第五十八話 ビッグマーケット
「それは残念です。せっかくの巡礼期間の特別価格でしたのに……」
男は私の顔をジロジロと見つめる。
「行こうぜシルヴィア」
アッシュはそういうとすたすたと歩き始めた。
男は私の名前を聞いて驚愕の表情を見せる。
「シルヴィア……。ま、まさか聖女シルヴィア様……!?」
私は人差し指を口の前に持ってきて頷く。
あまり大声で言われるとまた騒ぎになるので、なるべく穏便に済ませたい。
「本当にどんな魔力属性でも使用できるのですか?」
「いえ……まぁ……その……」
おいおいどうした?さっき使えると言っていただろう?
「先程見せていただいた炎と水の魔法石……。二つとも別の物に見えたのですが……」
ドキッ!という効果音が聞こえてきそうな顔をしている。
聖女の名前を無断で使用して商売などをする行為は、犯罪行為にあたる。
商人の男は観念したかのように地面に手をつけて謝った。
「もももも申し訳ございません聖女様……!!」
やっぱりか……。そんなこの世の理を超越したものがあるわけないんだ。
でもこの男に声をかけたのはそれを暴くことじゃない。
「別に咎めるつもりは無いのです。顔を上げて下さい。確かに嘘を付くのは良くないのですが、私にも魔法石を一つ譲って頂きたくて」
男は呆気に取られた顔をしている。
「え、ええ……。それは別に構いませんが」
「では水属性と風属性に適応した魔法石はありますか?」
「それでしたらこちらですね」
商人は水色に輝く、ビー玉くらいの大きさの石を差し出した。
「では金貨二枚になります」
私は黙って商人に微笑み続ける。
「金貨……。一枚で結構です……」
やったぁーーー!!多分適正価格だと思うけど。
シモン以外のみんなは何が起こったのか分からずポカンとしている。
今聖女様はゆすり……じゃなくて値引き交渉に勝ったのだ。
なぜこの魔法石を買ったのかと言うと、当初の目的通りこれが冷蔵庫になるからだ。
ただこれはあくまでも冷蔵庫の一部に過ぎない。
もう一つ重要な物が必要になってくるのだが、恐らくそっちの方が手に入れるのが難しいと私は考えている。
そういえば覇王竜の三人は冒険者としてギルドから給金を貰ってるんだよな……。
というのもアッシュは凄い勢いで食べ物を買っているけど、お金は大丈夫なのだろうか……。
余計なお世話かも知れないが無駄遣いは良くないぞアッシュよ……。
それにこのあとご飯食べるんだよ……?
「うわ!これかわいい!!」
言っている側からレナは衣類を買い漁っている……。
両手に持った買い物鞄パンパンに詰められた服。
レナよ……。いつ着るんだいこれは……。
すぐに身体も大きくなるというのに……。
二人共少し無駄遣いが過ぎるんじゃないか?
少しはシモンを見習いなさい。お金は必要なものの為に使う……あれ……?
「シモンがいません……!!」
みんな買い物に夢中で気付かなかった。
シモンを探し来た道をだいぶ後戻りする。結局魔法石を買ったすぐ近くのところまで戻ってきてしまったのだ。
シモンは台の上に置かれている薬品をまじまじと見ながら必死で本をめくっている。
「これは……やっぱり!……それでこっちが……」
何か一人でブツブツ言っているのだが……。
「あの……シモン……?」
「そうだ……だから……」
聞いてないな。うん。
私は再び魔力を込めた手のひらでシモンの肩をポンと叩いた。
「うわぁ!!」
こっちが逆に驚くほど大きな声で飛び跳ねる。
「みんな、どうしたの……?」
と自分で言いながら事態を把握したらしい。申し訳なさそうに、
「ごめんなさい」
と小さな声で呟いた。
「何を見ていたのですかシモン?」
シモンは見たことのないくらい興奮しながら、嬉しそうに語りだした。
「凄いですよ聖女様!!本物のエリクシールです!!」
エリクシールって確か……。
不老長寿の秘薬じゃなかったっけ?
