第七十話 癒えない傷
私達は先に居住区の巡礼を終え、再びビッグマーケットを訪れていた。
マギーのテントの前に立つ男達はとても嫌そうな顔で私達を見つめる。
私はまたニッコリ笑って男たちに手を振った。
マギーは私のことを嫌っているようだけれど、私は諦めるつもりはない。
出来るだけ粘ってみようと思う。
ローザの名前を聞いてあれだけ反応するということは、やはりローザに対する並々ならぬ執着があるということだ。
そこに触れることで余計に彼女を刺激してしまうのかもしれないが、私も聖女として避けては通れない道なのだ。
翌日も、その次の日も私はマギーのもとへと足を運んだ。そのうち、ビッグマーケットの中でも私に気付くものが大勢出てきた。毎日マギーのもとへ行っては追い返されるのを見て、皆不思議に思っているのだろう。
まぁわざとそうしているところもある。
これ以上騒ぎが大きくなるようであればマギーも放ってはおけないだろう。
「なぁシルヴィア!!今日で一週間だぞ!?またあの婆さんのとこ行くのかよ!?」
「はい。もう少しだけ頑張ってみましょう」
いい加減三人も心配になってきている。
メアリーのことも心配だが、こちらの方が優先だ。
ビッグマーケットにはすっかり人だかりができてしまっている。
一体何が始まるのかと、皆期待し始めているのだ。
マギーのテントの入口に立った男たちともすっかり打ち解けてしまった。
今日は差し入れにお弁当を作ってきたのだ。
「いいんですかい……!?」
二人の男は困ったような、嬉しそうな顔をして、お互いにの顔を見る。
「はい!ニックさんはお肉が好きだということなので、プインの肉を集めに切って甘辛く味付けしたサンドイッチです。ウォードさんはお肉は食べられないとお聞きしましたので、野菜を細かく切って、小麦粉と混ぜた疑似のお肉を使用しています!」
「そんな……俺たちそれぞれに用意してくださるなんて!!」
「いいんですよ。私達のもあるので一緒にお昼にしましょう」
ニックとウォードは嬉しそうにサンドイッチを頬張りだした。
うん!自分で作っておいて言うのもなんだが、よく出来ている。
疑似のお肉は初めて作るが、以外とうまくいった。
やはり具材にアトレモを使用したのが良かったのだろう。
スパイスを色々と試した結果、何がどういう用途で使用できるかを把握することができた。
これによって作れる料理が大幅に増えたのだ。
この前のカレースパイスで味付けた鶏肉なんかもサンドイッチにしたら良いんじゃないか?
などとアイディアを膨らませていた最中、後ろからのその声に皆冷や汗を流す。
「人ん家の前でなにやってんだいお前たち」
それは一週間ぶりに姿を現したマギーだった。
「申し訳ありませんマギーさん。どうしても巡礼の許可を頂きたくて」
マギーはほとほと困り果てたような顔で大きな溜め息をついた。
「はぁ~。しつこいねお前も。何度来たって変わりゃしないよ」
マギーはニックとウォードを睨みつける。
とっさに後ろにサンドイッチを隠して笑って誤魔化そうとする二人。
「何故そこまで加護を拒むのですか?理由だけでもお聞かせ願えないでしょうか?」
マギーは私の問いかけに振り返ることなく、しばらく立ち止まってから、
「入りな」
と一言だけ言い放った。
私達はマギーのテントに入ろうと一歩足を前に出す。
「そこの聖女。お前だけだ。」
私は三人にここで待つように伝えると、マギーの後を追ってテントに入った。
「そこに座りな」
先日賭け事をしていたテーブルを顎で指し、私に腰掛けるよう促すマギー。
奥へ入ってしばらくしてから再び現れると、その手には銀色のソーサーに乗せられた美しいティーポットとカップが置かれている。
マギーはそれをテーブルに置くと、カップにお茶を注ぎ私の前に差し出した。
