第七十八話 深緑の双剣
ウェルクは水面に降りた船の上に、私を抱き抱えたまま着地する。
「大丈夫か!?」
あまりにも突然の状況に理解が追いつかなかったが、私はウェルクに、
「はい……」
と頷いた。ウェルクのセントレーは昨日見たときは両手に収まるほどの大きさだったのだが、今はウェルクの倍ほどの大きさがある大槌に姿を変えている。
強烈な打撃を受けて、エクピスの足は一旦海中へと引き返していったが、魔力探知ですぐ近くに大きな魔力の反応がある。
またすぐに襲ってくるだろう。
「ちっ!!わかってはいたが打撃ははあんまり効果がねえ」
ウェルクは効果が無いと言っていたが、かなりの強撃だった。
エクピスの柔らかい体が、その衝撃を分散させているのだ。
ウェルクは私を降ろすと、再びセントレーを構える。
「おい!あのアッシュとかいう小僧はどうした!?」
「今、別の者が呼びに行っています!」
ウェルクはギュッと歯を食いしばり、大槌を振りかぶって向かい来るエクピスの足を殴打する。
「コイツは斬撃じゃないとだめだ!まだ戦えるか!?」
プロテクションで魔力を殆ど使い切ってしまっている。
回復魔法と支援魔法一回くらいなら使えるだろうか……?
「申し訳ありません。殆ど魔力は残っていませんが、回復なら多少は」
「了解した」
ウェルクは私に背を向けたまま、襲いくるエクピスの足をセントレーで弾き返していく。
やはりウェルクの身のこなしは見事と言う他ない。
ただ弾き返しているのではない。私を守るようにして戦っているのだ。
私が足を引っ張ってしまっている……。
何もできない自分が歯痒い。
「聖女様ぁーーーー!!」
この声はシモン!!
私はデッキから身を乗り出して桟橋の方を見る。
そこには杖を握ったシモンとアッシュの姿があった。
良かった……!アッシュ来てくれたんだ……!!
激しく揺れる船体を、二人は必死にしがみついて登る。
「来てくれたのですねアッシュ……!!信じていましたよ」
アッシュはオドオドと戸惑った表情でエクピスの足にたじろいでいる。
まだ心が安定していないのだろう。
そんな状態でもここに駆けつけてくれたんだ。
私もその想いに応えなくては……!!
私はシモンから投げられた杖を掴み取ると、くるっと一回転させて正面で構える。
「お、おい!!何考えてるんだ!!よせっ!!」
ウェルクは私の杖に魔力が流し込まれるのを感じたのか、こちらを見て必死に叫ぶ。
理屈はわかっている。私にだってできるはずだ……。
ウェルクが、アッシュが、いや……命を懸けて戦うすべての人間のために……!!
私も命をもって応えるっ!!
解錠……!!
限界……突破ッッ!!!
リミッターのその先に眠る私の魂……!!
その魂を燃焼させて……魔力を捻り出す!!
浮かび上がる魔法陣と共に、私の体が白く光り輝き出した。
──聖女シルヴィアの名において命ずる。悪を断ち、邪を払い、厄を砕く、我が希望となりてその腕をかかげよ!!──
聖騎士化魔法!!
