第七十四話 ウェルクの工房
剣はディクロン、杖はカナン。
そんな言葉があるほど、ディクロンの工房というのは有名な剣のブランドなのだ。
工房のドアを開けると、広い商品棚に様々な剣が置いてある。どの剣にも見事な装飾がなされ、その刀身は剣を使わない私でさえ、見ただけでよく切れるとわかるものだ。
これは何かの魔物の角だろうか……?金属と合成され、研磨された刀剣は、小ぶりながらもその攻撃力の高さを物語っている……。
「手に取ってご覧になりますか?」
全く剣を使わないのだけど、店員さんに流されるままその剣を握る。
まず握り心地がとても良い。恐らく普通の鉄では無いだろう。まるで手に吸い付くように……吸い付くよ……。
いや違うな。実際に吸い付いてるなこれ。
「これはドレインシーカーという作品にございます。持ち主の魔力を吸って強度と殺傷力を高める事ができる逸品ですよ!」
魔力吸われてんじゃん!!言ってよ先に!!
吸われた魔力は大したことなかったから別にいいけど……。
「すみません、ウェルクさんという方はどちらに?」
店員さんはその言葉を聞いてすごく申し訳無さそうに教えてくれた。
「それはウチじゃなくて後ろの建物かと……」
え……!?違うの……!?
なんだか申し訳無い気持ちで一杯になった。
私達は店員さんに謝りそそくさと店を出て裏へと回る。そこには前の建物とは対照的な、古くてボロボロの工房がポツンと建っていた。
本当に人がいるのだろうか……?
恐る恐るドアをノックしてみるが何も反応が無い……。
留守なのだろうか?
「本当にここであってんのか?ボロボロじゃん」
アッシュは期待を裏切られたかのように肩を落とす。
「ボロボロで悪かったな」
全員ビクッとなって振り返ると、薪を持った一人の男性がこちらを見ていた。
褐色の肌に銀色の髪の毛。サラと同じだ…。キュッとつり上がった目が少し怖い青年。年齢は二十歳前後だろうか……。
「あ、あの……!!突然お邪魔して申し訳ありません!もしかしてあなたがウェルクさんでしょうか?」
その男は不機嫌そうに近寄ってくる。
「誰?あんたら。俺になんか用?」
と私の顔をみることはせず、工房のドアに手をかけようとしたその時、ウェルクは私の杖を見て物凄い勢いで近寄ってきたのだ。
そのまま私から杖をガバッと奪い取ると、まじまじと見ながら驚いている様子だった。
「まさかこの杖は……いや……間違いない!!」
「あの……?その杖がどうかされましたか?」
ウェルクは私の顔をしばらくじいっと見つめきた。
なんだかそんなにじっくり見られると恥ずかしいのだけれど……。
「あんた……まさかこの杖で解錠したのか……?」
「は、はい……。どうかなさいましたか?」
ウェルクは杖を持った手を額に押し当てながら、目を瞑って歯を食いしばる。
急にどうしたというのだ……?
「魔力は大丈夫だったのか!?」
「まぁたまに魔力切れにはなりますが……」
なんとも悲しそうな表情を浮かべて杖を握りしめるウェルク。
あのー……。一応それ私のなんですけど……。
「すまなかったぁ!!このとおりだ!許してくれ!!」
ウェルクは急に地面に手をついて私に謝りだした。
ちょっ……!全然状況が理解できないんだが……!!
「これを作った時はそんなこと考えていなかったんだ!!」
ん?作った……?
まさかこの杖を作ったのはこの人だったのか……!?
「どうか頭をお上げ下さい。あやまっていただく必要など全くありませんよ。むしろ感謝しています。この杖には何度も助けてもらったので……」
その言葉を聞いてウェルクは更に驚く。
「使えたのか……!?魔法が!?」
いちいち何をそんなに驚いているのか分からないが、魔法は使えたよ?というかこの杖はマジックアイテムなので魔法を使うために作られたものだろう?
