第六十七話 法印
どこかから食べ物を調達できないだろうか。
グレイゴル達は隣の村の損害調査と生存確認があるので、すぐにはこちらに来れない筈だ。
グレイゴル達が来る前に子供達が餓死してしまう。
とりあえず馬車に乗せてある帰りの食料を使って、子供達と乳母だけでも何か食べさせないと……!!
子供だけでも数十人……。とてもじゃないが全然足りない。
イレジアへの入口だってわからないし、どうしたら……。
こうなったら食べれそうな魔物を捕まえに行くしかない!!
私達は村長さんにそういう魔物がいないか尋ねる。
「食べられる魔物……ですか……?プインなんかでしたら村の外れに見かけますが……」
前に食べたことのある。プイン程度なら私たちでも捕まえられそうだ。
私達三人は村の外れまで出向き、魔力探知をかけながらプインを探す。が、しかしなかなか反応が無い。
マズイな……。
一刻も早く食べ物が必要なのに、全然魔物の気配がない。もしかしたらあの強力な魔物が出現したせいで、この辺の魔物たちは住処を追われたのかもしれない。
辺りはもう真っ暗で、これ以上茂みの奥へ入って捜索するのは危険だ。悔しいが一度引き上げよう。
「申し訳ありません……。収穫はありませんでした」
村の人達はガックリと肩を落としてうなだれた。
明日また捜索範囲を広げてみよう……。
村の宿は避難している子供や老人でいっぱいなため、私達は村の中でテントを張ることになった。
自分の家を使ってくれと村人からの申し出もあったのだが、お腹を空かせている人間から寝床まで奪うようなことはできない。
この中で一番元気なのは私なのだ。
何としても明日は食料を手に入れよう。
そう思ってテントに入ったとき、外から何やら叫び声が聞こえる。急いで外へ出てみると、そこには大きな荷物を積んだ馬車が三台も停まっているではないか。
馬車に描かれているのはアルデリア共和国の紋章だった。ということはアルデリア軍の馬車だ!!
「お待たせしました!!シルヴィア様!!」
遠くから私の名前を呼んだ一人の兵士は、どうやらグレイゴルの部下のようだ。
「食料と薬、お持ちしました!!毛布もありますよ!!」
なんというタイミングだろうか。
きっとグレイゴルは調査とは別に部隊を組んでこの炊き出しを向かわせたのだ。私が加護を与えるタイミングに合わせてくれたのだろう。昨日の件といい、頭が上がらないほどの手際の良さだ。
「お疲れのところ申し訳ありません。今からでも炊き出しを行っていただけないでしょうか!?私も手伝いますので!」
「ええ!お任せください!!」
青年の兵士は胸を叩いて快く引き受けてくれた。
時間はもう真夜中だが、炊き出しの前には多くの人が列を作っている。当たり前だ。
もう何日も何も食べていないと言っていのだ。
どれだけ傷や病を治しても、人間は空腹には勝てない。食べなければ生きていけないから。
ましてや信仰などというものは、自分が満たされていないと生まれてくるものではない。
まずはお腹を満たすこと。全てはそれからだ。
何をどうやったかあまり覚えていないのだが、とにかく慌ただしく働いた。
グレイゴルの言っていた償いという言葉……。
私も少しだけわかる気がするのだ……。
それをしている間だけは、忘れるれることができるから……。
翌日、村からはすっかり焦燥感が消え、子供達も元気に走り回っていた。
救援物資は引き続き送られてくるようなので、私達は再度一人一人に加護を与え、レパルへと向かうことにしたのだ。
加護を待つ行列の最後尾にいたのは、昨晩私の名前を呼んだ青年の兵士だった。その青年は胸元からペンダントを取り出すと、それを私に見せた。
ペンダントに描かれていた少女の絵を見て私はハッとなる。
そこに描かれていたのは五歳の頃の私だったのだ。
おそらくこのペンダントは、私の初めての巡礼にあやかって作られたお土産だろう。
平民外の露店で売っているのを見かけた記憶がある。
持っている人間には初めて会ったのだが……。
「初めてこの絵を見てから、ずっとお会いしたいと思っておりました!!」
え!そうなの!?なんだかすごく恥ずかしいのだけれど……。
「そ、そうですか。あなたに聖女の加護を……」
私はその青年の手を取りヒーリングをかける。
「おおおおおおお!!これが夢にまで見たシルヴィア様の加護……!!ありがたやぁぁぁぁぁ!!」
そんな大げさな……。
こっちが少し引いてしまうくらい喜んでくれている。
「ありがとうございます!!この手は二度と洗いませんっ!!」
いや洗ってくれ!汚いから!