「あんたらが普段飲んでるようなもんじゃないけどね。これで我慢しな」
意外だった。お茶なんて出してもらえるような感じではなかったのに。しかしそれよりも驚いたことがある。
マギーの一連の動作を見て気付いたことがあるのだ。
「あ、ありがとうございます!!マギーさんはもしかして貴族の生まれなのですか……!?とても美しい作法です」
お茶を注ぐ高さ、角度、そして姿勢。
ソーサーの持ち方から私へ出すカップの向きなど、何から何まで完璧なのだ。
マギーは少し恥ずかしそうに自身のカップにお茶を注ぐ。
「よしとくれ。そんなとこまでジロジロ見るモンじゃないよ」
恐らく意図せず出てしまったというところだろう。
貴族に生まれた女性は幼少期の頃から、こういった作法をかなり厳しく叩き込まれる。
それが意識せずとも動作に現れるまで。
一朝一夕で身につくようなものでは無いのだ。
よくよく見てみると、年齢を感じさせないほどに、立ち姿勢や歩く姿が美しい。品がある。
やはりマギーは貴族出身に違いないだろう。
「何故私達があんたの加護を必要としないのか。それを話す前に、あんたが知ってる聖女戦争を聞かせてもらおうか」
テーブルを挟んで反対側に座ったマギーは、お茶をクイッと口に運んで私の目を見る。
私は自分が聞かされた聖女戦争の経緯をマギーに伝えた。身分に関係なく誰とでも接していた事。各地を巡礼していたこと。そして……愛する者を選び、自ら命を絶ったこと。
マギーは目を閉じながら私の話に何度か頷いていた。
私の話が終わると、ゆっくり目を開いてタバコを咥えた。
「まぁ教本通りといったとこだね」
マギーは白い煙を吹き出す。
「大半の人間が知っている聖女戦争はそうだ。でも本当は違う……。黙ってたら国も教会も本当の事を言わないだろうから、あたしがあんたに教えてやる」
そう言ってマギーはタバコの灰を落とす。
「ローザは自分で命を絶ったんじゃない。殺されたんだ……。最も愛し、信頼していた人間に裏切られてね……」
当然驚いた。だが、フランディアやアルデリアの教会が何かを必死で隠そうとしているのは気付いていたのだ。
ローザが最も愛し、信頼していた人間……。
「アレン……ですか……?」
私は確かに見た。マギーのタバコを持つ手に、ギュッと力が入ったのを。
「最後の最後で命が惜しくなったんだろうね……。あんたも男の言う『命を懸ける』なんて言葉、信じるんじゃないよ。そんなヤツに限っていざとなったらケツをまっくて逃げちまう……」
そういうことだったのか。
その後、戦争の責任は全てローザに擦り付けられ、アレンは隠居し共に死んだこととされた。
ローザを信仰してた人間からしてみたらこんなに酷い話は無い。
そんな想い、二度としたくは無いだろうな……。
「そんなことがあっても、聖女の恩恵に預りたい連中共は聖女教会なんてものを作り、聖女を囲って実質自分たちだけの物だけにしちまったのさ」
国有化を防ぐのではなく、貴族の間で加護を独占する為に教会は作られた。
現状を見る限り、マギーの言っている事は事実なのだろう。
「ローザを忘れて国や教会の道具になった聖女なんざ、あたし達はもう信仰する気は無いのさ」
うつむく私に、続けて話すマギー。
「まぁあんたは他の聖女とは少し違うみたいだけどね……。それにこれはあんたがどうこうって話じゃなくて、あたし達自身の気持ちの問題でもあるのさ。」
マギーは少し遠くを見つめてまた煙を吐き出す。
「私達は……まだそのときの傷が癒えてないんだよ……。聖女様でも治せない傷がね……。どうか放っておいておくれよ……」
今までとは違い、優しく私を諭すように語るマギーは、グレイゴルと同じ悲しそうな目をしていた。
マギーの話を聞いて、やはりビッグマーケットの巡礼は諦めよう。そう思っていた……。




