第六十二話 魔物の意思
「良い攻撃じゃ。しかし油断してはいかん」
あの一瞬で魔物の目玉を切ったのはグレイゴルだった。正直全く動きが見えなかった。
「アッシュ!」
アッシュはムクッと起き上がると鼻を擦りながら恥ずかしそうに笑った。
魔物は倒した。
しかしレクスがいない……。
グレイゴルは東側を見つめて私に告げる。
「聖女様。魔物は二体おります!もう一体はジルエールの若者が一人で相手をしておるのです!!」
なんだって……!!?
「それはどこでしょうか!?今すぐ向かいましょう!!」
恐らくこの魔物の黒い液体は、聖女である私の魔法でないと対処ができないだろう。
いくらレクスでも戦い続けるのは無理だ。
グレイゴルに連れられ東側に進んでいく。
木々は倒れ、民家は崩れている。
所々に爆発の跡や血痕が生々しく残り、戦いの壮絶さを物語っていた。
ドオォォォォーーーン
その時、数百メートル先で大きな爆発音が聞こえた。
魔力探知を広げるが、魔物の気配もレクスの反応も無い。
どうしようもない不安が私を襲う。
「急ぎましょう!!」
私達はレクスのもとへと走った。
雑木林の途中から一気に視界が開ける。
広い草原……であったであろう場所。そこは焼け焦げた草木が転がり、地面走はむき出しになって掘り起こされている。
向かい合うレクスと魔物の姿。
レクスは膝をつき、地面に立てた剣にすがりながらなんとか立ち上がろうとしている。
「ぐはっ……!!」
口から大量の血が溢れ出る。
あれだけ大きく強かったレクスの魔力は、もはや風前の灯のように小さく、今にも消えてしまいそうなほどに消耗している。
まずい!!このままでは……!!
「グレイゴルさん!!一瞬だけ魔物の注意を引いていただけないでしょうか!?」
グレイゴルは剣を抜き、魔物を睨みつける。
「心得た!行くぞっ!」
魔物へ向かって駆け出すグレイゴルと兵士達。
私とアッシュ達はレクスのもとへ駆け寄った。
「レクス!!助けに来ました!」
駆け寄りざま、すかさずレクスに手をかざしヒーリングをかける。
「シルヴィア……!?どうしてここに……!?」
「今は喋らないでください。傷の治りが遅くなります」
レクスの質問を遮り、私は回復に全神経を集中する。
レクスはかなり負傷している。
もはや意識があるのが不思議なくらいだ……。
あと少し遅かったらわからなかった。
本当に紙一重だったのだ。
レクスが生きていた嬉しさと、あと一歩で二度と会えなくなっていたという恐怖が同時に押し寄せる。
回復魔法をかける手が震える。呼んでもいない涙まで勝手に溢れてきた。
「私に『自分を大切にしろ』と言ったではありませんか……!!」
わかっているんだ。彼の立場を。
助けを求めている者がいるのなら、剣を振らなければならない。
どんな理不尽が相手でも、弱き者の前に立ち戦う。
それがジルエールなのだから。
わかっている。それでも……私は耐えられない。
愛する人が傷つくのは……。
魔物は私のヒーリングに反応するかのように、こちらに標的を定める。クネクネと兵士達をかわしてこちらに猛スピードで近付いてくる。
まただ……。
「ギョ!ギョ!ギョ!」
さっきと同じだ。プロテクションで奴の足を破壊してやる。
その足を大きく振りかぶって魔物は一気に振り下ろす
……!!
守護魔法!!
バリィィィィン!!
気付いた時には、私の身体は弾き飛ばされていた。
何が起こった……?
考えを整理するまもなく地面へ叩きつけられる。
「あうっ!!」
全身を駆け巡る衝撃。遅れて走る鋭い痛み。
口の中に血の味が広がっていく。
「シルヴィア!!」
アッシュは私に駆け寄り、庇うように剣を構える。
足元のレナ達やレクスには構わず、魔物はまっすぐ私を目掛けて進んでくる。
「ギョ!ギョ!ギョ!」
「うおぉぉぉぉ!!」
アッシュは思い切り踏み込み、魔物へ剣を振り下ろす。
ガキンッ!!
