第八十三話 聖票
「リムッ!!ポムッ!!」
私は二匹の後を追うようにして暖炉に飛び込んだ。
真っ赤に燃える炎の中で、二匹はジタバタともがき苦しんでいる。
「くうううっっ!!ああああああっ!!!」
燃え盛る薪が私の手袋突き破り皮膚を焦がす。
悲鳴を上げ、激痛に耐えながらなんとか二匹を暖炉の中から引きずり出す。
綺麗な毛皮が焼け焦げ大きな火傷を負っている。
痛みを忘れ、ただれた腕を前に突き出して全神経を集中させる。
ガイオンの火傷が消え、毛皮がもとに戻っていく。
同時に私のただれた皮膚も元通りになった。
「嘘……何でそんなに早いのよ……」
メアリーと貴族達、それにレオンも。
私の回復魔法を見て驚愕している様子だった。
回復速度は使用者のイメージに依存する。私もはじめのころは回復速度がとても遅かったのだ。
回復魔法の仕組みとして、通常は本人の治癒力を高めて傷を癒す。これは少しの傷であればすぐ治せるのだが、骨折のような大きな怪我は治すまでかなりの時間を要する。
だが私の場合はそうではない。
私の回復魔法は、欠損した組織を私の魔力で置き換えてるのだ。
それによって本人の治癒力に依存せず、どんな怪我や病気でも遥かに早い速度で回復することができる。
何千、何万と回復魔法を使用することで辿り着いた私だけの回復方法なのだ。
込み上げる怒りが私の理性を赤黒く塗り潰していく。
私は二匹を抱き抱えたまま、メアリーに向けて手をかざす。
その瞬間、メアリーの顔面が水球に覆い尽くされる。
「ガボボボッ!!ゴボッ!!」
呼吸が出来ずその場に倒れ込むメアリー。
「ゴボッ!!ゴボッ!!」
それでも容赦なく私はメアリーの顔を塞ぎ続ける。
周りの兵士や貴族たちも水球をどうにかして退けようとするのだが、水は形を変えメアリーの顔にへばりつく。
このままだと窒息死してしまうので、私は魔法を解除した。
「ゲホッ!!ケホッ!!ハァ……ハァ……お、おのれぇ……」
メアリーは化粧が落ち、髪も無茶苦茶だ。
一方私は顔もドレスも暖炉の灰と煤で真っ黒になっている。
どちらも聖女には見えないだろう。
会場の人間が私達を取り囲むようにして騒ぎ出したその時……。
「静まれぇいっ!!」
鼓膜を貫通するかと思うような大声に、その場に居た者達は皆一斉に動きを止め、口を閉じる。
「王の御前であるぞ!!控えよっ!!」
大声の主はグレイゴルだった。
あの年齢でどうすればこんな大声が出せるのか理解できない。
グレイゴルはレオンのもとへと歩き、跪いて言った。
「陛下、私よりご提案がございます」
レオンはハッとなってそれに応えた。
「うむ。発言を許可する。申してみよ」
グレイゴルは跪いたままレオンに提言を始めた。
「此度の一件、聖女シルヴィア様、聖女メアリー様共に等しく非があるように存じます。故にここは一つ、教法に則り聖票で判決をするのが良いかと」
「なるほど……。グレイゴルの言う通りだ。此度の件はこのレオングラット=リュゼ=アルデリアが立会の下、シーフォスにて決する。投票は一週間後とし、それまで何人たりともこの件にて争うことは許さぬ。良いな?」
貴族達もメアリーも跪いて頭を下げる。
私に勝ち誇った笑みを浮かべながら。
「なんで……」
私だけが呆然と立ち尽くす……。
パーティはそこでお開きになったが、私はリムとポムを抱えたまましばらくその場を動く事が出来なかった。
グレイゴルは味方だと思っていた……。
でもそれは私の勘違いだったようだ。
聖票とは文字通り神聖なる投票である。
聖女同士で争い事があった場合には、教会の法律上投票によって白黒をつける。
投票するのは、判決役であるレオンを除きこの会場に居た人物全員だ。
つまり私に勝ち目はない……。
これから投票までの一週間。私とメアリーは投票者に対して自分の主張を論じて、理解を得なければならない。
この判決で負けた場合。恐らく私の命は無い。
というよりメアリーはそうしてくるだろう。
そして最悪なことに貴族は全てメアリーの息がかかっている。
私の言う事など聞く耳を持たないだろう。
結果は見えているのだ……。
リムとポムは私の腕の中で身を寄せ合い、ペロペロとお互いを舐めあっている。
私はしばらくそれを眺めることしか出来なかった。
部屋に戻り、顔を拭きドレスを脱ぎ捨てると、リムとポムを抱いてベッドに倒れる。
この子たちをどうしよう……。ここに置いとくわけにはいかないしな……。
グレイゴルにも頼れない……。
アッシュ達とも連絡をとりたいし……。
ガタッ、ガタッ……。
窓から異音がする。
明らかに人的な音だ……。外側から開けようとしているのか……!?