お願いだから手を洗わないまま炊き出しなんてしないでくれよ……。
青年はもじもじしながら何かを言いたそうにしている。
「どうかなさいましたか……?」
私の問いかけに顔を赤くしながら、意を決したように言った。
「シルヴィア様……あのっ……その……法印をいただけないでしょうか!!」
なんだ。
何を言い出すかと思えばそんなことか。
別にそんなことはお安い御用だ。
法印とは聖女や神官が持つ印鑑、いわばサインのようなものだ。
しかし、実際の印鑑ではなく、魔力で刻む印鑑なのだ。
実はこれブーストの際に発生する魔法陣と同じ模様だったりする。本人の魔力の影響を受け自然と浮かび上がるもので、世に二つとして同じ模様は存在しない。
聖女に限らず、ギルドや貴族なども使用している一般的な本人証明の手段なのである。
「構いませんよ。どちらに法印を……?」
「は、はい!ここにお願いします!」
青年は自分の剣を差し出して、鞘の上の方を指差す。
いやいやいや!!
そこは駄目だろう!!そこは騎士が家紋を入れる場所だ!!
そんなところに私の印が刻まれてたら、メアリーに正面から喧嘩を売っているのと同じだ。
見つかったらなんと言われるかわかったもんじゃない。
「そこはちょっと……。他でお願いします」
青年は少し残念そうにしながら、他の場所を探している。
「そうですか……ではここで!」
青年が次に指さしたのは手袋の甲の部分だった。
まぁそこであれば普段鎧に隠れる部分なので問題は無いだろう。私は青年の手袋に印を刻みつけた。
目をウルウルさせながら自分の手を抱きしめる青年。
「ありがとうございますっ!!これも絶対洗いませんから」
いやだから洗ってくれ!!汚いって!!
そんなに嬉しいものなのか……?
アイドルのサインのようなものなのかな?
私はそういうのあまり興味がなかったからなぁ……。
まぁ喜んでくれたのは何よりだろう。
その青年に印を刻んだ直後、どこで見ていたのか青年を取り囲むように兵士達がゾロゾロと集まってきた。
「ズルいぞ貴様だけ!!シルヴィア様!!俺もお願いっ!!」
「俺も!!」
村いる兵士がこぞって法印を求めてくる。
別に印を刻むのは別に大したことではないのだけれども……。
君達はそれでいいのかい?
アルデリアへの忠誠はどこへ行ったんだ……。
半ば呆れながら全ての兵士に法印を刻む。
私達は村人と兵士に手を振られながら村を後にする。
私達の姿が見えなくなるまでずっと、彼らは手を振ってくれていたのだ。
「すごい人気ですね聖女様」
レナはなんだか嬉しそうにそう言った。
実際、ほとんどグレイゴルをはじめアルデリア軍のおかげなわけだが……。
でも三人ともきっと兵士達と一緒に村のために働いたことは誇りに思っているだろう。
この三人が将来アルデリアの人々から必要とされるようになると、私は信じている。
私達はレパル目指して馬車を進めた。
レパルでの巡礼をどうするのか。
これにはとっておきの秘策が……。




