第七十一話 手の温もり
聖女戦争時代を実際に生きていた人間はもうだいぶ高齢だ。ローザのことも聖女のことも、ビッグマーケットの若い人間はほとんど感心が無い。
恐らくマギーが心配しているのは信仰を植え付けられることなのだ。
自分が家族のように接してきた人間が、信仰するもののせいで傷つき、崩れていく事を恐れている。
それほどまで、聖女戦争がマギー達に残した傷は大きいのだろう。
これ以上マギーの傷を抉るような真似が本当に正しいのか、私は疑問に思っている。
でも
それでも……。
変えていかなければならないものだってある。
「わかりました。ではせめて戦争を知らない若い人間だけでも構いません。加護を与えさせていただけないでしょうか?」
マギーは顔に手を当ててガクっとうなだれる。
「あんた、あたしの話を聞いてたのかい?」
「はい……。私はローザのようにはなれません。マギーさん達の心の中に取って代わろうなんて思っていないんです。」
「じゃあ……」
「でも……!!あたたかいのです……人の手は……」
マギーは突然私が発した言葉の意味がわからず眉をひそめる。
「村人の手を握り、加護を与えることでわかったんです。私を必要としてくれている人がいるのだと。ちょっとした怪我でも、ただの風邪だとしても……加護を受け取ってくれる手は……身分も生まれも関係無く皆温かいのです」
黙ってタバコを吹かすマギー。私は続けて話した。
「私が尊敬するジルエールの人間はこう言っていました。『次に生まれてくる子供達が自分達と同じ思いしないように』と。それが親を知らない友らと交わした約束なのだと……。その為に彼らは今も理不尽とも思える脅威と戦っています」
マギーはずっと下を向いたままだった。
「私達も同じではないでしょうか……。これから生まれてくる子供達に哀しみだけ残して良いのでしょうか?拒絶することだけ伝えて良いのでしょうか?」
「…………」
「ローザの手の温かさを……伝えていかなくて良いのでしょうか」
下を向いたマギーの顔からかろうじて覗くその眼光が、わずかにゆらめいだ気がした。
どれくらいか、しばらく沈黙が流れた。
ローザはタバコを咥え、深く吸い込んだ後に上を向いて煙を吐いた。
「黙って聞いてりゃ約束だの温かさだのと甘っちょろいことばっかりほざきやがって……」
その声に怒りは感じられなかった。
「わかった。いいだろう。あんたの巡礼を認めてやる」
やった……!!想いが通じたのかも知れない……!!
ここまで粘った甲斐があったというものだ!!
「ただし!!一つ条件がある。」
マギーは持っていたタバコをピッと私に向けた。
「回復魔法を使うのはナシだ」
なぁーんだ。そんなこと……。
ん……?
え……?今何て……?
「あんたのいう温かさがどういうものなのか、あんたの手で証明してみせな」
マギーはそう言って私を見て笑った。
えぇぇぇぇぇぇ!!?
なんだよその条件……。無茶苦茶じゃないか。
それは聖女の巡礼と言えるのか……!?
ど、どうする私……。
そんなことできるのか……?
「無理ならいいさね」
マギーのその一言に、私は意を決するしかなかった。
「わかりました。それで構いません」
ああああああああ!
言っちゃったぁぁぁぁ!!
どおおおしよぉぉぉぉ!!
