第八話 旅立ち
王都エルビオン周辺は四季が無い。
3ヶ月程の寒期のほかは、ずっと温暖な気候が続く。
私は命の芽吹く暖かい風の中、出発の時を迎えていた。
「では、行って参ります。お父様、お母様。」
私は別れを惜しむ両親を後に、王都エルビオンを出発した。私が目指すのは王都から遥か北、フランディアの国境を越えた、アルデリア共和国の首都ラキア。
私は12歳になった。
聖女二回めの巡礼は教会の指示のもと、道中の村や町に寄りながら、加護を与えて回る。これには明確な終わりといったものはない。
目的地に到着後、次の巡礼まで故郷に帰る者もいれば、そのまま巡礼を続ける者もいる。
私の旅の目的は二つだ。
一つは当然、聖女として無事ラキアまで辿り着くこと。
もう一つは、道中にある村に寄り子供達に会うことだ。
初めて出る王都の外。今の季節とても風が気持ち良い。
雲一つ無い青空と、街道沿い一面に広がる穀物畑……。
旅立ちの日にはこの上ないシチュエーションだろう。
ただ……。なんというか……。
馬車内の空気が最悪なんだけど……。
原因は今から数時間前に遡る……。
私は今回の巡礼で、護衛を担当してくれる冒険者ギルドの人達と顔合わせをしていた。
「はじめまして。シルヴィア=イスタリスと申します」
今回王都から護衛をしてくれる冒険者は2人。
「お初にお目にかかります聖女様。ワシはロブロットと申します。先導者をやっとります。こう見えて、まだまだ若いもんには負けませんぞ!はっはっは!」
長い白髪をバンダナで括り、しわくちゃの顔に隙間だらけの歯。大きな盾を背負い、腰には鉄の棍を差している。彼がロブロット。
ドゥークは魔物のスペシャリストで、魔物の生態の研究に加え、薬草や鉱石素材、マジックアイテムなどにも詳しい、まさに歩く辞書のような存在だ。
「はじめまして聖女様。シャロンと申します。
魔法使いよ。よろしくね。」
緑色の美しいボブカットが特徴の女性がシャロン。
青色を基調とした魔法衣を身につけ、小さな魔石の付いた細身の銀杖を手にしている。
30代前半だろうか、すらっと姿勢の良いスタイルにくっきりとしたくびれが美しい。メイジは言わずもがな、魔法を使い戦う職業だ。
そして、今回例外的にもう二人程、護衛に参加してくれるのだが……。
「フランディア王国騎士団、第三部隊隊長。ロア領、
クレア=ハーミッド!……ひさしぶりね。シルヴィア。」
こちらに微笑みかけてくれたのは、ロア領ハーミッド家の第三令嬢、クレアだ。
クレアとは1回目の巡礼で初めて会ってから、何度か交流がある。その時はまだドレスを着ていたのだが。
貴族に生まれた女性であるにもかかわらず武芸に秀で、ここ数年で騎士団隊隊長まで駆け上がった女傑である。
そして最後が…………。
「まったく……。女と老人が一人とは……。冒険者ギルドはよほどの人手不足だと見えるな。」
ロブロットがやれやれといった顔を見せる。
「フランディア王国騎士団、第六部隊隊長、アレストリア領、リグナー=スタンレー。シルヴィア様。あなたはこのリグナーが命を賭けてお守り致します。」
この切れ長目のナルシストが、スタンレー家長男のリグナー。これでバラでも咥えていてくれたら完璧なんだが……。このリグナー、顔が良く貴族の女性達から大人気の出世頭なのだが、プライドが高く、何かと問題を起こしているとウワサの男だ……。
「リグナー殿、今回の任務は『護衛』ではなく『同行』です。お履き違えの無き様。」
クレアの一言にリグナーは気に食わない様子だ。
「これは失敬。気を付けるとするよ……淑女」
クレアを挑発するように語尾を強調するリグナー。
実はちょっとめんどくさい事になっている。
まず前提として、聖女の護衛は基本的に冒険者が行う。
何故か。それは聖女の国有化を防ぐためだ。
かつて一人の聖女巡って国同士の大きな争いがあった。
多くの犠牲者を出し、その教訓として、聖女は独立機関である聖女教会の管理下に置かれた。
