第八十二話 彼女の切り札
「陛下、私は陛下のお話も聞きとうございます。どこか二人でお話ができるところはございますでしょうか?」
レオンは待ってましたとばかりに私を大きなバルコニーの着いた部屋に案内した。そこからは庭園が一望できる用に作られており、日の光が差し込む素敵な場所だった。
「ここは余が城の中で一番気に入っている秘密の場所だ。シルヴィアは特別に入ることを許す!」
はは……。ありがたき幸せ。
秘密と言っても外から丸見えですよ?
「シルヴィアよ!余はそなたの願いであれば何でも聞くぞ!何か欲しいものはあるか!?」
「お心遣い感謝いたします陛下。ですがこれではまるで私が陛下の婚約者のようです……。本当の婚約者に失礼ではないでしょうか……?」
レオンは露骨に表情が陰り、ぐっと奥歯を食いしばる。
「構わんっ!そんな奴のことは放っておけば良い!余は今シルヴィアと話がしたいのだ!!」
やはり……。
婚約者の話をした途端、急に態度が変わった。
昨日の夜、貴族が不安げに私を見ていたのはレオンにすでに婚約者がいるからだ。
本来私は来賓客としてパーティに参加する立場なのだが、昨日のあれはまるで妃として扱っているとしか思えない。
しかも王宮に貴族達を呼び付けるなんて。
きっと私に知られたくない事実があるからなのだろう。
「陛下は……アルデリアをどのような国にしていきたいとお考えですか?」
私はレオンに問うた。
「そうだな……。余は政には参加できん。執政官や元老院のやる事を見守ることしかできないのだ。ただ、アルデリアに住まう民全てが皆幸せになれば良いと思うておる」
嘘偽りない表情だ。純粋で真っすぐ……。
本心でそう思っているのだろう。十歳とはいえさすが王様だ。
先もレオンが言った通り、彼は政治に口出しできない。よって彼の意向で国をどうしたいかというのはあまり意味のない質問だ。
でも私が知りたかったのはそこではない。
確認したかったのは彼がレイスリーや元老院の影響を受けているかどうかだ。
恐らく彼は執政官と元老院に染まっていない。
執政官側からしてみれば、なんとしてもレオンを手中におさめたいはずだ。
恐らくグレイゴルはそれを阻止したくて私を利用しているのだろう。
執政官からレオン獲得のために送り込まれた人物。
そう。メアリーだ。
レオンはメアリーと婚約を結ばれている。
恐らく本人の意思が及ばないところでの話だろう。
そう考えれば、大聖女になると豪語したり、我が儘の限りを尽くす姿勢も合点がいく。
ということはあの下着もメアリーのセンスなのか?
言わせて貰うが彼はまだそんなものに全く興味は無いだろう。ドラゴンの刺繍でも縫い付けて行ったほうがよほど興味を引ける思うぞ?
