第六十八話 信仰するもの
無い。
全く。
駄目だぁぁぁぁ~!!なんにも思いつかない!!
明日にはレパルについてしまうというのに。
どぉぉしよぉぉぉぉーーー!!
一番の問題は当然ビッグマーケットだろう。
あの足場のないような通路を練り歩く方法があるのか?
イレジアで行った荷車作戦もかなり画期的ではあるのだが、マーケットの中を移動することはできない。
勝手にマーケットの中央に立ってヒーリングをかけてみようか?
いや、それはもはや加護の押し売りだろう。
巡礼はそういうものではない気がする。
あくまでも望む人間に与えるものでなければならない。
何か良い方法は無いだろうか……。
「お困りですかな?」
耳の後ろで聞こえたその声に驚き飛び跳ねる。
声の正体はグレイゴルだった。
いつの間に背後にいたのだろうか。全く気付かなかった……。
「いらしてたのですね」
グレイゴルは襲撃のあった村の調査を終え、レパルに向かう途中とのことだった。
「またまたご活約だったそうですな?うちの若いものが自慢げに話しておりましたぞ」
あ……。法印のことだろうか……。
怒られるかも……。
「申し訳ありません。過ぎた真似をしてしまって……」
グレイゴルはポカンとしている。
「何を謝る必要がございましょうか?皆喜んでおりましたぞ」
なんだ……。怒られるかと思ったよ。
「何かお悩みの様子でしたが、この老兵にできることがございますかな?」
グレイゴルに相談してみようか?
しかしあまり彼に頼りすぎるのも私のためにはならないんだよな。
何かヒントだけでも得られれば良いのだけれど。
「実は、レパルでの巡礼をどうするか悩んでいます……」
グレイゴルはヒゲを撫でながらふむふむと頷いている。
「『加護を与えない』というのは?」
ヒントどころか根本的に駄目でしょ。論外です。
「それはあり得ません」
グレイゴルはまたふむふむと頷いた。
「そもそもビッグマーケットの連中は加護を望んでおるのでしょうか?」
何を言っているんだ……?
望んでいるのかって……。
そりゃぁ……そうじゃないの……?
グレイゴルに言われてハッとなった。
「少し昔話を良いですかな?」
グレイゴルはすでに答えを知っているような感じなのだ。私は黙って頷いた。
「私がアルデリアへ来たばかりのころは、あそこはまだ広場でした……」
グレイゴルは聖女戦争終結後、難民としてこのアルデリアに流れていった。グレイゴルの他にもフランディアの再編成に伴い、軍隊や貴族など行き場を無くした多くの人間が難民として各地に散らばっていったらしい。
そんな難民達が、己の財産であった衣類や貴金属等を広場で売り始めたのが、ビッグマーケットの始まりだということだ。
主に難民となった者の多くは、聖女側についていた人間なのだと。
その話を聞くと、もともと聖女側についていた者が多いビッグマーケットの人間は、加護を待ち望んでいるのではないのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
彼ら、及び彼らの子や孫に至るまで、ローザ以外を聖女と認めていないようだ。
回復魔法を使えるから、巡礼を行うから聖女なのではない。
身分を越え、弱きを助け、皆と同じように恋をする……。
そんな神々しくもあり、人間らしくもある彼女の姿に皆惹かれていったのだ。
なので、グレイゴルが聞いた話によると寄付金もほとんど集まらないらしい。
メアリーもレパルに至っては全く興味が無いということだった。
そもそも彼らは聖女の加護など必要としていない。
広場や道がどうこうといった話では無くなった。
ビッグマーケットの巡礼は一旦保留にしよう。
望まれれば当然加護を与えるつもりなのだが、彼らの心の中に信仰するものがあるのならそれでいいじゃないか。
いつの間にか加護を与えることだけが目的になっていたことに気付いた。
レパルに到着すると、私は教会へ顔を出した。
神官さんはキツネに抓まれたような顔をして驚いている。
無理もない。だって私はローディセンに行くと言ってこの街を出たのだから。
何で戻ってきたの!?という話だ。
混乱を避けるため神官さんには事の経緯を正直に話した。
ようやく状況を理解した神官さんは、
「心中お察しいたします」
と一言頷いてくれた。
イレジアの街門はまだ開いていない。
このままメアリーから逃げ切りラキアまで向かいたいものだ。
メアリーはアルデリアの貴族は自分以外の加護を受けないと言っていたが……。
一応挨拶だけしとくか。
私達レパルの最奥にある大きな屋敷を訪れた。
結果、メアリーを信仰しているので加護は必要無いと丁寧にお断りされた。門前払いだ。
まぁそこに関しては予想通りなので全く問題ない。
レパルの作りとして、中央の大通りを挟むように街の南側半分がビッグマーケットで占められている。
それ以外の居住区は屋敷の東西にあるのみで、下手したら二日で巡礼が終わってしまう。
本当にこれで良いのだろうか……?
この胸に残るモヤっとした気持ちはなんだろう。
グレイゴルのいうことは本当だと思う。
別に彼らは聖女の加護など期待していない。
もとい、昨今では加護は上流階級の特権になっているため尚更だ。
だが、必要とされている訳ではないけど、いらないとハッキリ言われた訳でもない。
もっと彼らと話してみても良いのではないか?
決めるのはそれからでも遅くないはずだ……。
「皆さん、少し付き合って頂きたいのですが……」
教会から宿に向かう途中、私はふと思い立って三人を誘った。
「なんだよ、どっか寄るのか?」
「はい。人探しをしたくて」
三人は首をかしげた。
夕暮れ前のビッグマーケットは買い物客で溢れかえっていた。
本当にいつ来てもここは賑やかだ。
ほどなくして目的の人物を見つけることができた。
以前と同じ場所、同じ手法で商売をしている。
店の前にできた人混み越しにその男と目が合う。
男はげっ!!とでも言いたそうな顔で目をそらす。
「相変わらずご盛況のようですね」
私が声をかけると、男はそそくさと商品を片付け出した。
「こ、これはこれは聖女様、今日はどういったご要件で?」
この男はこの前、冷蔵庫用の魔法石を買いに来たとき出会った男だ。
通常の魔法石をドラゴンの魔力を帯びた魔法石として販売している店なのだ。
「今日は少しお話がしたくて」
「話……ですか……?」
「はい。もちろんタダでとは言いません」
男はしばらく考えたあとで、溜め息をついて答えた。
「わかりました。今日はもう店じまいなので私の家へご案内します」
そう言って男は私達を案内してビッグマーケットの中を掻き分けるように進んでいく。
男に連れられて辿り着いたのは、テントが幾つも並んだ『ねぐら』と呼ばれる場所だった。
いわばビッグマーケットで暮らすの人間の居住スペースのようなものだ。
これでもかというほどテント同士を密着させて、まるで一つの大きなテントを作り出している。
その中の一角にある小さな入口の前で、男は足を止めた。
「ここが我が家です。どうぞ中へ」
男は首をくいっと倒して中に入るように促す。
小さな入口とは対照的に、中は野営テントぐらいの大きさがある。
中へ入った途端、小さな男の子と女の子が男のもとへ駆け寄ってきた。
「お父ちゃんおかえり!!」
「この人達だぁれ?」
どうやらこの男の子供らしい。奥には高さの低いベッドが置いてあり、一人の女性が横になっている。
「私の妻と子供です」
奥さんは具合が悪そうに体を起こすと、軽く会釈をするように挨拶をした。
「ゴホッ!ゴホッ!……はじめまして……お構いできず申し訳ありません」