それ以降、私のように貴族や王族に聖女が生まれた場合でも、例外なく王国の騎士や兵士を引き連れての巡礼は禁止され、同じ独立機関であるギルド組合に護衛を任せる様になった背景がある。
ただ最初の巡礼だけは例外で、年齢的に自分の生まれた街や村で巡礼を行うため、そこに関しては保護者の影響を受ける形になるのだ。
今回冒険者ギルドに対して護衛を依頼したのは良いが、リグナーの言う通り冒険者ギルドは人手不足のため、『護衛がてら冒険者の仕事も並行したい』との条件を出してきたのだった。
それに怒ったラモンドは、半ば強引に同行と銘打って騎士団の二人をよこしてきた訳だ……。
ラモンドは平民街でのトラブルのこともあって、完全にギルドに対して不信感を持っている。そうなる気持ちもわからなくはないが……。
「おい!黒狼はどうした?依頼を出したはずだが?」
リグナーはさらにロブロットに食ってかかる。
「知らん。ワシもほとんどヤツを見かけんからな。二つ先の村で同じ『ジルエール』の奴と合流する」
「ふん、随分とナメられたものだな。まぁいい。シルヴィア様!たとえ凶悪な飛竜が現れようとも!このリグナーが討ち取って見せましょう」
そう言って私の手の甲にキスをする……。
「街道にそんなモン出りゃせんわいバカタレ……」
リグナー以外の三人は付き合ってられないといったようにため息を吐き捨てた。
そんなこともあって、今車内は気まずい空気なのだ。
ああ……コレずっと続くのかなぁ…………。
そういえば、一つ気になったことがあったので私はシャロンに聞いてみることにした。
「シャロンさん、さっきの黒狼というのは……」
「ああ。黒狼というのは……この辺の冒険者の間では知らない者がいないっていうほど凄腕の冒険者なの」
そうなのか……。そんな凄い人物にお願いをしていたとは……。シャロンは続けて説明してくれた。
「ジルエールっていう特命団なんだけど、私も姿を見たことが無いの。でも、同じジルエールの人間がこのあと合流することになってるのよ」
冒険者ギルドのことも少しだけ教えてもらった。
冒険者ギルドには、いくつかチームのような集まりがあるらしい。
一番有名なものが討伐団だろう。討伐団は大型で強力な魔物や、群れを成した魔物を複数人で討伐する部隊だ。
人海戦術を使用するところや、少数精鋭なところと様々だ。
次に採掘団。これは貴重な鉱石や薬草、マジックアイテムなどの収集を専門としたチーム。
特命団に関しては、決まった依頼主から直接依頼を受けて動く専属部隊のようなものだそうだ。
「まぁ、所詮盗賊崩れの集まりなのでしょう。ジルエールに関しては金さえ出せば暗殺も引き受けるというウワサもあります」
またリグナーが余計なことを言う。
「勝手なことを……」
手綱を持ったロブロットが呆れた様子でつぶやいた。
耕作地帯の街道沿いで、馬車が止まった。
「この辺でちょいと休憩しましょう」
私は街道沿いの木陰で少し休憩を取ることになった。
長時間馬車に乗っているとお尻が痛くなってくるから、休憩を入れてもらえるのはありがたい。
少し離れた木陰に、可愛らしい花を咲かせた植物を見かけた。近寄って見ていると、後ろからロブロットが声を掛けた。
「ほう……。ユニエの花ですな……」
「お詳しいのですか?」
「はっはっはっ。まぁ伊達にドゥークをやっておらんですからの!この辺ではよくある野草ですが、ポーションの原料にもなるんですよ」
私はこっちに来る前、ガーデニングが趣味だった。
よく子供達と一緒に水やりをしていたのを思い出す。
王都ではあまり自然の花を見る機会がなかったから新鮮だ。
「おお!こっちにはアトレモの葉がありますな!コイツの根っこは高級食材ですぞ!採るのに少しコツがいるんですが……」
ロブロットはとても楽しそうに色々と教えてくれた。
その時、ロブロットの奥の茂みが突然ガサガサと揺れ始めたのだ……。