第六十話 黒くうごめくもの
たどりついた村には、負傷した大勢の兵士達の姿があった。
血を流し呻くもの、大声で痛みを叫ぶもの、意識なく動かないもの……。
街道を通り次々と村に運ばれてくる。
私はあまりの異常さに危機を感じ、村長さんに話を聞いた。
「せ、聖女様!!よくぞおいでくださいましたぁ!!」
村長さんは私が聖女だと名乗った途端に、涙を流し喜び始めた。
「これは一体……」
「実は、先日隣の村が魔物に襲われまして……!」
やはりか……。この負傷者の数。本当に武器持ちの魔物かもしれない。
村長さんは焦っているのか、まくし立てるように状況を説明してくれた。
どうやら二日ほど前、隣の村に魔物の襲撃があったらしい。見たことのない魔物らしく、近くにいた冒険者とアルデリア軍が討伐に向かったらしい。
が、結果は全滅だったらしい。
命からがらその村から逃げてきた人間が言うには、黒くて大きい。そして剣も魔法も効かないということだ。
黒くて大きいのは別としても、剣も魔法も効かないというのは厄介だ……。
マジックアイテムの効果なのだろうか?
更に武器を持った魔物は通常とは異なる能力を持っている場合がある。
ますますレクスのことが心配になってきた。
「村長!!もう薬も食料もありません!!」
教会に飛び込んできた若者は血相を変えて叫んだ。
「おぉ……なんという……」
「イレジアに救援要請は出しているのですか?」
「はい!ちょうどその村にメアリー様がおられましたので……救援要請と怪我人の手当てをお願いしたらしいのですが……」
村長さんは肩を落として首を横に振った。
「メアリー様は冒険者達が戦っている間にイレジアに戻られてしまったと聞きました。それに加え今イレジアは魔物の脅威を避けるため、こちら側の街門を閉めていると……」
魔物が怖くて逃げたかメアリー。
普段散々寄付金を募っておいて、いざその村に危険が迫れば、村民や冒険者を達を盾にしてでも平気で逃げて行く。
そんな人間を誰が信仰する?
イレジアが門を閉じれば、こちら側から村人の避難ができなくなってしまう。
村人達は魔物に蹂躙されるのを待つしかない。
何が大聖女になるだ……。
大聖女どころか貴族としての素質もない。
人の上には立ってはいけない人物だろう。
「とりあえず怪我人の治療を行います!動ける人間は街の中央へ集めてください!」
私は村の中央に立つと、杖をくるっと一回転させて、パシッと正面で構える。
──今、聖女シルヴィアの導きにて彼の者らに加護を与えん。癒しをここに──
回復魔法
村中を緑色の光が包み込む。
「な……なんと……まさか一度に全ての人間を……」
隣にいた村長さんはその光景に目を疑っている様子だった。
正確に測ったわけでは無いのだが、恐らく二千人くらいならブースト無しで一度に回復できる。
横になっていた兵士達が次々と起き上がっていく。
「痛く無い……」
「すげぇ!治ってる!!」
兵士たちから喜びの声が聞こえたかと思った矢先、暗い表情を浮かべ始める。
私は近くの兵士に尋ねた。
「一体何があったのですか?」
「あんなの勝てっこねぇ……!!」
座り込んだ兵士の口からボソッと小さく溢れた。
「詳しく教えていただけないでしょうか?」
「よくわかんねぇんだよ!!黒くてクネクネしてて!とにかくあんなのみたことねぇ!!剣も通らねぇし魔法も全然効かねぇ!!」
涙を浮かべながら兵士は答えた。
「ジルエールの奴の攻撃も効いてねぇ。俺たちはもう終わりだ……」
今なんて言った……!?
レクスの攻撃が効かないって……!?
ウソだ……。
そんなの……!
じゃあレクスは……。
「レクスは!?白兎は今どこに!!?」
「きっとまだグレイゴル騎士団長と一緒に動ける兵士連れて戦ってる……」
私はその言葉を聞いて驚愕した。
レクスはずっと戦ってるのか……!?
助けにいかないと……!!
このままじゃレクスが……!!
