第六十五話 野宿
私達はイレジアから一番近い村へと馬車を進めていた。
相変わらず馬車の中や休憩中のときは各自のトレーニングの時間に使っている。
アッシュはとりあえず前の村にあった鉄の剣を使ってもらっているのだが、前の剣よりだいぶ小ぶりだ。
重さが違うと重心が変わってくるらしく、アッシュは慣れるのに苦戦しているようだった。
レナはリムとポムを膝の上に乗せながら瞑想をしている。そこで不思議な現象を目にしたのだ。
レナは風魔法の練習のため、暴風、切断、爆発の三種のイメージを魔力コントロールによって練り上げている。
その中で、たまにレナの魔力に呼応するかのようにリムとポムが魔力を放出することがあるのだ。
簡単に言うと、レナが魔法を使うタイミングに合わせて、リムとポムも魔法を使おうとしているかのように思えるのだ。
もともとガイオンは風魔法を使用するような魔物ではない。
おそらく後天的に身に付いたものだろう。
大きくなったらレナと一緒に魔法を使ったりして……。
なんて考え過ぎだな。
シモンは相変わらず本に夢中なのだが、前と少し違うところがある……。
「聖女様。前から商人の馬車がきます!」
その数分後、前からガタゴトと車輪の音が聞こえ、シモンの言った通り商人の馬車とすれ違う。
私は商人と護衛に加護を与えるとシモンに尋ねた。
「シモン、なぜ商人とわかったのですか?」
シモンは嬉しそうに答える。
「はい、大型の馬車に一名しか乗っていなかったので、輸送用の馬車だと推測しました。それに馬車外にいたのは二名だけなので、商人の馬車の可能性が高いかと」
シモンは別に未来を予知した訳では無い。
魔力コントロールを練習するうちに、無意識的に魔力探知に近い能力が身に付いたのだ。
ただ、私の魔力探知とは少し異なり、シモンの魔力探知は捜索域を広げたりすることはできない。
その代わり、捜索域内に存在する物の輪郭や音などがわかるらしい。
つまりシモンは目を閉じていても普通に歩くことができるわけだ。
レパルでそのことに気付いた私は、シモンに集中的に訓練するように言っている。
こうやって前方から来るものを当てるトレーニングをしているというわけだ。
「素晴らしいですよシモン!その調子で訓練をお願いします」
彼はものすごく真面目でそして何より賢い。
こちらが言おうとしていることを良く理解してくれるので吸収も早いのだ。
少し夢中になりすぎる時や臆病なところはあるが、始めに比べてかなり頼もしくなってくれている。
「聖女様なんだか楽しそうですね!何か良いことでもあったのですか?」
そうレナに言われて自分がニヤニヤしていることを理解した。
「ええ。皆がどんどん上達していくので、嬉しくて」
レナはそれを聞いて照れ笑いを浮かべると、また瞑想に戻る。
まぁそれももちろんそうなのだが……。
私はリコラを取り出して握りしめる。
どうしても昨晩のことを思い出してふと手を口元にやってしまう。
まだレクスの唇の感触が残っているような気がして……。
会いたいな……。レクス……。
私は完全に心を奪われてしまった……。
旦那のことも当然考えた。
だが、私は織部かおりではなくシルヴィア=イスタリスなのだ。
これはシルヴィアの気持ち。偽ってはいけない。
都合が良いことを言っているのはわかる。
しかし、いつまでもシルヴィアを織部かおりの人生に付き合わせる訳にもいかない。
シルヴィアの人生はシルヴィアのものなのだから。
今日は始めから野宿する予定だったので、しっかり準備をしている。ミルクが切れる心配もない。
料理は全員で作ることも決めていた。
そうなってくるとまた野宿も変わってくるものだ。
日が落ちてきて、街道沿いの広場を見つけたのだが、
すでにそこには大勢の人間が火を炊いている。
良くみるとアルデリアの兵士達だ……。
広場の前にはグレイゴルが立っており、こちらに手を振っていたのだ。
「おぉ!お待ちしておりましたぞ!!」
え……!?待ってた?どういうこと?
