第七十五話 折れた剣
「な、なんだとっ!!お前なんかに何が!!」
ウェルクの挑発ともとれるその言葉に、大声を上げるアッシュ。
「わかるんだよ。剣を見れば全部。お前は口では形見だの簡単に変えられないだのいってるが、とてもじゃないが大切に扱ってるとは思えねぇよ」
ウェルクはアッシュを睨みつける。
「最後に手入れをしたのはいつだ?」
アッシュは下を向いて黙り込んでしまった。
「覚えてないほど前なんだな?」
ウェルクは黙るアッシュを追い詰めるように話した。
「剣は斬れて当たり前じゃねぇ。人間と同じで傷や汚れはとってやらないといけねぇんだ。傷だらけで全力出せる人間が居んのか?」
アッシュは肩を震わせてウェルクの言葉を聞いている。
「それに刃の入れ方がめちゃくちゃだ。ちゃんと剣を振れてねぇ」
アッシュはとうとう我慢できなくなってウェルクに食ってかかる。
「そんなに言うのならお前は相当強いんだろうな!!」
「少なくともお前よりかはな」
おいおい……二人ともまさか決闘しだすとか言うんじゃないだろうな……。
「表へでろ!!どっちが強いかハッキリさせてやる!!」
勘弁してくれ……。そんなことをしにここへ来たんじゃないだろう?
「やめなさいアッシュ!!」
私の制止も聞かずに外へ飛び出していくアッシュとウェルク。
なんでこうなっちゃうんだよ……。
工房のすぐ横の道を下ると、そこには砂浜が広がっていた。距離を取って立つ二人。手にはその辺に落ちていたであろう木の棒を持っている。
「先に降参するか気を失った方が負けだ!!いいな!?」
アッシュは木の棒の先をウェルクに向ける。
「いいぜ。どこかででもかかってきな」
ウェルクは木の棒を正面で構える。
「ちょっと!!二人ともやめなよ!!」
レナは泣きそうな顔をして二人に声をかけるのだが、彼らの熱は上がりきっている。
このまま決着がつくまで収まりそうにない……。
ホント男ってどうしてこうなのか……。
どちらにせよアッシュには後でお説教だ。
そもそもアッシュは冒険者だ。それに魔力コントロールを覚えてから身体能力が格段に上がっている。いくら体格差があっても到底対応できないはずだ。
ウェルクが危なくなったら私が止めに入る。
「なめんなぁぁぁ!!」
地面を蹴り突進していくアッシュ。ドン!と重たい音が踏み込みの強さを物語っている。
ウェルクはそのまま微動だにしていない。
まずい、ウェルクは反応できていない……!!
プロテクションを!!
そう思った瞬間、ウェルクはアッシュの振り下ろした木の棒を下から切り上げて真っ二つに折ってしまった。
持っている木の棒はその辺に落ちていものだ。強度に大差は無いはずなのに……。
「なっ……!!」
ウェルクは静かに眼光を光らせて、一歩前へ踏み込むと切り上げた木の棒を素早く振り下ろした。
バキィィィ!!
ウェルクの振り下ろした棒はアッシュの肩口に直撃し、音を立てて粉砕する……。
「ぐあぁぁぁ!!」
アッシュは肩を押さえてその場に倒れ込む。
肩の骨が折れているかもしれない……!!
私はアッシュに駆け寄ろうと足を踏み出した。
「まだだ!」
ウェルクが大声で私を制止する。
「降参するか気絶するまでというルールだったはずだ」
確かにそう言ったかもしれないがもう勝負はついてる……!!
これ以上戦う意味なんて無いだろう!?
