第五十九話 氷魔法
考え過ぎだ。さっと渡して戻るだけで良いだろう……。
でも向こうが期待してたらどうしよう……。
いやいやいや……。普段通りにすれば大丈夫。
たぶん……。
私はレクスの部屋の前に立ち、ノックをしようとドアの前に手を出すのだが……。
なかなかドアを叩く決心が付かない。
この部屋に入ったらもう戻れないぞ私……。
冷静によく考えるんだ。
いやいや、外套返しに来ただけですから……!!
何も無い可能性の方が高いのだ。
うん、よし、大丈夫。
私は外套を返しに来ただけ。外套を返しに来ただけ。
コンコン
ああああああああああっ!!
ノックしちゃったぁぁぁぁ!!
…………。
あれ……?
念の為もう一度ノックをしてみる。
やっぱり何の反応も無い。
「レクス?」
ドアノブに手をかけると、鍵がかかっている様子がない。
「失礼します……」
ドアを開けると中は暗く、そこにレクスの姿はなかっ
た。
部屋を間違えたのか?
いや、そんなはずはない。確かにここであっている。
部屋の中へ入ろうとした瞬間、突然リコラから声が聞こえてくる。
「シルヴィア!!すまない!イレジア近郊の村が魔物に襲われてる!武器持ちかもしれない!僕はそっちへ向かう!」
え……!?そんな……。
レクスの声はとても急いでいるような感じだった。
恐らくもうアルバに跨り現地へ向かっているのだろう。
突如襲い来る孤独感と喪失感。
そう……だよね……。
期待してたのは私の方だったようだ……。
レクスは冒険者でありジルエールの一員だ。
彼には守るべきものがあって、彼の助けを求める人がいる。
その生き方に私も惹かれたのだろう?
何も問題はない。彼は彼のやるべきことをしているだけだ。
じゃあ……。このポッカリ空いた胸の穴はなんだ……?
さっきまでの羽が生えたような心地はなんだったのだ。
その腕で抱きしめて欲しかった。
この肌でレクスを感じたかった。
離れたくなかった……。
押しつぶされそうな切なさに、私は一人ベッドの中で泣いていた。
夜が明け、私達は宿を出る支度をする。
結局レクスに外套を返せないままになってしまった。
当初の計画ではこの街で巡礼を行わず、教会には一つ先の中継地点へ向かうことだけを告げる予定だった。
その間にイレジアの近くの村まで戻り、加護を与えて回ろうという作戦なのだ。
しかし普通に村を巡ってしまうと、向こうから来るメアリーとまた鉢合わせしてしまう。
それでは苦労してここまで来た意味がない。
なので多少遠回りになっても、違うルートで向おうと考えている。
順調に行ったとして、私の予想ではメアリーがレパルに到着するのは二日後あたりになるはず。
今日にでもこの街を出発し、逆順に村々を巡って加護を与えて行こう。
道中魔力探知をかけながら、もしメアリー達を見つけたら隠れる。この作戦で行く。
それに、レクスが討伐に向かったのはイレジア近郊の村と言っていた。
もしかしたら同じ方向かもしれない……。
魔物は武器持ちかもしれないと言っていた。
大丈夫だろうか……。
レパルでは冷蔵庫を完成させる事が出来なかったが、この魔法石があるだけでもかなりの進展なのだ。
「レナ。少し良いですか?」
「はい。なんでしょうか?」
私は馬車の中で魔力コントロール中のレナに声をかける。
「レナ、風魔法を使うように手のひらに魔力を集めてみてください。少しずつでお願いします」
「はい。こうですか?」
レナの手の上にヒュゥゥゥッと風が巻き起こる。
「そのまま維持していてくださいね」
私はレナの手の上に出来た風を覆うようにして、自分の手をかざす。
そのまま少しずつ水球を発生させる。
始め、出来た水球はレナの風に弾きとばされ、礫となって飛び散った。
「もう少し魔力を込めてください」
レナが出力を上げると、今度水球は細かな霧状になって舞い上がっていく。
「良い調子です!そのままもう少しだけ強くお願いします」
霧散する水が徐々に冷たくなっていくのがわかる。
「そこです。同時に魔力を上げますよ!!」
そのまま二人の魔力集中を高める。
パキッ!パキッ!
