第五十三話 メアリーからの逃亡
メアリーが籠にナイフを突き立てた瞬間。
籠の中から焦げ茶色の液体がブシュゥゥゥーーッと勢いよく吹き出て、メアリーはそれを全身に浴びてしまった。
ありゃりゃ……。
「くっ……!!うげぇ……!!なんですのこれはっ!!」
籠の中に入っていたものは冒険者ギルドでもらってきたものだ。それを水で溶いて、籠の中にある革袋にパンパンに詰めておいた。
何かと言われたら『肥料』にするものとしか私の口からは言えない。聖女だから。
これは冗談ではなく畑に撒くと良質な肥料になる。
アッシュ達は村まで肥料を運んでいただけなのだ。
籠が怪しいとわかれば絶対に開けたりひっくり返したりするだろうと予測した。
しかし中身がコレだとわかれば、兵士達もそれ以上は探さないだろう。手っ取り早く追い払える良い手段だ。
なんなら軽く飛び散ったりぐらいすればいいとは思っていたのだけれど、これは想定外だった……。
ナイフなんかで突き刺すからこんなことになるんだ。
少しの傷では死なないとかなんとか言っていたな。
相当ヤバい女だ。
これは私からの天罰だ。受け取ってくれ。
それにしてもすごい匂いだ……。
こりゃ後で馬車の大掃除だな……。はぁ……。
「オェッ!!クッサーーーい!!よくも!!シルヴィアはどこっ!!?」
「はぁ?領主がいなくて広場借りれないから、どうして良いか分かんないってアンタのことを待ってたぞ?俺たちだって任務あるんだし、いい迷惑なんだけど……?」
アッシュのその一言にレナもシモンも無言で頷く。
私も頷いた。
「あの小娘許さないから!!大勢の前で恥かかせてやる!!」
おーこわ。でも完全に逆恨みだぞそれ?
兵士達はメアリーのために手巾を渡すも、それを払いのける。近くにいる人間も大変だな……。
メアリーは馬車に乗り込んで兵士達とともにイレジアの方に行ってしまった。
まったく……。少しは懲りてくれると良いのだけれど。
まぁ無理だろうな。完全に目に敵にされてる。
ん?私はどこにいるのかって?
私はずっとメアリーの隣にいたのだ。
「すごい!……本当に見えなくなっちゃうんですね!」
レナの言葉に私は魔力を解くと、黒い毛皮に包まれた姿で現れた。
「うん。気配も全くしなかった……」
ダインに紹介してもらった加工屋で、イレジアを巡礼中にガイオンの毛皮をマジックアイテムに仕立ててもらったのだ。
黒いガイオンの滑らかな毛に覆われ、フード付きの外套の様な見た目をしている。
これ一着しかできなかったのだが、魔力を込めるとしばらくの間姿を消すことができる優れモノだ。
メアリーの馬車が見えた途端、私は咄嗟にこの毛皮を身に纏い姿を消した。
恐らくメアリー達とすれ違うであろうと予測した私は、アッシュ達と事前に打ち合わせをしていたのだ。
籠を囮にして私は毛皮で隠れる。
そしてメアリーをイレジアまで向かわせるといった作戦だ。
ダークヒドゥンと呼ばれる特異個体のガイオンが持つこの毛は、姿を消すだけではなく魔力探知にも引っかからない。
つまりこの毛皮を纏っている以上、本当に姿を消すことができるのだ。見つけるのは至難の業だろう。
ただ、音や匂いなどは当然消すことはできないので注意が必要なのだが。
これはかなり役に立つぞ。
魔力探知で相手を認識するタイプの魔物にだって奇襲をかけることもできるのだ。
「いいなぁ!俺にも貸してくれよソレ!!」
「いけませんよアッシュ。これは任務の時以外は私が責任を持って預かります」
「なんだよケチーー!!」
まぁ年頃の男の子に姿を消せるアイテムなんか持たせたら、何に使うかなんて簡単に想像がつく。
マジックアイテムは使い方を間違えると犯罪行為にも繋がる危険なものだ。
玩具じゃないんだから我慢してくれ。
