第六十六話 守りたかったもの
「良いですかシモン。この調理は火加減が命です。しかし、たとえリムとポムが泣いたとしても蓋を開けてはいけません。シモンなら蓋を開けなくても中の様子がわかりますね?」
シモンは頷いた。
別に中の様子を見なくても火加減の調整でお米は炊けるのだが、それでは彼の訓練にならない。
あえてその方法は教えずに、中の状態の目安だけを伝えた。
彼は賢いので、それを伝えれば自分で考えながらやってくれる。私はたまに見るだけで良い。
私はレナから取り上げたナイフで肉を切り分けていく。新鮮な生肉なので少し大きめくらいで大丈夫だろ
う。
まずは油に一部のスパイスを加えて香りを引き立たせる。
う~~んいい香り!スタートは良い感じだぞ。
そこへ玉ねぎの代わりになる野菜を投入。
こっちの玉ねぎは色も形も全然違う。通りで見つけられないわけだ。
これをしっかり色がつくまで炒めてから残りのスパイスと塩を加える。これでカレーのベースは完成だ。
少し味見を……。
おぉ!!しっかりカレーだ!!
私ってば天才かもしれない……。
切ったお肉を加え炒め、そこへ水とミルクを投入っと。
なんだか随分立派なお肉だったが何の肉だろうか?
ナイフも恐ろしくよく切れるし。
きっとこういう炊き出しは慣れているのだろうな。
さすが年齢を重ねているだけあって色々知ってるし何でもできる。兵士達に信頼されているのも納得だ。
だからこそ勝手に私の配下になっちゃって良いのか?
浮いてくるアクを救いながら煮込んでいく。
これで少し水気が少なくなればカレーの完成だ。
向こうの方からカンカンと練習用の木剣の音が響いてくる。
アッシュもしっかり訓練しているようだ。
やはりアッシュの場合は剣士なので、私よりも実際に剣を振る人間のが教えた方が良い。
私だと、魔力コントロールの先を教えることができないのだ。身体に魔力を反映させることが出来るようになったアッシュには、グレイゴルのようなしっかりとした剣の指導者が必要だ。
グレイゴルはレクスにも引けを取らないほどの身のこなしだった。
もし年齢が若かったら、どちらが強いかわからないとまで思う。
年齢でいえば八十手前ぐらいだろうか。
私にローザの面影をみたと言うくらいなので、実際にローザをその目で見たことがあるのだろう。
どんな聖女だったのだろうか……。
自分の想いを貫いた結果、それが悲惨な結末になってしまう……。
そう思って考えるのを辞めてしまった。
今は……。自分が貴族であることは忘れていたい……。
鍋から漂ってくるなんともいい匂いに勝利を確信する。絶対に不味いわけがない。
ご飯の方も無事に炊けているようだ。
少しお焦げが多いけど、これがまた香りにアクセントを添えている。さすがシモン。
そこへ稽古を終えたグレイゴルとアッシュが戻ってきた。ちょうど完成したところだ。
みんなで晩ごはんを食べよう!!
結構な量ができたのでおかわりしてくれないと大量に余るぞ……。
今になってとても不安になってきた……。
では……いただきます!!
意を決して匙を口に運ぶ。
!!
思わず隣のレナと目が合い笑みが溢れてしまう。
それほどまでに美味しい。
「うんめぇぇぇーーー!!」
アッシュは興奮しながら口に入り切らないほどにカレーを描き込んでいる。
「これはなんと美味な……!!シチューとはまた違う……具材の旨味もさることながら、なんともいえぬこの香り!!シルヴィア様は料理まで一流であられるとは……」
でしょぉぉぉぉ!?
カレー考えた人すごい。うん。
作りすぎたとばかり心配していたのだが、全然そのようなことはなく、むしろ足りないくらい大盛況だった。
カレースパイスのレシピはこれで大成功だろう。
またレパルの巡礼の際に大量に仕入れてブレンドしておこう。
うまくやれば商売だってできるのではないか!?