ホ、ホントに……?それをずっと見てたのかい……?
さっきの魔法石よりずっと胡散臭いんだけど……。
「昔は不老長寿の薬などと言われていましたが、エンディールという木になる実を潰して絞った物と言われています。エンディールの木はカナンの木杖の素材として使われているんですよ!」
え、そうなの!?ホントに凄いものだったんだ……。
「エンディールの木は数十年前に最後の木が枯れ、もうこの世界には存在しないんです」
そんなに貴重なものだったとは……。
カナンの木杖が作られなくなったのはそういう理由もあったのか。
「不老長寿にはなれませんが、強力な媚薬効果があるそうです!!」
思わず瓶から手を離した。
ニコニコしながらとんでもないことを言ってのけた。
意味をわかって言っているのだろうか……。
「聖女様、ビヤクってなんですか?」
レナは首をかしげて私に尋ねた。
なんで私に聞くのっ!?
「さ、さぁ……?なんでしょう……強くなるんじゃないでしょうか?」
「え!?じゃあ俺飲みたい!!」
アッシュはそれを買おうとしたのだが、金貨百五十枚と書かれてあるのを見て、そっと台に戻した。
結局目当ての物が見つからないまま時間が過ぎた。
日も暮れそうだしそろそろご飯を食べに行こう。
貴族御用達の高級レストランに……という案もあったのだが、フランディアからずっとみんなでワイワイやる方が性に合っているのだ。
街で一番大きな食堂。何でも揃っているという話だ。
ここで各々が好きなものを頼んでもらおう!
「今日は私が持ちますので、皆さん遠慮なく食べてくださいね」
「え!?何頼んでもいいのか!?」
凄いなアッシュ……!まだ食べれるのか……!?
「はい。何でも大丈夫ですよ。」
何だか嬉しいな……。
一応これはお詫びの気持ちのほうが強かったのだが。
私自身、すっかり楽しくなってしまっている。
食卓に並んだ色とりどりの料理。
取り分けもお任せあれ。
騒がしいかなと思ったが、周りも同じ様な感じなので全く気にならない。
美味しい料理に弾む会話。幸せだ。
どうせまた数日後にはメアリーと向き合わなければならないのだ。
今日は全て忘れよう。メアリーのこと、巡礼のこと、そして織部かおりのこと……。
私はシルヴィア。一人の少女。この時間がたまらなく愛おしいのだ……。
取り分けた料理を配る際に一瞬レクスと手が触れ合う。
もうそれだけで悶えそうになる。
レクスは楽しそうに笑っている。
あぁ……。
離れたくないな……。
「アッシュちょっと食べ過ぎ!お腹壊すよ!?」
「大丈夫大丈夫。食えるうちに食っとかないと」
そうか。じゃあ野宿の時なんて全然足りなかったんだろう。我慢してたんだな……。
案の定喉に詰まらせるという、食いしん坊お決まりのパターン。
夜もとっぷり暮れた。かなり長い時間食事をしていたみたいだ。
こんなに楽しかったのは久しぶりだな……。
宿に戻ると、レクスは私の部屋の前まで送ってくれた。
「誘ってくれてありがとうシルヴィア」
「いえ、こちらこそ。レクスが来てくれて嬉しかったです」
「あと、今日のその服も似合ってるよ。僕達に合わせてくれたんでしょ?」
気付いてくれてたんだ……!
その一言で全てが報われた気がする。
意図せずとも表情が緩んでしまうのだ。
あ……そうだ、レクスに外套返さないといけないんだった……。
「そうだレクス。後でお借りしていた外套をお部屋までお持ちしますので」
「ああ、そうだったね。待ってるよ」
危ない危ない。忘れるところだった。
ん!?
え、私これからレクスの部屋行くんだよね……?
その瞬間昨日のことが頭をよぎる。
あわわわわわ……!!
どどどどうしよう、自分で部屋行くって言っちゃった……。
と、とりあえずお風呂に入ろう……!!




