第六話 守護魔法
屋敷に帰る途中広場ある大通りを通った。
広場は何やら賑わっている様子で、私は馬車の中から窓を開けて覗いて見回した。
広場の中央、大きな荷台を引いた馬車が止まっている。
荷台の上には白い布が被せてあるのだが、その被せてある布の隙間から、動物の毛皮?のようなものが見えている……。
馬車の周りには人だかりができており、その人だかりの中央で何やら大声で叫んでいる人物がいた。
「我々は冒険者ギルド、希望の剣だ!!
今回、南西の森に巣食う魔物の主を討伐することに成功した!!」
オオオーーーー!!と周りから歓声が巻き起こる。
それと同じくして、隣にいる取り巻きたちが自身らの団旗を掲げ、風にはためかせる……。
「我々は今、共に戦ってくれる同志を探している!!
我こそはと思うものは申し出てくれっ!!」
どうやら冒険者ギルドの新規勧誘のようだ。
冒険者ギルドとは、魔物の討伐を生業としている集団である。
魔物の爪や毛皮などは魔力を帯びており、アイテムや武具、その他様々な生活用品にまで幅広く使用されている。
大型の魔物などは内帯する魔力も多く、その素材は高値で取引されているらしい。
ただ、魔物の討伐は常に死と隣合せの危険な仕事なので、それによる恒久的な人手不足に悩まされているという訳だ。
孤児や身分の低い者は、幼いうちから冒険者になり、命を落とすといったことも珍しくない……。
私が窓から顔を離し下を向いた瞬間、先程の歓声が悲鳴に変わった。
再び窓を覗くと、なんと先程の大きな荷台から、今まさに魔物が起き上がろうとしているのだ。
魔物はがんじがらめに身体を縛っているロープをブチブチと引きちぎっていく……。
太く大きな腕を振り回すと、絡まったロープが近くの人や物を巻き込んで跳ね回る。
ゴリラのような身体、カメレオンのように左右にギョロっと飛び出た目、鷺の用に細く長いクチバシ…………。
手には鋭い鉤爪が付いている。
高さ3メートルはあると思われる大きな身体で、雄叫びを上げながら目に入ったものを次々になぎ倒していく……。
御者さんは馬を走らせ、魔物から私を遠ざける。
私は必死に馬車にしがみついて身をかがめた。
が、次の瞬間、大きく車体が縦に揺れたと思ったら、
ベリベリッ!!
と幌を突き破り、魔物の腕が私のすぐ横をかすめた……!
馬車は真っ二つに裂け、私はそのまま外に投げ出されてしまった。
地面に叩き付けられる衝撃、すかさず魔物の腕が私に向かって振り下ろされる。
寸前のところで身をよじったが、爪の先が私の足を引き裂く……。
見たこと無い量の血が吹き出し、激痛が走る。
止まっている暇は無い。すぐさま回復魔法をかけ傷を塞ぐと、飛び込む様にしての建物の隙間に隠れた。
私は手で頭を押さえ、祈る様に魔物が通り過ぎるのを待つ……。
私を見失ったのか、魔物は暴れながら周囲を威嚇している……。
「ひっ…………!!」
魔物の前方に1人の女の子が座り込んでいる………。
その子は恐怖で腰が抜け、座ったままガタガタと震えていた。
魔物はピタッと動きを止め、目玉だけをギョロっと少女に向ける。
まずい……!このままじゃ…………!!
自分の子供と重なって写ったのかもしれない。
気づいた時には、私は飛び出していた。
私の方が一瞬早く少女をつきとばす。
魔物の爪が私の背中を引っ掻く…………が、幸いローブが破けただけで、背中には当たっていなかった。
「逃げて……!!」
少女は這うようにして必死にその場から離れようとするが、とてもじゃないが動けそうにない。
魔物はまた大きく腕を振り上げた。
また腕が来る………!!
どうすれば………!?
そうだ………魔法………!!
きっと防御に使う魔法だってあるだろう…………!!
私は少女の前に立ち塞がり、両腕を前に伸ばす。
「大いなる精霊よ、我らに鉄壁の守護を………!」
掌に意識を集中させる……。イメージは……
そう……盾…………!!
私の前に、緑色に光る盾が現れる…………。
バリィィィン!!
魔物の腕は盾を粉々に砕いてしまった。
私はその衝撃で後ろへ吹き飛び、小女にぶつかってしまう。
だめだ………。もう一度……!
「古の神々よ、我に大いなる守護の力を…………」
再び両手を突き出すが、盾は出ると同時に砕かれてしまった。
左肩から右足にかけて一直線。真っ白なローブが真っ赤に染まっていく。
あまりの痛みに、私は一瞬気を失いそうになる……。
あぁ…………。もう無理だ……。
私ではどうすることも出来ない…………。
聖女とはこんなにも無力なのか…………。
結局私は………自分の子供を見つけることも出来ず、
旦那にも裏切られ、聖女としてだって誰一人守れない。
本当にどうしようもない……………………。
ハルト………。
サキ…………。
ごめんね…………。
また泣き声が聞こえる…………。
サキ………?いや、ちがう……………。
私の後ろから………。
私の後ろで女の子が泣いている。
破けたローブを握りしめ、必死に私にしがみついて。
どうせ死ぬなら……この子だけでも守ってやる……。
絶対に…………!!
神様はいじわるだった。
精霊も力を貸してはくれなかった。
私がこの子を守るんだ…………!!
神でも精霊でもない!!
私が誓うのは……………………
聖女だっ!!!
「我は聖女シルヴィア!!今、小さく力無きものに…………不壊の安息を与えんっ!!!」
守護魔法!!
半球状の光が私たち包み込む。
バチィィィ!!
魔物は腕を大きく弾かれ、後ろにのけぞった。
体制を立て直してもう一発…………!
二発…………!
三発…………!
続けざまに繰り出される攻撃を全て弾き返す。
聖女が信仰するものは聖女。自分自身だ。
誰かに必要とされ、愛され、祈られ、そしてその気持ちに応えようとする時、はじめて聖女の魔法は真価を発揮する。
私は聖女としての自分を信じることができなかった。
求められた期待に応えようとしなかった。
だからうまく魔法が発動しなかったのだ。
使ったことのない盾なんかじゃダメだ。
硬い、硬い、亀の甲羅。
首を縮め、手足を引っ込め、たとえ踏みつけられようと、絶対に壊れない亀の甲羅。
魔力を思いっきり内側に凝縮させるイメージで!
魔物の鉤爪がバキン!と折れ、宙を回転して地面に突き刺さる。
怒り狂った魔物は力任せに何度も腕を振り回す。
今の私に炎や雷を出すことは出来ない……!
だったら……この魔力が無くなるまで耐えてやる!!
1分………。2分……………。
もう何発耐えたかわからない、私の魔力も徐々に限界を迎えてきている……。
助けはまだ来ないのか!?
このままじゃ………。
ジワジワと力が抜けていく感覚………。
半球状の防護壁がピシッ、ピシッと音を立ててひび割れていく……。
ダメだ………破られる…………!!
バリィィィン!
とうとう壁が壊されてしまった。
もうほとんど魔力も残っていない…………。
ここまでか…………。
魔物の腕が振り下ろされた瞬間…………。
私の頬に血しぶきが飛んだ……。
放心状態の私の隣に、ドサッと魔物の腕が落ちてくる。何が起こったのか分からない……。
私の目の前には、見たことの無い少年が立っていた……。