第七話 謎の少年
大きな外套と大きな剣……。
それとオレンジがかった茶色い髪。
小学生くらいだろうか。
魔物の腕を一瞬で切り落としたその少年は、再び剣を正面で構える。
片腕を失った魔物は奇声を上げ悶え苦しんでいる。
「貫け……紅蓮の刃………」
これは……詠唱……?
少年は魔物のパンチを剣をで弾くと、一瞬で上空に飛び上がる……。
少年の振りかぶった大きな剣が赤く、まるで炉で熱された鉄のように輝き出す。
おとぎ話の本で読んだことがある……。
はるか昔、聖女と共に戦った王子様のお話……。
王子様の剣は魔法の光を宿し、どんな魔物も切り裂いたという……。
火炎剣!
弾丸の様に凄まじい速度で放たれた突きが、光となって魔物の胸を貫通する。貫いた光は地面を抉り、燃え上がる。
魔物は息絶えその場に倒れた……。
あんなに大きく凶暴だった魔物を一人で倒してしまった。あまりの一瞬の出来事に、私は呆気にとられ言葉を失う。
「キミすごいね!あんな魔法初めて見た………。」
その少年は私に話しかけてくる。
私が咄嗟に使った守護魔法のことだろうか?
いや、すごいのはどう考えてもこの少年だろう……。
「あ……!助けていただいてありがとうございます!」
私は少年にお礼を言った。正直もうダメかと思ったが
この子のおかげで2人共助かったのだ。
少年は先程折れて突き刺さった鉤爪を引き抜き、品定めするように見つめている。
「グレーディットの爪を折るなんて……。」
興味深そうに、少年は私と魔物の爪を交互に見比べている。
「グレー……ディット………?」
「あぁ、この魔物のことね。普段は森の奥で虫や木の実とか食べてるおとなしい奴なんだけど……」
服装といい、魔物の知識といい、たぶんこの少年は冒険者なのだろう。
そうだ、せめて名前ぐらい聞いておかないと……。
「あの……。」
「あ!そうだ!!」
こちらの質問をかき消したかと思えば、何かを思い出したかのように、腰についた鞄の中を漁り始めた。
「ねぇ、この人知らない?」
そう言って少年が取り出したのは1枚の似顔絵だった。
それに書いてある人物を私は知っている……。
「パ………!カズヒコ………さん?」
「え!!知ってるの!?この人今どこに!?」
少年はグイッと顔を近付けて、目をキラキラさせながら私の両手を握る。ち、近い……。
悪い人では無さそうだけど……。
そう思って私は旦那の居場所を教えて上げた。
「良かったぁ〜〜〜!!見つからなかったらどうしようかと思ったよ!」
この少年は旦那を探している……?
冒険者ギルドから捜索されてるって……。
一体何をやったんだ……?
一応保護されている立場だから、私の許可なく捕まえたりはできないのだけど。
「カズヒコさんに何か……?」
「そうそう!友達から手紙預かっててさ。
ハルトっていうんだけど」
え………。今……なんて………。
「ありがとう!じゃあまたね!」
こっちのことはお構いなしといった具合に、手を振りながら走り去っていった。
今……ハルトって……。
友達って…………手紙って…………。
聞きたいことがいっぱいあったのだが、
あっという間に人混みの中に消えていく……。
なんだか不思議な少年だった。
そういえば結局名前も聞けなかったな……。
後にこの少年との出会いが、私の運命を大きく左右することになるのだが……。
このときの私にはまだ知る由もなかった。
その後のことは色々大変だった。
ラモンドは私の姿を見るなり卒倒し、ギルドのお偉いさんたちは謝りに来るわで、もうてんやわんやだったのだ。
あの時、勧誘を行っていた希望の剣という討伐団は、
今回の件で解散させられてしまったらしい。
しかし彼らも、生き残っていくために行ったことだ。
責める気にはなれなかった。
旦那の方はというと、子供と一緒に暮らして居ないということがわかったので、給金は減らした。
今は大人しく教会の雑務をこなしているらしい。
神父さんに頼んで、お酒の数も大幅に減らしてもらった。身体を心配しているのもあるが、子供たちに会った時に、父親として恥ずかしく無いようにしておいて欲しい。そう思った。
私はというと、これだけ大事になった以上、しばらく家族の捜査活動は控えようと思う。旦那とのやり取りも手紙で行うようにする。これは私の意思だ。
私は織部かおりとして、自分の家族のことだけに時間を使ってきた。今回のことも、子供を守るためとはいえ一歩間違えていたらわたしは死んでいたかもしれない。
同じ親として、ラモンドやマチルダの気持ちが痛いほどわかる……。シルヴィアとして、家族の時間も大切にしなければいけないと感じた……。
次の巡礼は12歳だ。聖女は12歳を迎えると、正式に教会の管理下に入る。巡礼の場所も教会の指示に基づいて、大陸中を移動しなければならない。
つまり12歳を迎えると、二人とはしばらく会えなくなるのだ。
だからせめて12歳を迎えるまでは、できる限り一緒に過ごしてあげたいと。そう思った。
ただ、再会を諦めたわけじゃない。
むしろ逆。新たな目標ができた。
これはあとから旦那と何度か手紙のやり取りをしてわかったことなのだが、旦那は子供たちを誰かに預けたと言っていた。それは王都ではなく、別の所らしい。
私のことを助けてくれた少年が、ハルトから手紙を預かったと言っていたのだが、どうやらそれは子供たちの居場所が記載されたものだったのだ。
子供たちは王都からずっと北、エストレーン領にある小さな村で生活しているということだった。
ところどころ文章もおかしく、解読できない言葉もあったありするが、旦那は旦那なりに頑張ってはいるみたいだ。
なぜ旦那が子供たちを預けたのか、なぜそんな遠くまで行く必要があったのかはわからない。
ただ、子供達の居場所がわかっただけでもかなりの進歩だ。
それもあって、少し精神的にゆとりが出来た。
次の巡礼は7年後……。
ハルトは18歳、サキは15歳になっている。
私のことなど、もはや覚えていないだろう……。
ただ、それでも私は会いたい。
たとえ許してもらえなかったとしても、
私にできることはなんでもやるつもりだ。
こんな異世界のどこかに置いて来てしまった子供達を、私は必ず見つけ出してみせる。