私達は宿にもどると、とりあえず巡礼の許可が下りたことを三人に伝えた。
「まじかよ!?スゲーじゃんシルヴィア!!どんな手を使ったんだ?」
興奮するアッシュ達に出された条件のことも伝える。
その途端に、勢い良く燃えていたアッシュの炎がみるみる鎮火していく。
「聖女様……それで了承したのですか?」
頷く私を、シモンがそれは無理だろ?というような顔で見てくる。レナもそんな感じだ。
だ、だって仕方ないじゃないか!!もうかれこれ一週間以上レパルに滞在している。
そこでようやく出た巡礼の許可なのだ。
ここで諦めるくらいならとっくにローディセンに向かってる。
イレジアの門だって開いているかも知れないし……。
「聞いたことねぇよそんな巡礼」
アッシュは悪気がなく言っているだろうから仕方ないのだが、私だって同じ気持ちなのだ。
温もりを伝えるとって言ったって、そのままただ手を握って回る訳にはいかないだろう。
握手会じゃないんだから。
そういうことではなくて、加護という特別なものが無くても、私自身、シルヴィアという人間を認めてもらい信仰を得ろということだろう。
「皆さんの力も借りたくて、何かいい案がないでしょうか?」
三人は険しい表情をしながら黙り込んでしまったが、アッシュが何かを思いついたように口を開いた。
「なぁ、そんな難しく考えなくてもここの奴らが喜びそうなことすれば良いんだろ?」
まぁ確かにそれはそうなんだけど……。
「俺だったら腹いっぱいなんか食べたいなぁ」
いかにもアッシュらしい発想でみんなから笑いがこぼれる。
「私は服かなぁ。この前可愛いの見つけたんですよ!!」
まだ服買うんかい!!
レナは最近めっきりオシャレになってきたからなぁ。
「僕は本が欲しいですね」
いやみんな……サンタクロースへのお願いじゃないんだぞ……。
しかもそれ全部この前やってたよね?
「聖女様は何をしてほしいですか?」
私かぁ……。私は……どうだろう。
考えたことなかったな……。
そうか……。私がなんでこんなに悩んでいるのかがわかった。
私にはしてほしいことが無いんだ。
いや……違うな。
本当はあるのだけど言えないといったほうが正しい。
私は愛する人に側にいてほしいんだ。
子供達、それにレクス……。
でもそれは叶わないから、考えないようにしている。
それはもしかしたら……。
マギー達と同じなのかもしれない……。
本当に自分達がして欲しいことは、もうどうやったって叶えられない。
だから諦め、遠ざけているんだろう。
ほんの僅かでもその気持ちに寄り添うつもりなら、
まずは私から変わらねばなるまい。
「私は、大切な人とともに過ごす時間が何より幸せです」
まずは口に出すこと。それからだろう。
レクスとこの三人で食事をしたときも、私は時間を忘れるほど楽しかった。
ビッグマーケットの人間にも、それぞれに家族や恋人がいるはずだ。
その人達と共に過ごせる時間を作ってあげたいと私は思った。
それから私達は巡礼に向けて更に打ち合わせを行い、準備に取り掛かった。
恐らく準備に要する物や人手は今までの中で最大の規模になるだろう。当然お金もだ。
少なくとも更に三〜四日は準備に費やさ無いといけないだろう。
それでも良いのだ。正直メアリーのことよりこっちのほうが遥かに重要だ。
ただ、喜んでもらえる自信はある。
回復魔法を使えない分、色々なところで準備が必要ではあるが、絶対に成功させてみせる。
私は燃えていた。
言い忘れていたが、当然街に滞在している間は早朝のランニングを続けている。
最初はしんどかったこのランニングも、今ではアッシュ……は無理だがレナやシモンにはギリギリついて行けるほどになった。
イレジアのように同行者が増えていくようなことはないが、毎日走っているとそれなりに目立つ。
ゴール直後、息を切らして壁にもたれ掛かった私の背後から、
「いやぁ、朝はやはり運動に限りますなぁ」
と聞き覚えの声がする……。
その声の主はやはりグレイゴルだった。
流石にもう驚かないが気配を消して背後に忍び寄るのはやめて欲しい。忍者かあんたは。
「聖女様が体力作りとは……。素晴らしい心掛けですぞ」
ああそうですか……。
今ちょっと苦しいんで相手にできないです……。
「巡礼の調子は如何ですかな?」
「ハァハァ……。近日、ビッグマーケットに……巡礼をすることになりました……」
グレイゴルは驚き目を見開く。
「なんと……それは誠にございますか……!?」




