第五十五話 強大な魔力
明かりは照光魔法で前方を照らす。
シャロンに教えてもらったこの魔法をこんなタイミングで使用するなんて思ってもいなかった。
夜の街道は驚くほど静まり返っている。
僅かに虫の声がするほどで、他に聞こえる音といったら馬車が走る音と風の音ぐらいしかない。
その静けさがより一層恐怖心を煽る。
オーブライトと並行して魔力探知を常時展開している。疲れ切った体に更に鞭を打ち込んで、疲労と睡魔に途切れそうな意識を必死に呼び戻す。
なんでこんなことに、なんて考え出したらきりが無い。本来であればちゃんとベッドに寝ていたはずだった。こんな無茶な旅路を強いられなくて済んだはずだ。
全部メアリーが……。
そう考え始めたところで思考を止めた。
彼等やガイオンに出会ったのも、そういう運命の導きなのかもしれない。腹が立つのは仕方ないが、そのせいで今側にあるものを否定したくはない……。
一際強い風が馬車の幌をバタバタと揺らす。
昼間では全然なんともないことであっても、この闇の中ではまるで何者かの仕業のようにさえ思えてしまう。
馬車は急いでもそこまでスピードは出ない。
まだ一時間程度しか経っていないのに、襲い来る激しい疲労感に、全身の毛穴から汗が噴き出す。
やはり慣れない魔法は魔力の消耗が激しい。
だがここで負けるわけにはいかないのだ。
疲労にもメアリーにも。
更に一時間くらい馬車を走らせたあたりだろうか。
街道のずっと向こうに、幾つもの灯りが見え始めたた。
やった!!街だ……!!レパルだ!!
ここまで来たらもう着いたも同然だ。
ふっと魔力探知を解こうとした瞬間……。
魔力探知の一番外側ギリギリのところ辺りに何かが反応した気がしたのだ。
ただの気のせいだろうか……。
いや確かに疲れてはいるが、魔力を感知した時のあの独特な感覚は間違えようがない。
私はもう一度、先ほど反応があった方へ向けて魔力探知を展開した。
私達の場所から三百メートルほど離れた場所。茂みの奥辺りから今まで感じたことのない魔力の反応を感じる……。
魔物……!?いやわからない。ただそれはこちらにどんどんと近づいてくるのだ。
大きさからしてそれは大人の人間くらいだ。
まさかドミネーター……!!?
まずい!!こんなところで襲われたらひとたまりもない。
「皆さん!!私の言うことをよく聞いてください!」
せめてこの三人だけでもレパルへ逃さなければ……!!
「皆さんは先に街へ行ってください!!」
「ちょ……!ちょっと待てよシルヴィア!!俺たち護衛だろ!?何があったんだよ!?」
「時間がありません!!早く!!街に着いたら応援をよこして下さい!!」
「俺たちも戦……」
「言うことを聞きなさいアッシュ!!」
私の大きな声に三人とも何も言えなくなってしまったのだろう。
「お願いです。決して立ち止まってはいけませんよ!」
そう言って馬車を飛び降りると、魔力の反応のある茂みの方へ入っていく。
強力な魔力反応は少しずつ私の方へと近づいてくる。
やはり私が目的か……。
そうであれば少しでもあの三人から距離を取らなければ……。
私はアッシュ達が向かうレパルとは反対方向に走り出した。ランニングの成果を見せる時だ。
それを察したのか、向こうもスピードを上げて近付いて来る。
は、速い!!
小さな木々が生い茂っていて、子供の私ですら躱していくのがやっとなのに!
飛び出た枝が私のスカートに引っかかりビリッと腰まで破ける。しかし今はそんなこと気にしていられないのだ。身体中を傷だらけにして茂みの奥へ奥へと入って行く。
相手との距離はあっという間に百メートルくらいに縮まっていた。
それに気を回した瞬間、転がっていた倒木に足をとられて盛大に転んでしまう。
「きゃっ!!」
まずい!早く逃げないと……!!
その時、自分の足が震えていることに気付く。
怖がるな……!!怖がるな私!!
