第七十六話 聖遺物の代償
今、折れた剣って……。
しかも翠爽石と言っていたが、それは魔石の名前だ。
そんな貴重な物……!
「あの……!」
私の言葉を塞ぐようにしてウェルク話を続ける。
「翠爽石と言っても破片だけどな。遺跡から出たマジックアイテムから取り出したもんだ。割れてて魔力の生成はできないが、風の魔力の影響を大きく受けるようになった。回転攻撃を使用するなら双剣の方が相性もいいだろう」
ウェルクの目には大きなクマが出来ている。
まさか夜通しアッシュの剣を打ってくれていたのか!?
昨日あんなことがあったのに……。
「本当に……本当にありがとうございます!!」
ウェルクは少し照れ臭そうに頬を指で搔いた。
「でも、何故アッシュが回転攻撃を使うとわかったのですか?」
「ああ、攻撃のときに魔力の動きを見ていたからな。最初の一太刀目はフェイントにして二発目に回転攻撃を当てるつもりだったんだろう。俺はその裏をかいただけだ」
魔力探知か……!
だからあんなに素早く対応できたわけか。
やっぱりただの鍛冶師じゃないようだ。
「ウェルクさんはお強いのですね。どこかで剣の修行をされたのですか?」
ウェルクは目を見開きながら驚いた表情で私を見る。
「レクスから何も聞いていないのか……?」
え……!?レクスは別に何も言っていなかったような。
困惑する私の表情を見て顔に手を充てるウェルク。
「アイツは本当に……」
ウェルクは出来上がった双剣を手に取ると、一瞬の制止のあと、高速で剣を振り回した。
流れるような剣の動きは美しく無駄がない……。
「ジルエールは非戦闘員でも訓練を受けてるからな」
今何て言った!?
ウェルクはジルエールだったのか……!!
通りで強いわけだ。でも今自分で非戦闘員と言っていたが……。
「碧燕のウェルクだ。ちなみにあんたの持っているリコラも俺が作った」
え!!お礼言わなきゃいけなかった!!
そうとは知らず大分無礼な振る舞いをしてしまったなぁ……。
「リコラは大事に使わせていただいてます。無理を言って申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ」
碧燕かぁ……。白兎だったり黒狼だったりなんでそんな名前がついているのだろうか。
「ウェルクさんはなぜ『碧燕』と呼ばれるのですか?」
「『碧燕』っていうのは俺じゃなくてコイツのことだ」
そう言ってウェルクは先程までアッシュの剣を打っていた槌を手に取った。
翡翠色の金属に金色の文字が彫り込まれている。
「碧燕という槌だ。こいつは普通では合成出来ない物を金属に折り込むことができるマジックアイテムなんだ。魔石なんかもそうだな。武器にもなるんだぜ?」
人間じゃなくてマジックアイテムの名前だったのか……。
「レクスは白兎、ハルトなら黒狼っていう具合に俺達ジルエールには一つずつ強力なマジックアイテム、いわゆる聖遺物を持たされてるんだ」
レリックは御伽話に出てくるような、そんな伝説めいたマジックアイテムだ。
本当に存在するかも怪しいような強力な性能をもっていて、遺跡等から発見されても個人で持つことは禁止され、ギルドによって管理される……。
ジルエールはギルド直轄の匿名団だ。例外的に許可されているのだろう。
レクスの剣だって、昔絵本で読んだことのある物語に出てくる物と酷似しているのだ。
伝説として残るほどに強力なものに違いない。
「なぜウェルクさんはこの槌を選んだのですか?」
ウェルクは少し遠くの方を見るようにして答えた。
「俺が選んだんじゃない。レリックに選ばれたんだ」
ウェルクはセントレーを構える。
「レリックは強力な分それに見合う適性と代償を求められる。俺達の団長はレリックに適合できる人間を育成するために、大陸中を探し回ってた。碧燕に適合する為に俺は選ばれたんだよ」
じゃあハルトやサキもレリックに適合する為にダインに選ばれたというのか……?