まさかメアリーの手先かもしれない……。
リムとポムを布団に隠して杖を握る。
部屋の窓が開き外から風が入り込んでくる……。
息を呑み、杖を握る手に力がこもる。
が、しかし誰もいない……。
そう思った瞬間、目の前に突如黒い毛皮を纏った男性が現れる。
本来は大声を出して助けを呼ぶべきだろう。
だが私はその人物を見て歓喜の涙を流す。
「レクス……!!どうして……!!」
窓から入ってきた男は、ガイオンの毛皮を着たレクスだったのだ。
「良かった。シルヴィア!無事だっ………」
レクスは私を見て驚いたように固まってしまった。
「どうしたのですかレクス?」
レクスは私の体をずっと見ているのだが……。
私は視線を下に落とすのと同時に、大事なことを忘れていたことに気付いた。
「きゃぁぁぁぁ!!む、むこう向いてくださぁぁぁい!!」
私はレクスに背を向けて座り込む。しかしこの体制はこの体制で後ろの方が丸見えなのだ。
ドレスを脱いだのを忘れていた。よりによってこんなの着てるときに……!!もう最悪だぁ……!!
とりあえず上着を一枚羽織ってお互いに平静を取り戻す。
「宿に着いたらちょうどアッシュ達が襲撃を受けてたんだ。みんなは無事だったけどガイオンが……」
私はその話を聞いてベッドからリムとポムを抱き上げる。そしてレクスに今の状況を伝えた。
メアリーは完全に私達を始末するつもりだ。
アッシュ達は今聖都から少し離れたところに避難しているらしい。とりあえず無事で本当に良かった。
レクスがいてくれるならリムとポムはここにいるよりみんなと一緒にいたほうが安全だ。
私は二匹をレクスに託し、アッシュ達を守って欲しいと伝える。
一週間後のシーフォスで、メアリーは私の聖女の称号剥奪と、魔物を聖都へ持ち込んだ罪で極刑を要求するだろう。
もしかしたら……。
レクスに会えるのは今日で最後かもしれない……。
でもそのことは言えなかった……。
これは私の戦いなのだ。
でも……。
少しだけ勇気が欲しい……。
レクスの去り際、私は彼の袖を引っ張った。
彼は微笑んで私を抱き寄せると、そっと口付けをしてくれた。
外の冷たい風が、一人になった部屋に吹き込んでくる。
唇に残ったわずかな温度が、心に小さな燈りを灯す
ありがとうレクス。
私最後まで足掻いてみるよ。
翌日
私はある人物と話がしたくて王宮の隣に建てられた屋敷を訪れていた。
2階建てだが、かなり広く大きな屋敷だった。
従者一同が、正門からずらりと並んで私に跪き頭をさげる。
屋敷の中で、その男は私を待っていた。
「ようこそおいでくださいました我が主」
今日の私にはいつものようなおふざけは通用しない。
何故シーフォスを持ち出してきたのか話を聞きたい。
私に忠誠を誓うと言っておきながら何かと小細工を仕掛けてきたり、妃になるよう仕向けたりと、本当に信用できなくなってきた。
今回だって絶対に負けるとわかっている勝負だ。
納得のいく説明をしてもらおうじゃないか。
「グレイゴルさん。どういうことか説明していただけますよね?」