必死で自分にいい聞かせるのだが、それに抗うように身体中の力が抜けてうまく立ち上がれない。
立ち上がりそうになっては転びをくり返して、ようやく茂みから抜けて広い場所へと出る。
しかし、そこで私は絶望の底に叩き落とされる。
目の前には大きな崖が待ち受けていたのだ。
向こう側に飛び越えれるような距離じゃない。
崖を背にして杖を構える。魔力源はどんどん私との距離を詰めてくる。
近付いてくるにつれてその魔力の強大さがハッキリとわかるのだ。
まるでお腹の中を誰かにギュッと鷲掴みにされているような感覚……。
私の命など簡単に踏みにじってしまえるほどの力。
噴き出す涙、冷汗、そしてガクガクと震える足に伝う生暖かい感触。
怖がるな!怖がるな!怖がるな!!!
極度の疲労と魔力の消耗。若干の魔欠状態に陥りながらもなんとか正気を保とうと意識を集中させる。
まだサキに会ってないんだ……!!
それまでは!!
私は後ろの崖を上から覗き込む。
夜の闇の中で底は見えなかった。高さがどれくらいかわからない……。
残った魔力でプロテクションを下側に展開しながら落ちれば助かるかもしれない……。
どの道残った魔力では太刀打ちできないのだ。
魔力源はすぐそこまで迫っている。もう時間がない……!!
私は意を決して地面を蹴った。
落下特有の下腹部あたりがヒュンとなる感覚。
ああ、でもこれでなんとか逃げることができる……。
そう思った瞬間、腕を掴まれ上側に引っ張られた。
「シルヴィア!!大丈夫か!?」
聞き覚えのある声。
その声は優しくて、いつも私を窮地から救ってくれる。
「レクス……!どうして……!?」
レクスは私の身体を崖の上へと引っ張り上げる。
「それはこっちが聞きたいよ!!一体何を考えているんだい!?」
一瞬レクスがドミネーターを倒してくれたのかと思ったのだが、どうやらそうではない。
そういえばレクスの前で魔力探知を使ったことが無かったような気がする……。
魔力の正体はレクスだったのだ。
なんだよ……それ……。
なんなんだよ……!!
安心と悔しさが織り混じった、得も言われぬ感情が涙となって溢れ出る。張り詰めていたものがぷつりと音を立てて切れたような気がした。
「ドミネーターかと思ったじゃないですかっ!!」
レクスは全く悪く無いのだが、私はレクスの胸を叩いた。
「レパル付近から急にリコラの反応が強くなったから来てみたんだ。そうしたらどんどん離れていくから……。しかもなんでこんな時間に?」
「分からないですよそんなのぉ!!なんでそんなところから来るんですかぁ!!もうずっと眠くて疲れて……!!ミルクは腐っちゃうしぃ!!聖女には嫌がらせされるし!!うわぁぁぁぁん!!」
なんとみっともない。
中身はおばさんなのに……。
もう一度いうがレクスは全く悪くない。私のことを心配して様子を見に来てくれたのだ。
レクスはふっと微笑んで私を抱き寄せようとするが、私は咄嗟に両手を前に突き出して制止する。
「い、今はだめですっ!!」
もう何日もお風呂に入っていないのだ。それにさっき……。
「近くに川とかないでしょうか……」
来た道を戻るついでに小川に立ち寄る。
「申し訳ありませんレクス……。必ず洗って返しますので……その……外套を貸してもらえないでしょうか……?」
「別に良いけど……?」
「あと……しばらくむこうを向いていただけると助かります……」
レクスは私がやりたいことを察したのか。
何も言わずに頷いて反対を向いた。
私は服を全て脱いで小川に足をつける。
信じられないくらい冷たい。
少しずつ手で水をすくい体にかけ、手巾で擦って洗う。ついでに髪も洗ってしまおう。
寒さと恐怖。そして何より恥ずかしい。
はぁ。レクスの前で一体何をやっているんだ私は……。
外的な要因があったとはいえ、レパルに強行したのも、睡眠不足だったのも結局全部自分自身で招いたことだ。
さっきの件だって、ドミネーターだなんて勝手に勘違いして崖から飛び降りようとしていた……。
本当に情けない……。
私は身体を洗い終えると、レクスから借りた外套に身を包み、小川で服と下着を洗った。