私は次の村に向かう途中、今後の巡礼のことを考えていた。当然メアリーのことである。
彼女はイレジアに私達がいないとわかると、当然追いかけてくるはずだ。
このまま村で加護を与えながら次の中継地点を目指した場合、道中メアリー達に追いつかれてしまうだろう。
そこで一つ考えた。
私達はこのまま村には立ち寄らず、野宿覚悟で次の中継地点を目指す。
その街では教会に顔だけ出し、巡礼は行わずに次の中継地点へ向かうことを告げるのだ。
そうすればメアリーは私達を追いかけ、二つ先の中継地点まで誘導することができる。
その間に私達はこれから向かうはずだった村へと戻り
、 加護を与えて回るのだ。
話を聞くとかなりの遠回りに聞こえるのだが、メアリーを回避するためにはしかたがない。
彼女だって私達にばっかりかまってはいられないはずだ。どこかで諦めてくれると良いのだけど。
私達は一直線に次の中継地点であるレパルという街を目指す。レパルはスタンレーのように商業が盛んで、『ビッグマーケット』と呼ばれる巨大な市場が存在するという話だ。
買い物にも興じたいのだけれども、アルデリアにいるうちは巡礼のことだけを考えよう。
アッシュ達と出会ってから、これが初めての野宿になる。
アルデリアにもフランディアのように、街道沿いには定期的に野宿ができる広場が設けられている。
私とレナは女の子ということで、夜間の見張りはアッシュとシモンが引き受けてくれることとなった。
一応私も定期的に起きて魔力探知を展開している。
そのためにぐっすり眠ることはできない。
レパルまでは最短でも3日はかかる……。
まるで合宿だ……。
だが弱音を吐いてはいられない。
彼らだって冒険者をやっていくなら野宿は付きものだろう。今のうちから慣れておいても損はしないはずだ。
移動中であっても魔力のコントロールは継続して行っている。
アッシュも練習の甲斐あって、手足への魔力はスムーズにおこなえるようになってきた。
そろそろ次のステップへ進んでみるか…。
「アッシュ。手足に留めた魔力を爆発させるイメージで解放してみてください」
「ば、爆発?爆発ってどうすんのよ?怪我しねぇの?」
イメージだよイメージ。
実際に手が爆発する訳じゃないさ。
「溜めた魔力を一気に解放するような感じです!」
アッシュは広げた手のひらをギュッと強く握り締めた。
「……!!」
アッシュはその変化に気付いたようだった。
「なんだこれ!!今一瞬すげえ力がでた!!シルヴィアに魔法かけてもらったみたいだ!!」
そう。使用する魔力が自分のものか他人のものかという違いで、支援魔法と原理は一緒なのだ。
この訓練は私が支援魔法を習得する時に行った最も基礎的で一般的な方法である。
当然、アッシュが魔力のコントロールを完全に覚えた場合。私の支援魔法と合わさると相乗効果によって更に身体能力が向上する。同じ支援魔法でも、使い手と受け手によって大きく効果が異なる。支援魔法とはそういうものなのだ。
なので、アッシュだけではなく魔法を使わないシモンにも魔力コントロールをしてもらっているわけだ。
「先ほどの感覚を忘れないでくださいね」
これができれば後は動作に移すだけだ。
アッシュの必殺技は回転斬りなのだが、ただ剣を持ってコマのように回ってもあまり強そうに思えない。
一瞬で周囲を切払い、全方位をカバーする。
そういう回転斬りにしようという話になった。
最初はゆっくり。まず魔力を手足に集め、それを解放しつつ動作につなげる。
踏み込み、体のひねり、腕の力。
口で言うほど簡単ではない。
何度も何度も反復して練習することでようやく身に付き実戦において使用できるようになるものだ。
「でぇぇぇりゃぁぁぁーーー!!」
大きな掛け声と共に回転斬を放った。




