第五十六話 置いてきたもの
レクスは私をアルバの前に座らせると、ゆっくりレパルへと走らせた。
街道を行く中で、私はアルデリアに入ってからの出来事をレクスに話した。
なぜずっと野宿していたのか、なぜこんな時間に馬車を走らせていたのかも。
レクスはとても驚いていたが、メアリーという聖女はかなり有名のようで、ギルドの間でも悪評が絶えないという話だった。
しかしメアリーの父親である執政官のレイスリーはアルデリアの貴族のみならず、ギルドや教会の上層部にまでパイプを持つ人物らしい。
メアリーのあの態度が本人の意思のものなのか、それとも父親の影響であるのかはわからない。
ただ、私を蹴落とすことに使命を感じているとさえ思うのだ。
自分から大聖女になると豪語しているくらいだ。
何か大聖女のポジションに強いこだわりがあるのだろうか……。
そもそも大聖女という存在そのものが、今後選抜されるかどうかわからないというのに。
やはりメアリーは権力者達の道具として良いように使われているだけなのかも知れないな……。
そう考えると少しだけ可哀想に思えてくる。
レパルの大門の前にはアッシュ達と、数名の冒険者と思われる人間の姿があった。支度を終え、ちょうどこちらに向かって来るところだったようだ。
「シルヴィア!!良かった!!無事だったのか!!」
アッシュ達三人は私に駆け寄り安堵していた。
「それで敵は?」
「あぁ……敵は追い払いました。大丈夫ですよ」
この期に及んで勘違いでしたなんてえ言えないしな……。
応援に来てくれたと思われる冒険者達にもしっかりとお礼を言い、解散してもらった。
ガイオン達も冒険者ギルドでミルクを用意してもらえたようだ。
「あ……!!あのっ……!!ジルエールの白兎さんですよね……?」
レナは顔を赤くしながらレクスに尋ねる。
「うん。そうだよ。キミは?」
「私レナって言います!あの私も冒険者やってて、その…あ、そうだ!聖女様の護衛をやってます!!」
緊張しているのがわかる。しかしレクスに対して目をキラキラさせているレナとシモン。
どうやら冒険者の間では、ジルエールの人間はまるでプロスポーツ選手並の人気があるようだ。
二人はレクスを質問責めにしている……。
君たち聖女様のことを忘れていないかい……?
困ったように笑いながら私の顔を見るレクス。
私も微笑みで返すことしかできなかった。
「なぁシルヴィア、なんでこんなカッコしてんだ?」
アッシュは私の身体を包んだ外套を足元からぺろっと捲ろうとしたので、咄嗟に上からバッと押さえつけた。
ちょちょちょちょ!!何やってんだアッシュ!!
今この下マッパだから!!全部見えちゃうから!!
私の顔を見て自分も顔を赤くするアッシュ。
アッシュはそのまま下を向いてしまった。
宿に入ると、私は真っ先にお風呂に入った。
こんな深夜なのに、宿の女将さんはわざわざお風呂を用意してくれたのだ。なんとありがたい話だ。
四日分の汚れを洗い落とすように、身体の隅々まで丁寧に洗った。
嫌なことも一緒に洗い流せたら楽なのにな……。
あぁ……生き返る……。
川の水で冷え切った身体に温かいお湯が沁みる……。
私は向こうの世界にいた時からお風呂が大好きだった。
温泉なんかあれば……行ってみたいなぁ……。
…………。
おっと危ない!!寝てしまうところだった!!
あまり長湯すると危険だな……。名残惜しいが上がろう。
明日は頑張った覇王竜の翼のみんなと、美味しいものでも食べようと思う。
彼らだって相当大変だったはずだ。
いくら冒険者と言えど彼らはまだ子供なのだ。
権力者の事情に巻き込まれいきなり私の護衛を命じられた。
しかもまだ経験のない魔物の討伐に加え、四日に渡り野宿を強いられたりと、私と関わってから無茶ばかりさせられている。
たまにはご褒美をあげても良いではないだろうか。
というかそうさせてください……。
そうだ……。レクスは明日の予定があるのだろうか……。
良かったら一緒にご飯食べていかないかな……。
確か宿は一緒だったはず。
私はレクスの部屋をノックする。
「シルヴィアです。少しお話できますか?」
部屋のドアがガチャっと開いてレクスが顔を出した。
「どうしたんだいシルヴィア?」
私は部屋に入ると改めて今日の事のお詫びとお礼を伝えた。
「全然気にしてないから大丈夫さ。」
「それで……お詫びといったら何なのですが、明日護衛の冒険者達とご飯を食べに行こうと思うのですが、レクスもよろしければ……なんて……」
「ホントに!?嬉しいな!!」
やった!!みんなも憧れのジルエールと一緒ならば喜んでくれるはずだ!!