呆気に取られた私は首を縦に一回だけ振る。
「そ、そうか……。取り敢えず中に入ってくれ」
そう言われて私達は工房の中に案内された。
工房の中には様々な武器や防具、アクセサリーなどがあり、そのどれもが強力な魔力を放っていた。
しかも随分と年季が入っている……。
「狭くて済まないがその辺に適当に座ってくれ」
ウェルクは奥のテーブルを親指で指した。
テーブルには何度もニスを塗り重ねた跡があり、随分と古いものだということがわかる。
古くはあるのだが、きちんと掃除はされているようでホコリ等はついていない。
「あの……ウェルクさん。実はお願いがありまして……」
向こうでガサゴソと何か漁っているウェルクは、それを聞いてヒョイと顔をあげた。
「ん……?杖を直しに来たんじゃないのか……?」
直すも何も杖は全くもって壊れていないのだが……。
「この杖は俺が作ったんだ……」
ウェルクは私達にお茶を出すと、この杖のことを話してくれた。
この杖の素材になっているのは、ご存知の通りグレーディットという魔物の鉤爪だ。
私が王都で襲われた魔物である。
このグレーディットの鉤爪には魔力を大幅に増幅させる機能があり、本来人間の持っている限界を超えた出力が可能になるといったものだ。
ただ、魔石やミスリルと違い、この鉤爪自体は魔力を生成しない。
増幅といっても、あくまで1ある出力限界を2や3に拡張するだけで、使用する魔力はそれに伴い大幅に消費されてしまう。
グレーディットの爪はその増幅効果が規格外のため、本来であればミスリルを織り交ぜたり、魔石を使用したりして魔力消費への補助を行なうらしい。
通常の魔法使いがこの杖でブーストすると、一瞬で魔力が底をつき、魔法は発動すらしないということだ。
それどころかその規格外の増幅効果を受け、魔力切れになりしばらく動けなくなるほど危険なものだった。
それがあってウェルクはあそこまで驚いていたのだ。
ただこの杖を作る時、完成品を持つのは聖女で、お詫びの品として渡すということしか聞いていなかったため、ブーストして使用することなど想定していなかったのだ。
無理もない。普通聖女は戦闘に参加しないのだから。
恐らくここまで魔物と戦っている聖女は私だけだろう。
杖はそのままにしてもらって、私達は本題に移る。
「ウェルクさん……こちらを見て頂きたくて」
アッシュは袋から自分の折れた剣を取り出す。
「これを直していただけないでしょうか?」
ウェルクは顔をしかめ、二つに折れた剣を交互に手に取って見る。
「無理だな。諦めて新しいものを買った方が良い」
アッシュはその言葉を聞いて叫ぶ。
「そんな!レクスがあんただったら直してくれるっていうからわざわざ来たんじゃねえか!
「レクスだと……?アイツまた面倒な事しやがって!忙しいって言ってんだろうが!」
名前を出さなかった方が良かったかもしれない。
ウェルクは居ないレクスにまで怒り出した。
「面倒ってなんだよ!!この剣は父ちゃんの形見なんだよ!!簡単に新しいのなんて、そんなのできるかよ!!お前本当に鍛冶師かよっ!!」
「口を慎みなさいアッシュ!!私達はお願いに来ているのです。もう少し頭を冷やしなさい……」
大きな声を出してしまった。野宿続きだったあの時以来だろうか……。
これ以上言わせたら収まりがつかなくなりそうだったので止めはしたが、アッシュの気持ちもわかるのだ。
剣が折れてからずっと我慢していたんだ。
ぶつけることのできない気持ちを……。
折れた刀身を持ってそれを光にかざすウェルク。
「アルデリア産の鋼鉄に少量のモルス鋼を含ませている。それを何度も折り重ね、強度と柔軟性を両立しているんだ。刀身が少し黒ずんだ色になるのが特徴だ。工房名は無いが丁寧な仕事がなされている良い剣だな」
ウェルクは折れた剣から原料や製法を言い当てた。
アッシュはそれを聞いて発しようとした言葉を飲み込んだ。
「それなりの値が張るだろうに。俺には親が居ないからわかんねぇが、こんな使い方されたんじゃ可哀想だな。剣も父親も」




