第六十四話 星が輝く夜
なんとか断るいい理由は無いだろうか……。
私だってずっとアルデリアにいる訳では無いし、そもそも騎士団長だった人間を部下にするなんてできっこない。しかもかなり年上だし。
「あのぅ……お気持ちはありがたいのですが……」
「あなた様に仕えられるのであれば、我々はどんな命令でも引き受けましょうぞ」
いやいや!そういうのが困るんだって!!
私の命令で何でもするなんて共和国に知れたらメアリー以外の敵も増える。
お気持ちだけで充分です。ホントに。
「申し訳ありませんが……。ご期待には応えられません」
一瞬の沈黙が流れる。
「仕方ありませんな。そうであるならばこの老兵、もはや剣を振る先が御座いませぬ。所詮死に場所を探しておった身、いっそここで腹を切りましょう」
そう言って剣を抜き放つグレイゴル。
「ええええええ!!ままま待ってくださいグレイゴルさん!!」
その言葉を聞いてグレイゴルはチラっとこちらを見る。
この爺さん……。さては演技だな……?
どういう腹積もりか知らないけど、あなたはあなたの守るべきものがあるはずだ。
「グレイゴルさん、どんな命令でも聞いていただけるんですね?」
「男に二言は御座いませぬぞ」
「わかりました。では諦めてください。私に忠誠を誓うことを」
どうだ。これで諦めざるを得ないだろう?
ふふーーん。私だって賢くなっているのだよ。
「むむ。やむを得ませんな……。諦めるとしましょう」
やったーー!!
「では私達はこれで……」
「かしこまりました我が主」
ん……?
聞き間違いじゃないよな……?
「あの……先程忠誠を誓うのは諦めるとおっしゃいましたよね?」
「ええ、確かに。しかしその前に『あなた様に仕えられるのであれば』とハッキリ申しておりますぞ?」
ええっ!?いや……!確かに言ってたけどそんなっ!
「命を下したということは、それはもちろん配下として認めたということだと。私はそう理解しておりますが?」
ぐぬぬぬ……!!この爺さん……!!
グレイゴルは私の顔を見て一瞬ニヤリと笑みを浮かべた。
「はぁ……。わかりました……」
負けた……。
全く……。何が賢くなっただよ……。
ほんとチョロいんだから……。
みんなも、良いの!?って顔をしているけど、仕方ないでしょ?この人何言っても聞かなそうだし……。
「ただ、表立って私の配下と名乗るのは禁じます。それと……」
グレイゴルには配下にするにあたっていくつか条件を出した。
まず一つ、先程も言ったように表立って私の部下であるなどとアルデリア国内で言ってもらっては困るのだ。
騎士団長というのは国の中でかなり上の立場になる。
大臣と同等の扱いであることに加え、アルデリア全騎士の指揮官なのだ。
ある日突然その指揮官が隣国に寝返ったなんてことになってみろ。もはやそれは国家レベルの大問題だ。
下手したら争いが起こる。
口が裂けても言ってはならない。
それともう一つ。同行はしない。
基本的に聖女は軍を率いてはならない。今後彼らがどうするかはわからないのだが、たとえそれぞれが騎士という立場を捨てたとしても、周りの人間は良くは思わないだろう。元騎士と言っても騎士は騎士なのだ。軍を率いていることと変わりないと見なされるに違いない。
この二つをしっかり守ってもらうことが条件だ。
それでも良いということだったので、しぶしぶ配下に加えることになった。
何が目的なのか分からないのがまた怖い。
これもメアリーの策略ではないのか?などと疑心暗鬼になってしまう。
「グレイゴルさんはこれからどちらへ?」
「はい。我々は襲撃のあった村の調査と、避難した村民への炊き出しですな」
お!良いじゃないか!
アルデリア軍はここの上層部とは違ってまともなんだな……。
ということは目的地は一緒か。
ああは言ったが、メアリーのことを考えると側にいてもらえるのは心得強かったりする。
でも炊き出しと言っても食材などはどこで調達するんだ……?