でも何故なんだ……?
確かに強力な魔物やドミネーター等の存在を考えると、ギルド側にも強力な切り札を用意したいのわかる。
でもわざわざ子供達を集めて育成する必要があるのか?
すでに冒険者として手練れの人間から適合者を探してもいいのではないだろうか……?
私はそのことをウェルクに尋ねてみた。
「代償があるって言ったろ」
ウェルクはセントレーを両手で握りしめた。
「レリックは膨大な魔力を消費する。普通の人間にはその能力を扱うことはできないんだ……。俺達ジルエールはレリックを使うにあたって魔力の変わりに違うものを消費している……」
嫌な予感がする……。
私の予想が正しければそれは……。
「それは命だ」
やはりか……。
普通に考えて、この世界で魔力の代わりに消費できるものはそれしかないからだ。
正確に言うと魂そのもの。魂は魔力を生み出す源だ。
普段は生成された魔力が尽きると魔力切れとなり、生命維持のために呼吸以外の機能がストップしてしまう。それがリミッターの役割を成しているからだ。
ジルエールの人間はそのリミッターを外す訓練を受け、レリックの膨大な魔力消費を自身の命を削ることで補っているのだ。
「だから俺達はみんな長く生きられない」
全身の力が抜ける。
そんなことって……。
そんなことって……!!
「では……レクスもハルトも、サキもですか……!!?」
「恐らくな……」
嫌だ……。嫌だそんなの……!!
「大陸のどこかで今も第二、第三のジルエールが育成されてるだろう……。親鳥が唯一できることは、子供より先に死ぬことしかないからな。」
ウェルクはタオルを首にかけ、剣の研磨作業に入る。
「でも後悔はしちゃいねぇ。どうせ飢え死にする直前だったんだ。それに……あのときあの場所で誓った約束は永遠だ」
約束……。レクスも言っていた。
私はジルエールのことを勘違いしていたのかもしれない。
人々のために命を懸けて戦う。
それは知っていたのだ。でも本当の意味でそれを理解していなかった……。
彼らの人生はどうなるんだ?
彼らはどうなったっていいのか!?
親を亡くし、あるいは捨てられ、幼い頃から兵器として短い一生のすべてをギルドや弱き者の為に投じる。
命を守る為に命を犠牲にしているじゃないか!!
そんなの矛盾……!!
そこまで考えたとき、ダインの言葉が私の脳裏を過ぎった。
人と魔物が共存していくには、幾つもの矛盾と戦っていかなければならないと。
たとえそれが答えのない問題だとしても。
これがその矛盾の一つなのだろう……。
ジルエールの人間はわかってそれをやっている。
いつもいつも、覚悟が足りていないのは私だけだ……。
私はウェルクの作業をじっと見つめていた。
というより事実を受け止められないと言った方が正しいだろう。
気がつけばとっくに日は暮れていた。
ウェルクが明かりを灯したことでようやくそれに気付いて我に帰る。
しまった……。みんなが心配している……!!
「申し訳ありません、随分と長居をしてしまいました……。本当になんとお礼を言ったら良いか……」
ウェルクは手を止めずに私に応える。
「剣のことはまだアイツに言わないでくれ。俺に考えがある」
「わかりました。では……」
ウェルクにお辞儀をして私は宿に戻った。
案の条、レナもシモンも心配して探しに来てくれていた。何かされなかったと聞かれたが、ウェルクはそんな人間じゃないことをしっかりと説明しておいた。
アッシュは今日一日中部屋から出てこなかったらしい。
やはり昨日のことが相当こたえているだろうから。
私は彼の部屋をノックし、中へ入った。
明かりはついておらず、窓から差し込んだ外の明かりだけが部屋の中を照らしていた。
膨らんだベッドの隣に腰掛け、私は今日のことを話した。