私の輝く光が、ウェルクやアッシュ達に移っていく。
そしてもう一人、レナにも。
ホーリーナイトは支援魔法の効果に加えて、一瞬だけ対象者を魔力ブースト状態にすることができる。
しかし通常のブースト状態とは異なり、使用するのは私の魔力だ。今なら魔力の残っていないレナでも魔法が使える。
エクピスに通用する攻撃を一つだけ思いついた。
成功するかどうかはわからないが……。
このままジリ貧になって全員魔物の腹に収まるよりかはマシだろう。
「ウェルクさん。セントレーは合成能力をもっているんですよね……?」
「あ、ああ。どうするつもりだ?」
私はレナに向かって大声で叫ぶ。
「レナ!!一回だけで構いません!!ありったけの魔力でこちらに風魔法を放ってください!!」
レナはその言葉を聞いて、体を起こし詠唱に入る。
「シモン、私が合図をしたらフレアボトルをウェルクさんに向けて投げてください」
シモンは驚いた表情で聞き返した。
「ウェルクさんに……ですか!?」
「はい。私を信じてください」
ウェルクは少し考えてから、まるで何かを閃いたかのように頷いた。
「なるほど……!そういうことか!!」
ウェルクは折れたマストの上に立ち、セントレーを担ぐようにして構える。
「いつでもいいぜ聖女様」
レナは桟橋の向こうから圧縮された空気の塊をこちらに発射した。そのタイミングに合わせて私はシモンに合図を送る。
「シモン!!今です!!」
シモンは両手に持ったフレアボトルを、マストの上に登ったウェルクに向けて放り投げる。
私達は冷蔵庫を作る時に、その冷媒として魔法石を使用した。そこに氷の魔力を流し込んだのだ。
風と水、絶妙なバランスを維持しながら複合属性を作り出したのだが、セントレーの能力があればパワーバランスは必要ない。
ウェルクはレナの風魔法を野球のスイングのようにして打ち返す。そこへシモンの投げ込んだフレアボトルが炸裂する。
風と炎。二つの属性が混ざり合い発生する複合属性、
それは──
雷神の鉄槌!!
閃光とともにセントレーから放たれたのは無数の電撃だった。
数十にも飛び交う電雷が、バキバキとエクピスの体を突き破るようにして全身を駆け回っていく。
グォォォォォーーーーーン!!
と断末魔の様な悲鳴を上げ、ビクンビクンと痙攣しながら焦げ臭い匂いを辺り一面に撒き散らすエクピス。
やった!!
水中は電気を通しやすい。隠れている本体にも大ダメージを与えることができると考えたのだ。
今ならこの足も切断できるはずだ!!
「アッシュ、敵が弱っている今しかありません!あの足を切ってください!!」
アッシュは息を呑んで剣を構える。
が、その足の太さを見て首を横に振った。
「そんな……俺……できねぇよ……!!」
迷うアッシュの足元に、二本の双剣が突き刺さる。
深緑色の双剣は日の光りを跳ね返し、アッシュの顔を照らす。
「そいつを使え!!」
あれは……!!打ち直したアッシュの剣!!完成していたんだ!!
アッシュは双剣を引き抜くと手を震わせて目をギュッと瞑ってしまった。
「だめだっ!!俺には出来ない……!!」
そんなアッシュを見てウェルクが叫んだ。
「いいや!!お前にしか出来ないんだ!その剣はお前の魔力にしか反応しない!!」
アッシュはそれを聞いて驚愕し、それが元々自分の剣であることを悟ったようだった。
「でも……でも俺双剣なんか……」
その言葉を遮るようにしてウェルクは再び声を上げる。
「良い鉄っていうのはな……たとえ折れ曲がっても形を変えて生まれ変わることができるんだ。何度も叩かれ、何度も熱せられて、その度に生まれ変わり強くなる。お前は常に心のどこかで失敗することを恐れていて魔力を練ることに集中出来てねえ」
アッシュは図星を突かれたように、ウェルクを見て固まっている。
「いいか?余計なことは一切考えるな!!やつをぶった斬ることだけ考えろ!!お前自身を信じるんだ!!」
双剣を眺め、覚悟が決めきれないアッシュに、さらにウェルクが問いかける。
「父親がお前に剣を与えたとき……。少しでもお前のことを疑っていたと思うのか!?」
アッシュはハッとなって双剣をギュッと握り締めた。
その目には再び光が戻り、深呼吸をして神経を集中させる。
「そうだアッシュ!!託された思いは、お前が生きて未来へ繋ぐんだ!!」
アッシュの手からは震えが消え、エクピスの足のを睨みつけるその眼光にはもはや一切の迷いは無かった。
「父ちゃんごめん……俺もう約束破ったりしないよ。だから力を貸してくれ……!!」
ホーリーナイトの光が輝きを増し、アッシュの魔力と混ざり合い燃え上がる。
爆発する様な勢いで地面を蹴り、そのまま船首に向かって走り出すアッシュ。
目に負えない程の速度から高く跳躍し、エクピスの足の眼前に捉える。
「うおおおおおおおおおお!!」
双剣が輝き、幾つもの剣閃が走る……。