私はグレイゴルに尋ねた。
「おお、食材ですか。それでしたらイレジアから用意しますな」
「イレジア……ですか?街門は閉じているはずでは……」
グレイゴルはまたニヤリと笑って答えた。
「実は、イレジアには地下を通って外へと出られる通路がありましてな。これは貴族や王族しか知りません」
そうなのか!じゃあ支援物資の件はグレイゴルにお任せして大丈夫だろう。
私は怪我人の面倒をみることにしよう。
そうやって、なんだかんだグレイゴルと打ち合わせをしているうちに、もうお昼を過ぎてしまった。
このまま加護を与えるとまた深夜コースだな……。
久しぶりの賑やかさだ。村はお祭り騒ぎになっていた。グレイゴルは村のみんなとジョッキを持って大騒ぎしている。
アルデリア版ロブロットだな……。うん。
アッシュは相変わらず食べ物に夢中だし、レナは村の女の子達に魔力コントロールを教えている。シモンはおそらく宿で本を読んでいるだろう。
レクスはずっと私の側に立って見守ってくれていた。
やはりジルエールは人気者だ。あっという間に子供達に囲まれる。
最後、村長さんに加護を与えて、この村全ての人に加護を与えたことになる。
あぁ……疲れた……。
時刻はもうすっかり深夜だ。早く寝ないと明日に響く。
「お疲れ様シルヴィア」
みんなはとっくに寝てしまった様だ。
シーンと静まり返った村の広場にレクスの声が響く。
「レクスは明日レパルに戻るのですか?」
私はレクスに尋ねる。
「ああ。今回のことも報告しないといけないからね」
そうか。またしばらく会えないのか。
今回は本当に助けに入るタイミングが良かったから生きているものの、少し遅かったらそうなっていたか分からない。
いつだったかソフィアがハルトを心配していたように、このままレクスがいなくなってしまうのではないかと不安になる。
命を懸ける仕事をしている人間に対して、次というものを期待してはいけない。
その次というものは、もしかしたら永遠に来ないかも知れないだから。
「レクス、これをお返しします」
私はこの前渡しそびれた外套をレクスに手渡した。
レクスはニッコリ笑いながら礼を言うと、外套を身につける。
うん。やはりレクスはこうでないと。
「シルヴィアの香りがする」
レクスがそんなことを言うもんだから恥ずかしくなってしまった。
「申し訳ありません!!く、臭かったでしょうか!?」
「そんなこと無いさ。とてもいい匂いだ。これで君を近くに感じられる」
私は少し勇気を出してみることにした。
「す、少し……寒くなってきましたね」
「そうだね……。アルデリアはこれから寒期に入る。北部では雪が降るかもしれない」
そういう……ことでは……ないのです。
別にそんなに寒く無いです。何なら少し暑いくらいです。
顔が。
私なりに誘ったつもりだったのだが……。
伝わらなかったようだ。
昔からこういうのは苦手なんだよな……。
「風をひくといけないから今日はもう休もうか」
そうだね……。
回復したと言ってもレクスはかなりの怪我だったのだ。彼だって休息は必要だろう。
私も宿に戻るとしよう。
ふと見上げた夜空には、満天の星が輝いていた。
向こうの世界にいたときには考えられないほど、美しい星空が広がっている。
「わぁ……」
思わず声が出てしまった。
ちゃんと星空を見上げるのはいつぶりだろうか……。
いつも下ばかり向いていた気がするな……。
その時、バサッという音とともに背後にぬくもりを感じる。
レクスは私ごと外套で包み込んだのだ。
「ありがとう。シルヴィアに出会って、僕は本当に守りたいものがわかった気がするんだ」
外套の中でレクスの手をギュッと握る。
さっきまで星空を見ていた私の視線は、すでにレクスに奪われていた。
「愛している……シルヴィア」
「私もですレクス……」
こぼれ落ちそうな星々に見守られながら、少しずつ顔を近付けていく二人。
そしてしばらく見つめ合ったあと
私達はお互いの唇を重ねた……。