「皆さん、この先にとても強力な魔物がいます。私は魔物のところへ行きますので、皆さんはここで待っていてください!!」
私はアッシュ達にこの村に残るように指示を出す。
「ふざけんなっ!!今度は絶対俺もいくからな!!俺達はシルヴィアの護衛なんだぞ!?」
「アッシュ……」
「何の為に特訓してたんだよ!!」
「そうですよ聖女様!!私達だって覚悟はできています!」
レナのその言葉にシモンも頷く。
みんな……。ありがとう……。
わかった。三人の力、借りることにするよ!!
私は村の中央から回復した兵士全員に聞こえるように叫ぶ。
「皆さん!!私はこれから魔物のもとへ向かいます!!まだ戦えるという方は私についてきてください!!」
兵士たちの士気は下がり切っていた。
私の呼びかけにも集まってくれたのは数名だけだった。
無理も無い。
勝てないとわかっている魔物に挑んでいくわけなのだから。
せっかく助かった命をまた捨てに行くなんて馬鹿馬鹿しい。そう思うのが普通だろう。
私達は村長さんにガイオンを預け、数名の兵士を連れてレクスのもとへと進む。
その間にも向こうから負傷した兵士が次々と運ばれてくるのだ。
私は運ばれてくる兵士たちにもヒーリングをかけ、傷を治していく。
最初数名だった兵士は、数十名にまで増えた。
しばらく街道を進むと、丘の上から黒い煙がいくつも登っているのが見える。
あそこだ……。
ギュッと杖を握り締め、煙の上がる方を睨みつける。
兵士たちから聞いた話によると、魔物は黒く、蜘蛛のような見た目をしているということだ。クネクネと形を変え、剣で刺してもまるでダメージが無いというのだ。
正直どうやって倒していいのかなんて想像がつかない。
ただ、倒せなくとも消耗しているであろうレクスを回復することはできるはずだ。
視界の先で何名かの兵士と、騎士団長と思われる黄金の鎧を身に着けた老戦士が戦闘を繰り広げている。
兵士たちの話にあった通り、蜘蛛のように何本かの足を持ち、地面を這うようにクネクネと不規則な動きをしている。
私はその魔物に向けて魔力探知を展開した。
今までに感じたことの無いような魔力の質。
こんな魔力を持った生き物をみたことが無い……。
そもそも生き物なのだろうか……。
魔物は思いの外素早く、兵士達を翻弄しながらその足を叩きつけ蹴散らしていく。
ただ、黄金の鎧の老戦士だけは他の人間と一線を画す動きをしている。
その見た目からでは想像もできない素早い身のこなしと、強力な斬撃。アッシュも一目見ただけでその戦士の凄さを悟った様だった。
「あの爺さんすげぇ……!!」
息を呑み、グレイゴルと呼ばれたその老戦士の動きに見惚れるアッシュ。
しかしどういうことだ……?
辺りを見回してみても、レクスの姿が見当たらない。
もしかして間に合わなかったのか……?
いや、絶対そんなことは無い!!
私達は馬車から飛び降り、一気にグレイゴルのもとまで駆け寄る。
それに続いた数十名の兵士達は魔物に向けて突撃をかけた。
──聖女シルヴィアの名において命ずる、汝等、我が聖剣となりて敵を切り裂け──
怪力魔法!!
──駆けろ閃光、音をも超えし神速の加護を!!──
俊足化魔法!!
──聖光の軌跡、再誕を紡ぎ彼の者達に栄光を!!──
超再生魔法!!
赤、青、緑三色の光がアッシュ達を始め周りの兵士達の体を包み、眩しく光を放つ。
私が新たに習得した上位の支援魔法。
ガキィィィィン!!
兵士達の剣が魔物に当たり、物凄い音が鳴り響く。
先ほどまで兵士達を蹴散らしていた魔物の足を払いのけ、押し返す。
「この力は……!?」
グレイゴルは自分の手を見つめながら、無くなった疲労感と塞がっていく傷に驚きを隠せずにいた。
私は杖をビュンと払った。
「フランディア王国、聖女シルヴィア。応援に参りました!!」




