第七十二話 私がしてほしいこと
あの……。今じゃないとダメ……!?
「ハァハァ……後ほど……ご説明します……」
実はグレイゴルにも助けを借りたいと思っていたところなのだ。
毎度毎度どこかで見ているのではないかと思うほどのタイミングだ……。
ニコニコと微笑んでいる顔が逆に怖い。
そしていよいよ巡礼の当日、私達はビッグマーケットがある広場の隅っこに陣取って開始の合図を送る。
ドォォーーン!ドォォーーン!
青い空に打ち上がったのは色とりどりの花火だった。
これはレニオンの巡礼時に使用したものと同じものだ。日数が無かったので数は用意できなかったのだが、開始の合図としては充分だろう。
今回の巡礼は回復魔法を使用しない。
よって何によって信仰を集めるかという話なのだが、
結局三人のアイディアを全て詰め込むことにした。
その後も色々と案は出たのだが、やはり難しいことはせず、自分達がやってもらって嬉しいことをしようという結論になった。
まずは食べ物。お腹が減っていては何も始めることはできない。
私達はビッグマーケットの住人に対して炊き出しを行うことにしたのだ。
もちろん提供するものは聖女特製カレー!
この前大盛況だったというのもあるが、大量に作れるし材料の調達もしやすいのが大きな決め手となった。
事前に煮込んでおいたものを使用しているので、お肉も野菜も歯がいらないほど柔らかくなっている。
お年寄りや小さな子供でも食べやすいところも良い点だ。
そして次に衣類の配布。これは主に肌着や下着、子供用のオムツなどが主体となっている。
レナは一生懸命吟味をしようとしていたのだが、服は個人の感覚に左右されるので、誰でも使えるものにすることにした。レナは残念そうにしていたのだが、受取る側のことを考えたらこちらの方が良いと考えたのだ。
下着や肌着なら、どんな服を着ようとも身に着けて貰える。そういう理由でレナも納得してくれた。
そして最後が本。と言いたいところだが、こちらの世界では本は貴重なものなのだ。
大量に配るほど、まず入手することができない。
印刷という技術があまり進んでおらず、コピー機なども当然無いため、同じ本を用意するには書き写すか何枚も判を彫らなければならない。
そこでシモンと共に考えた。
本は無理でも、一枚の紙に有用な情報を詰め込めば良い。それなら判を作成する手間もそれほどかからない。
では何の情報を載せるのか、この紙に載せるのはこちらの世界の文字と、簡単な計算の知識だ。
よく子供の教育誌についてくる付録のようなもので、
小さな子が文字を覚えるための五十音表であったり、足し算、引き算の基本が書かれている。
何故そんな内容にしたのかというと、ビッグマーケットの人間は、必要最低限の文字と銭勘定しか知らない者が多い。
本を配っても読むことができないのだ。
なので配布対象を小さな子供、もしくはその家庭に絞って行い、教育に役立ててもらおうと考えたのだ。
そしてこの紙がボロボロになる頃には、その子が覚えた文字と数字を使って、新しい紙に書き写すのだと。
シモンはそこまでのシナリオを考えていた。
いやぁもうすごい。彼がアルデリアを引っ張っていったほうが遥かにマシなんじゃないか?
そして最後に、私のして欲しいこと。
これを実現する為には、私一人ではどうしようもなかったりする。
マギーの協力が必要不可欠なのだ。
この巡礼が終わったら、改めてお願いに行こうと思う。
花火につられて大勢の人間が何事かと集まってくる。
私、覇王竜の三人、それからグレイゴルをはじめとしたアルデリア軍の兵士達数十名。
次々と炊き出しに集まり列を成していくビッグマーケットの人へカレーを配っていく。
忙しい中でも、できるだけ多くの人に声をかけるようにした。
この巡礼で問題となったこと。まず一つは飲食店への配慮だ。
当然ビッグマーケットにも飲食を提供する店が幾つもあるわけで、ここの人間のお腹を満たす役割があるのだ。
私達がここで炊き出しを行うと、飲食店はその影響を大きく受けて売上が減ってしまう。
なので、食材はなるべく飲食店を経由して仕入れることにしたのだ。
それに加えて、カレースパイスを含めたレシピを無料で提供した。もし喜んで貰えた人からリクエストがあった場合、ここの飲食店で提供できるようにするためだ。
当然衣類や紙もビッグマーケットで仕入れた。
それによってマーケットの売上が上がり、人々へ還元されるのも狙ってのことだ。
そして場所。大通りから一番奥の隅っこを陣取ったのは、単純に邪魔にならないようにする為というのもあるが、ここに来る途中、帰る途中で少しでも買い物につながれば良いと考えていたからである。
四日間行われた巡礼の結果は大盛況だった。
ビッグマーケットの中は連日お祭り騒ぎで盛り上がっている。
本当にやって良かった。
何日もレパルに滞在することになったが、全て報われた気がするのだ。
教会に請求された金額を見て一瞬目玉が飛び出そうになったが、長い期間で見ればきっと教会にとってもプラスになるはずだ。
改めて報告とお礼を伝えるため、私はマギーのテントを訪れた。
顔なじみとなったニックとウォードは、どこか寂しそうな顔をしている。
巡礼が終われば私は次の街へいかなければならない。
彼らとはお別れになるからだ。
「シルヴィア様に作って貰ったサンドイッチ……絶対忘れません!!」
私の手を握り、涙ながらに伝える二人。
またここに来る機会があったら、その時はもう一度作ってあげよう。
テントの中に入ると、マギーは金貨や金帯を並べて計算をしている。
「なんだい?今忙しいんだよ。用は済んだんだろう?だったらさっさとお行き」
「マギーさん。本当にありがとうございました」
私は深々とお辞儀をした。
マギーはこちらを向くことはせず、そのままお金を数えている。
私はこの巡礼最後の締めくくりとして、マギーにどうしてもお願いしなければならないことがある。
食べること、着ること、学ぶこと……。
そして私が望む最も大事なこと……。
「最後にもう一つだけお願いしてよろしいでしょうか?」
「今度はなんだい!?忙しいっていてるじゃないか」
「ビッグマーケットに休日を設けて欲しいのです」
マギー怪訝な表情で私を見る。
「休日って言ったって……そんなもんそれぞれが勝手に休めばいい話だろう?」
「それではダメなのです。その日は特別な日でなければなりません。その日だけは、全てを忘れ愛する者とともに過ごす時間にしたいのです」
「あんたね、ここが一日どれくらいの金が動くか知ってんのかい!?」
知っている。無理を承知でお願いしているんだ。
「はい……。ですが、その日だけは……少しでいいから思い出してほしいんです!!自分達の幸せが、尊い犠牲の上に成り立っていることを……」
マギーの手から金貨が一枚こぼれ落ちる。
それを拾おうともせずに、ずっと手を見つめるマギー。
「美味しいものを食べ、新しい服を着て、何かを知り、大切な人とともに過ごす……。その時に皆思い出すのです。身分を越え、多くの手を取った一人の聖女がいたことを。そしてそれが、これから生まれてくる子供達にも延々と続いていく……。その手の温もりは消えることのない幸せの象徴として、これからずっとビッグマーケットに根付いていってほしい。そう願いを込めてこの休日を『ローザの日』と名付けたいのです」
たとえローザの選んだ道が間違っていようとも、マギーやグレイゴルの中に生きるローザは永遠だ。
これから先もずっと、過ちの象徴としてではなく、幸せの為に生きた聖女として、ビッグマーケットの人達の中にずっと生きていて欲しいんだ。