そうとわかれば、恐らく彼女は近いうちにここへやってくるだろう。ちょうど今夜あたりにでも……。
そして今夜も今夜でパーティが開かれているわけで……。
何故毎晩パーティを開いているのか、これはエルビオンの貴族街での巡礼を思い出してほしいのだが、貴族街の巡礼は寄付金の額によって順番が決まっていた。
貴族というのはそういう序列やステータスに命をかけるものなのだ。
このパーティに参加するにあたって、当然彼らは手ぶらでは来ない。その都度献上品と称し次々に金品を持ち寄るのだ。
一日しか顔を出さない者もいれば、巡礼終了まで毎夜顔を出す者もいる。
それが王に対する信頼へと繋がるのだ。
王宮に献上された金品の一部は協会へと寄贈されるため、私もお客様ヅラはできない。皆に良い顔をしなければならないのだ。
そしてその時はやってきた……。
パーティの最中、いきなり入り口の大扉が開き、照明が薄暗くなる。
音楽隊が一斉に演奏を止めると、扉の下からスモークが溢れ出した。
「聖女メアリー様、ご入場にございます!!」
大声で叫ぶ従者の後で、屈強な男たちに神輿の様に担がれてメアリーが登場してきた。
会場からは拍手が巻き起こり、レオンの顔からは笑顔が消える。
メアリーを担いだ男達は一直線にレオンと私のもとへと向かってきた。男達に降ろされたメアリーはレオンの前へと進む。
「ごきげん麗しゅうございます陛下!あぁ!我が愛しのお方……!」
相変わらずくねくねしている……。レオンは無表情のままメアリーに顎で向こうへ行けと促す。
できれば二度と逢いたくなかったのだが。
それにしてもなんだその服……。女神か何かを意識しているのか知らないがほぼ裸じゃないか……。
ドン引きしている私を、まるで親の敵でも見るかのように睨みつける。
「あら、誰かと思えば……図々しく陛下の隣に座るなんて……そこは妃になる人間が座る場所ですわよ?フランディアでは作法も教えてもらえないのかしらぁ!?」
会場からは笑いが起こっているが、腹が立つどころか哀れに思えてくる。
ここに座りたければどうぞ?好きで座ってるわけじゃないので。
私が立ち上がろうとするのをレオンが手で制する。
「貴様、誰にものを言っているのだ?ここにいる聖女シルヴィアには優越権を与えた。私の許可なく話しかけることは許さん。わきまえよ」
メアリーの顔が憎悪と驚愕に染まっていく。
今にも拳を振り上げ殴りかかってきそうな勢いだ。
「お言葉ですがっ!陛下はこの女に騙されております!この女は聖女の立場を利用しアルデリアに脅威もたらそうしているのです!」
何を言っているんだ……?
過剰な集金、巡礼の妨害、街の関係者に対する恫喝や嫌がらせ……。
挙げ句の果てには民を捨てて街門を閉めただろうが。
脅威はあんただろう。
「私はそのようなことは……」
メアリーは不敵な笑みを浮かべる。
「これを見てもまだそんなことが言えるのかしら!!?」
男がもってきたのは大きめの網籠だった。
私はその網籠を毎日見ているのでそれが何かすぐにわかったのだ。
すぐさま立ち上がり籠を奪おうと手を伸ばす。
「やめてっ!!何をするつもりなの!?」
男は籠の蓋を開けると中身を会場の人間に見えるようにつまみ上げる。
男の手には怯えながら威嚇するリムとポムの姿があった……。
「お願い!!その子達を離して!!」
メアリーは勝ち誇ったかのように大声で捲し立てる。
「皆さんご覧になられて!!?これがこの女の正体です!!神聖なリヒトブルグに魔物を持ち込んだのです!!先の魔物による襲撃はこの女の仕業に違いありません!!」
メアリーの主張を聞いて会場の全員が私に軽蔑の目を向ける。
リムとポムはアッシュ達が連れていたはずだ。
何でメアリーが持っているんだ……!?
まさかアッシュ達の身に何かあったのか……!?
「確かに魔物ですがまだ赤ん坊です!!親は私が冒険者と共に殺しました……。その子達には何の罪もないではありませんか!!」
「罪が無いですって!!よくもまあそんなことが言えるものですわ!!魔物を街に入れること自体が大罪なのです!!苦し紛れの言い訳はおやめなさい!!」
男はリムとポムを持ったまま暖炉の側へと歩き出した。
やめろ……!!何をするつもりだ……!!
「皆様!!我々を脅かすこの魔物と女を許して良いのでしょうか!?いいえ!!決して許してはいけません!!魔物は滅ぶべきものなのです!!」
会場からはメアリーに加担する声が飛び交う。
そして誰かの一言を皮切りに、『殺せ』コールが始まった。
レオンもこれだけの諸侯を一喝できるわけはなく、オロオロと手を拱いている。
会場がのコールが一際大きくなったタイミングを見計らって、メアリーは私を見て悪魔のような笑みを浮かべた。
「やりなさい」
男にそう指示すると、男はリムとポムを暖炉の中に投げ込んだ。