「ここで夜を明かすということは予想しておりましたので」
グレイゴルは胸を叩いて言って見せた。
まぁ方向は同じなので必然的にそうなるのか。
「ささっ!!用意はできておりますぞ!!こちらへ!!」
グレイゴルの言われたまま大型の野営テントの中に入ると、そこには簡易的なベッドが二つ並んでいるではないか!
これには流石に喜びを隠せない。野宿の最大の問題である寝床の硬さを解消してくれるとは……!!
しかもテントが大きいから中で身体も拭ける!!
「本当に私達だけで使って良いのですか……!?」
グレイゴルは満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。
「もちろんですとも!!当然見張りも我々が引き受けますぞ」
至れり尽くせりじゃないかっ……!!
正直また寝心地の悪さと周囲の警戒で、寝れなかったらどうしようと不安になっていたのだ。
何を企んでいるのかわからないから少し怖いけれども、これは普通に嬉しいな。
「ありがとうございますグレイゴルさん。お言葉に甘えて使わせていただきます。それで、何かお礼をしたいのですが……」
「いえいえ!!あなた様に喜んでいただけることこそが私の幸せにございます!!」
グレイゴルはそう言っているけれど、流石にここまでしてもらっては、何もしないというわけにはいかないだろう。
「皆様の食材があれば、私達で夕食を作ってご馳走したいのですが……」
「え、ええそれは構いませんシルヴィア様にそのようなことを……」
まぁいいからいいから。
私は今とっても機嫌が良いのだから。
実はこの前ビッグマーケットでスパイスを大量に仕入れておいたのだ。
ここに来る前に厳選に厳選を重ね調合しておいたそれを、試してみたくて仕方がなかったりする。
グレイゴルと兵士の皆さんには悪いけど、実験台になってもらおうと思っている。
私が今日作ろうと決めていたのはそう
『カレー』だ。
やはりキャンプといえばカレーだろう。
というのも、今後野宿をするにあたってカレーが作れるとかなり便利なのだ。
基本的に常備する食材は日持ちが効くものが多い。
そうなると硬い根菜類や干し肉がメインになってくる。そんな食材達でも放り込んで煮込めるカレーはまさに野宿の救世主なのだ。
ただ、当然こちらの世界にはカレー粉などない。
過去に一度スパイスから作ったカレーを思い出して、
似たようなスパイスを厳選してブレンドしたのが、この聖女特性のカレー粉なのだ。
まぁ自信は正直あまり無いです。
始めて使うものばかりだし、一応口には入れたけど以前のハンバーグのような想定外の化学反応が起きるかもしれない……。
レナとシモンにも手伝ってもらって調理を開始する。
「よし小僧、夕食までワシがお前の剣を見てやろう」
そう言ってアッシュとグレイゴルは少し離れた場所で剣の稽古を始めた。
材料を切って煮込むだけとは言っても、全員で三十人以上いるのだ。手際よくやらないと深夜になってしまう。
ナイフを使い四苦八苦しているレナ。
私はレナからナイフを取り上げて、手のひらの上にポンとそのままの野菜を乗せる。
「今のレナならこちらの方が速いですよ。これも訓練です!」
私はレナに手で切るイメージを伝える。
私の言っていることを理解したレナは、手に乗った野菜に意識を集中させる。
その瞬間、手に持った野菜が一瞬でバラバラになった。
これは風魔法の『切断』をイメージした方法だ。
刃の入り方がまばらだが、初めてにしては充分すぎる。
それに煮込んでしまうので問題ない。
その調子でどんどん切ってくれ。
シモンにはご飯を炊いてもらう。
もちろん彼にとってもこれは訓練になるのだ。