肩を押さえながらかろうじて立ち上がるアッシュに膝蹴りを食らわせるウェルク。
アッシュの身体にウェルクの膝が食い込む。
「かはっ……!」
再び顔面から砂上に倒れ込むアッシュ。
「どうした?それでも冒険者か?」
私は我慢できずアッシュの前に立ち塞がった。
「もう勝負はついてます!!アッシュは私の護衛です。この度の無礼は全て私の責任です……。」
私は地面に手をついて頭を下げた。
「どうかお許しいただけないでしょうか……」
アッシュは倒れたまま私に手を伸ばし、何かを言おうとしていたのだが言い終わる前に気絶してしまう。
それを見たウェルクはそのまま振り返り工房へと帰って行った。
私は倒れたアッシュに回復魔法をかける。
先に仕掛けたのはアッシュだ。こうなったのは自業自得だろう。
しかし、まだ子供とはいえアッシュの攻撃を難なく見切り、反応できない速度で反撃を繰り出した。
ただの鍛冶師の動きではない……。
どこかで見たことあるような……。そんな動き……。
アッシュは宿で目を覚ました。それほど時間は経っていないし、回復魔法も効いてるので身体の方は問題ないだろう。問題は心の方だ。
私を見た瞬間、背を向けるようにして布団にくるまるアッシュ。
「もう痛みませんか?」
私の問いかけに答えることはなく、ただ沈黙が流れる。
彼は以外とメンタルが脆いところがある。調子がいいときは行動的で頼れる子なのだけど、うまく行かないと塞ぎ込んでしまうのだ。
別に私達は気にしていなくても、本人が自分を許せないのだろう……。
「明日、もう一度ウェルクさんに掛け合ってみます。今日はゆっくり休んで下さい」
私はアッシュの部屋を後にした。
レナもシモンも心配していたが、今はそっとしておいた方が良いだろう。
その夜、私は初めて自分からリコラを使用した。
話す相手はレクスだ。
「レクス、今お時間大丈夫でしょうか……?」
「何かあったのかいシルヴィア?」
は、早い!!あまりの応答の早さにびっくりしてしまった…。
リコラの使い方が正しいかどうかわからない。
ただ、レクスの紹介してくれた人とあんなことになってしまった以上、報告しないというのは流石に失礼だろう。
今日街であった一件をレクスに伝えた。
「そうか……。本当は悪い奴じゃないんだけどね。武器のことになると周りが見えなくなるんだ」
確かにそんな感じだった。また明日改めてお詫びとお願いに行こう。
「僕からも言っておくよ。それじゃあ……」
あぁ……。終わってしまう。
もう少し話していたかったのに……。
「この任務が終われば一度会いに行くよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。シルヴィアもあまり無茶しないでくれよ?」
「もう。子供扱いしないでください……」
「はは、ごめんよ。それじゃあ、また」
「はい……また……」
シュン……とリコラの光が消える。
ほんの少しだけだったが、とても幸せな気分になった。会える日が待ち遠しい。
ギュッとリコラを握り締め、窓から入り込んでくる潮風を浴びながら私は星空を見上げた。
「昨日は申し訳ありませんでした。」
私は再びウェルクのもとを訪ねていた。
ウェルクは私に構うことなく槌を振り続けている。
顔中から汗が吹き出し、一打一打に魂を込めるように振るわれる槌が、キン!キン!と火花を散らしながら鋼を打ち伸ばしていく。
私はしばらくそれを見つめることしか出来なかった。
どれくらい時間が経っただろうか、ウェルクは
「よし……」
と一言だけ発して立ち上がった。
ウェルクの手には赤く熱された二つの剣が握られている。それを張った油の中に素早く沈める。
こちらまで息を呑んでしまうほどウェルクは集中していた。
ゆっくりと油から引き上げられた深緑色の双剣を一本ずつ拭き取り、腕に乗せ曲がりを確認するウェルク。
その後、安心したような表情で上に向かって大きな溜め息を吐いた。
「美しい剣ですね」
思わず見惚れてしまった。まだ研磨されていない状態でも品質の良さが伝わってくる。
「貴族の方のお品物でしょうか?」
ウェルクは椅子にもたれ、顔にかけたタオルの隙間から私を見ると、タオルを取って立ち上がる。
「折れたものを元通りには出来ないからな。ただ、元の鋼鉄は良い物だから少し翠爽石を混ぜた」
え……?
じゃあこれはアッシュの……!?