アッシュ達三人はもう寝てしまった。
私は改めてグレイゴルにお礼が言いたくて、焚き火の前で座るグレイゴルの側に腰掛ける。
「おや、寝心地が悪うございましたか?」
「いえ、そんなことはありません。ただ、一言お礼が言いたくて」
照れたように笑うグレイゴル。
「いやはや、大したことは出来ませんで……」
グレイゴルは焚き火に薪をくべている。
オレンジ色の灯りがグレイゴルの白い髪と髭を照らす。
「そんな……。まさかベッドまで用意していただけるとは想いませんでした。感謝いたします」
私は一つ疑問に思っていたことがあったので、それをグレイゴルに尋ねてみることにした。
「グレイゴルさんはなぜに騎士に?」
聖女に仕えたいのであれば教会で良い筈だ。
まぁグレイゴルが若い頃にはまだ聖女教会という組織は無かったのかも知れないが。
「実を言いますと私は貴族の生まれでもなければ、アルデリアの出身でもありません」
グレイゴルは優しく微笑んだまま、じっと炎を見つめながら教えてくれた。
「私が生まれたのは旧アーメルデン王国の西側にあるミュストという街でした。シルヴィア様もご存知でしょう?」
「フランディアの出身だったのですか!?」
驚く私をみて楽しそうに笑うグレイゴル。
その顔はまるで子供のように純粋だった。
「ええ。今はエストレーンと呼ばれていますが。私はそこで当時騎士団の部隊長だったデナーレイン卿に見習いとして仕えておりました」
私はそこでミュストで加護を与えたデナーレイン卿のことを思い出した。デナーレイン卿といえば聖女戦争を前線で戦い抜いた戦士だ。
グレイゴルの強さはデナーレイン卿の影響があるのかもしれない。
「ローザ様と初めて出会ったのは、私がまだ九つの時です。ローザ様は身分によって人間を選ぶようなことはせず、私のような者であっても別け隔てなく接してくれたのです……。あの時の眩しい御姿が未だに忘れられんのです。」
グレイゴルの顔はなんだか少し寂しそうだった。
「私もデナーレイン卿も、ローザ様を命を懸けてお守りすると誓いました。しかし……それは叶わなかった」
放り込んだ薪がパチッ!と音を立てた。
「なぜ騎士にと聞かれましたな……?」
「ええ」
グレイゴルは遠くを見つめて答えた。
「『償い』なのです」
「償い……ですか?何かそのようなことを……?」
返事は無かった。
しかし、なんだかとても寂しそうなグレイゴルを観ていると、これ以上深堀りしないほうが良さそうだ。
「あの戦争は……皆が言っているものとは違います」
そう最後に呟いた。
ミュストでも去り際、メイドのお婆さんに似たようなことを言われたのを思い出した。
私達が知っている聖女戦争は、何か重要なことを隠している……。
誰が何のためにそうしたのかはわからない。
しかし私はいつかその真実に触れてしまうような……。なぜだかそんな気がしていたのだった。
翌朝、グレイゴル達は先日魔物の襲撃があった村に、私達はその先の村へとそれぞれ出発した。
グレイゴルのおかげでぐっすり寝ることができたので、村へ向かう足取りも非常に軽い。
まぁ馬車なんだけどね。
ちょうど日が沈む前に、目的地である村へ到着すると、その状況に目を疑った。
至るところに怪我人が横たわっており、手当てもろくにされていない状況だ。
村長さんに話を聞くともう何日も何も食べていないらしい。小さな子供だって大勢いるのだ。
翌日からなどと悠長なことは言っていられない。
怪我人の手当が最優先だ。
私は村の中央に立ってヒーリングをかける。
緑色の光が村全体を包み込み、傷を治していく。
村の人間は何が起こったのか分からず困惑していたが、怪我人が回復している様子を見て私が聖女だとわかったようだ。
本来はコミュニケーションも兼ねて一人ずつ加護を与えるのだが、今はこの状況なので仕方がないだろう。
ただ、怪我は治っても食料の問題はどう解決しようか……。




