられないまま、あのお方は去って行ってしまわれました」
悲しげな瞳でそう伝えるグレイゴル。
演技なのだろうか……。まだグレイゴルの目的がわからないのだ。
「老い先短い兵士の最後の願いだとご容赦いただき、もう一局だけお願いいただけないでしょうか」
私は力なく頷く。いっぱい泣いて、頭の中が空っぽになってしまった。
言われるがまま席に着き、駒を動かす……。
…………。
結果は……私の勝ちだった。
まるでそう打てと言わんばかりに誘導された様な打ち筋だった。きっと私が泣きじゃくった姿を見て接待してくれたのかもしれない。
グレイゴルは優しく微笑むと私に尋ねた。
「一局目と何か違うところがございましたかな?」
大きく違うところが一つあった。ほぼそのせいで一方的に私の展開が有利に進んだのだ。
「はい……。拠点と兵の距離が離れ過ぎです。補給兵を弓兵と後衛騎士で簡単に討ち取れたので、前衛もすぐに落とすことができました」
グレイゴルは微笑んだまま何度も頷いた。
「左様にございます。『旗を制す者が騎を制す』という言葉があるほど、騎盤においてこの旗兵の動きは最も重要になるのです」
確かにそうかもしれない。旗兵を前に出しすぎると、王との連携が取れなくなり拠点を落とされる。かと行って自陣にがっちり籠もっていても陣地が取れない。
旗兵と前衛の間に補給兵が入ると、駒は圧倒的に落とされなくなるため、この旗兵をどう動かすかが勝負の決め手となるのだ。
「私も始めたばかりの頃はこの旗兵が上手く動かせず、すぐに前のめりになって拠点を落としておりました」
手に取った旗兵の駒を眺めながら、何かを思い出すように話すグレイゴル。
「そんな私を見てローザ様は、旗兵の駒の裏に文字を彫られました。『今日からこの駒はこう扱いなさい』と……」
「なんと彫ったのですか……?」
「どうぞ、主ご自身の目でご覧になってください」
そういってグレイゴルは手に持った旗兵の駒を私の手のひらに乗せた。
え……。じゃあこれはその当時の……!?
恐る恐る裏側をめくってみると、そこには美しい字で
『聖女』
と彫られていた。
旗兵が……聖女……?どういうことだ……?
「旗兵を聖女として、我々をこの兵士の駒とした場合……。その間にある『補給兵』は何にあたるとお思いですかな?」
聖女とグレイゴルとの間にあるもの……。
……!
「『信仰』でしょうか……?」
グレイゴルは満面の笑みを浮かべる。
「さすが我が主、御名答にございます」
グレイゴルは補給兵の駒を旗兵と歩兵の間に置く。
「私はそれ以降旗兵をローザ様だと思い、決して蔑ろにしませんでした。そして名だたる強敵も次々に打ち倒していったのです……。信仰を持った戦士はどんな敵にも倒れないのですから」
確かにそうかもしれないが……。
それは文字通り机上論だ。グレイゴルの頭が良かっただけだろう。
そう思う私にグレイゴルは続ける。
「聖女メアリー様と貴族らの間に『信仰』はございますかな?」
!!!
無い……。
そうだ……。
メアリーと貴族を繋いでいるものは信仰ではなく恐怖だ。執政官の娘でありレオンの婚約者という立場に、皆報復を恐れているからだ。
「補給兵なき兵士は……落ちる」
グレイゴルは前衛騎士の駒をカタンと倒した。
そして手に取った補給兵の駒と、私の手に乗った旗兵の駒を一直線上に眺めながら言った。
「我が主、これは勝てる戦にございます」