鈍い音を立ててアッシュの持っていた鉄剣が真っ二つに折れた。
アッシュは一瞬何が起こったのか分からず、折れた剣を見つめたまま固まってしまった。
慌てながら私をみるアッシュ。
「アッシュ!!逃げてぇぇぇーーーー!!」
私の叫びも虚しく、魔物の容赦無い一撃がアッシュに直撃する。
蹴り飛ばされたアッシュの身体は、ボールのように転がり何度も地面に叩きつけられた。
ピクリとも動かないアッシュ。
私は必死に身体を起こす。
身体中から骨の軋む音が聞こえる。
激しい耳鳴りと吐血。
自分の鼓動の音が、内側から大きく響く。
よくも……よくも私の仲間を……!!
許さない!!
今までに感じたことないほどの怒りが込み上げてくる……。
プロテクションが破られた。
恐らく初めて発動したとき以来だろう。
単純な話、この魔物の魔力が私のプロテクションを上回っていたのだけの話。
だからどうした……!!
回復魔法を使った瞬間、私に照準を定め襲ってきた。
まるで誰かにそう教えられているかのように。
私はこの魔物と戦って強烈な違和感を感じていた。
ローグにしろガイオンにしろ、魔物には魔物の意思というものがあるのだ。
村や人間を襲うにしても、それは彼らなりの意思があっての行動である。
この魔物にはそれが無い。
突如現れて村や人を襲っているだけで、食べ物を探しているとか、縄張りを広げるだとかそういう意思が全く感じられないのだ。
ただ唯一、回復魔法を見た時に、それに異常な反応を示し襲いかかる。
恐らくこの魔物は意図的に作り出された、もしくは召喚された可能性が高い……。
回復魔法を見るなり攻撃とか……。
どれだけ聖女が嫌いなんだ。
どんな理由であれ私の大切な仲間を傷つけたのは許さない!!
どこのどいつだか知らないが……。
その喧嘩買ってやる!!
解錠……!!
回復魔法!!
白い杖に光球が出現し、螺旋状に光を放出する。
私を中心に緑色の魔法陣が広がり、その中に入る者の傷を急速に回復させる。
それを見た魔物は、当然私めがけて足を叩きつけた。
バチィィィィィッ!!
今度は魔物の足がちぎれ飛んでいく。それは大きく宙へ舞い上がり、グシャッと地面へ落ちた。
「ギョェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙!!」
本来であればブースト状態でのプロテクションの使用は自殺行為に近い。尋常では無いほどの魔力を消費してしまうからだ。
しかし、相手の魔力が自分よりも上だとわかれば、下手な出し惜しみは返って不利になる。
レクスが動けるようになるまであと少しだ。
体に纏ったあの黒い液体さえ剥がせれば……。
例え私の魔力が尽きようともきっとみんながコイツを倒してくれるだろう。
残った魔力、ありったけをぶつける……!!
杖をくるっと一回転させ、正面で構えた。
その光球の軌跡が円を描き、魔法陣となって私の正面に展開する。
そしてその魔法陣に全ての魔力を集中させる。
──我は聖女シルヴィアなり。我は悪を討ち滅ぼす者なり。聖光と断罪の剣を持って、邪なる者に聖女の裁きを!!──
私の背中に大きな二つの翼が出現し、足元には白く大きな魔法陣が浮かび上がる。
そして前方の魔法陣には、周囲の空間が震えるほどの魔力が収縮していく……。
「ギョ……ギョ……!!」
魔物はゆっくりと後ずさりを始める。
が、もう遅い!!
私の最大出力を喰らえ!!
聖女の裁き!!
杖を前に突き出す。
ドオォォォォーーーーーーン!!
巨大なレーザー砲のように発射された光の柱が、地面を抉り取りながら凄まじい音を響かせる。
魔物を覆っていた黒い液体は一瞬にして蒸発し、その下の本体をも焦がしていく。
「ギイイイイェェェェェェェェ!!」
魔物は断末魔のような叫び声を上げ、弱点の目玉を露出させた。
ネメシスの光の中で、身体の端のほうから崩れるように蒸発していく魔物。
悶え苦しむようにして光の中に消えていく。
あと……あともう少しっ……!!