と音が鳴りだし、水球は氷塊へと形を変えた。
ゴトッと音を立てて床に転がり落ちる。
「やりましたね!これで氷魔法の完成です!」
私の目的はこの氷の魔力。これを魔法石に込めることによって、冷蔵庫の出力部分が完成するのだ。
私の水属性とレナの風属性が複合して発生する氷属性の魔力。ただお互いの魔力をぶつければ良いという話ではない。複合属性になるのには絶妙なパワーバランスが存在するのだ。
水が強いと、最初の様にスプリンクラーみたくなってしまう。かといって風が強すぎると、せっかく気化熱で発生した冷気が消えてしまう。
私の水一に対してレナの風が二から三。この間で良いバランスを探す。
時間をかければ氷の攻撃魔法も発動できそうだが、とても実戦で使えるような代物ではないだろう。
魔法石によるのだが、一度魔力を込めれば一週間は冷気がもつ。
本当はレパルで買いたかった保温容器があれば、冷蔵庫が完成するのだが……。
そういう物を使う文化が無いのか見つけることが出来なかった。なので普通の木箱で代用している。
今回は野宿するつもりは無いのでミルクが腐る心配は無いのだが、今後また何があるか分からない。用意は怠らないようにしようと皆で決めたのだ。
「はーい。リム、ポム、ご飯よ」
レナはこの二匹のガイオンにリムとポムと名付けた。
もともと私が精霊詠唱を教える際に使用したイメージなのだが、レナはとても気に入ったらしく、この子達にそう名付けたそうだ。
一生懸命ミルクを飲むこの子供達を見ていると、本当に癒される。
そしてその姿を見て一つ気付いたことがある。
まだ出会ってそんなに経っていないと思うのだが、巣で見つけた時よりも一回り大きくなっている気がするのだ。
恐らく人間より遥かに成長スピードが速いのだろうが……。
馬車に乗らないくらいに大きくなったらどうしよう……。大人のガイオン大きかったしな……。
その日の夕暮れ時には一番近い村へと到着することが出来た。そこで宿をとり、翌日村人に加護を与えた。
よかった。まだメアリーは来ていないようだ。
そろそろ鉢合わせするタイミングなので慎重に行動しないと……。
街を出ようと思い支度をしていると、街道を進む兵士の隊列が見えた。
アルデリア国旗を掲げているので共和国軍だと思うのだが……。まさかメアリー!?
いや、違うな……。
イレジアの方へと向かっている。方向が逆だ。
私の脳裏にレクスの言葉が蘇る。
武器持ちかもしれない……と。
まさか……。軍隊も討伐に乗り出しているのか……。
ローグのときもそうだったのだが、武器持ちの魔物が出現すると国を動かすほどの大騒ぎになる。
それほど人間にとって脅威な存在なのだ。
レクスは無事だろうか……。
そんな不安に苛まれながらも、私達は次の街へと馬車を進めた。
「でりゃぁぁぁぁ!!」
ブン!!と力強い音と共に、アッシュの剣が空を切り裂く。
「だいぶ様になってきましたねアッシュ」
アッシュの必殺技は最終段階を迎えていた。
連日繰り返し行っている魔力コントロールの成果が出ている。
手足への魔力コントロールはもはや完璧だ。
あとは繰り返し動作と連動させるだけ。どんな体勢からも繰り出せるよう、身体で覚えるのだ。
アッシュが持っているのは大人用の鉄剣だ。
本来子供の力であれば振り回すのでさえ難しいはずなのだが、うまく魔力をコントロールして筋力の上昇へと繋げている。全身のバネを利用して放たれる回転切りは一瞬にして全方位を斬りつける。
レナに風魔法、シモンのポーション、アッシュの回転切り。
そこへ更に私の新たな支援魔法の効果も加われば、私達だって立派に戦える冒険者だ。
そして訪れた二つ目の村で、私達はある異変に気付くのである。