「よかった。私も楽しみです。では明日……」
「シルヴィア、お風呂には入れたのかい?」
「ええ、女将さんには本当に……」
レクスは私の腕をぐいっと引っ張り自分の方に抱き寄せた。
「じゃあこうしても大丈夫だね」
えっ!?えっ!?えええええ!?
突然の抱擁に頭が混乱してしまう。高鳴る鼓動と乱れる呼吸。そしてレクスの腕の中の心地よさ。
一瞬旦那のことが頭をよぎった。私は人妻なのだ……。
でもシルヴィアは違う。……よね。
「キミは何でも一人で頑張りすぎだ……」
「申し訳……ありません」
謝ったのはレクスの言葉にだけでは無い。
色々だ。
このままこの心地よさに溺れてしまいたい。
レクスと出会う度に大きくなっていくこの感情。
なんとか自分に言い訳をして、理性で蓋をしてきたが……。
押さえれば押さえるほど、大きく強く膨れ上がっていく。
もはや見ぬフリ気付かぬフリはできなくなってきているのだ。
遥か昔にどこかに置いてきたものだと思っていたのだけれど、こんなところにまだ残っていたのか……。
随分と懐かしい感覚にうっとりと陶酔しながら、二つの高鳴る鼓動が一つになっていく……。
私はレクスと見つめ合う。
今はもうその流れだ。このまま身を任せても良いのではないか……。
私はそっと目を閉じ、少し上を向いた。
コンコン
そのノックの音に驚き、ビクッとなってドアの方を見る。
「冒険者ギルドの者ですが……」
どうやらレクスに用事があるようだった。
あれだけ熱くなっていた頭の中が、まるで冷水を被ったかのように急激にクールダウンさせられてしまった。
なんだろう。すっかり正気に戻ってしまった。
レクスはドアの前で用事を済ませると、なんともバツの悪そうな顔で戻ってきた。
本当に絶妙なタイミングの悪さだ。
私はなんだかそれが可笑しくて吹き出してしまった。
「今回はおあずけだな……」
レクスも笑う私をみて何か諦めた表情で笑った。
頭を描きながら恥ずかしそうなレクス。
「そうですね」
「ただ、もう少し頼ってくれ。そのために近くにいるんだからさ」
「はい。そうします。では、また明日」
私はレクスの部屋を後にすると、自分達の部屋に戻りベッドに横になった。
野宿の硬い地面とは違い、フカフカで柔らかいベッド。本来なら数秒で眠りにつくはずなのだが、
しばらくの間、胸の高鳴りは続いたままだった。
冷静になって思い返すと、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうである。
私聖女なのになぁ……。まずいなぁ……。
仰向けになってリコラをかざしながらそんな事を思っていた。
翌日、五人で宿の前に集合した私達は、ご飯を食べるまでレパル名物のビッグマーケットに立ち寄ることになった。実は欲しいものがあるのだ。
ビッグマーケットはまさに圧巻だった。広場を埋め尽くす店!店!店!!
とても一日では全て回り切れないような巨大な市場だった。
「すっげぇーーー!!」
アッシュがそう声をあげるのもわかる。
一体どこから見てまわったら良いものか……。
時間も無限では無いしな……。
それに、これは恐らく巡礼がとても大変だ。
このマーケット自体にテントを張って生活している人間もいるのだ。それとここ以外には広場という広場は存在しない。
イレジアのように荷車で練り歩くようなことも難しいだろう……。
まぁそれは巡礼までの課題として、私が今ここで探しているもの。それは……。
し、失礼しました!!家庭の事情により投稿時間を大幅に過ぎてしまいました(´;ω;`)
申し訳ございません!!




