第五十二話 与えること
やはりこれで正解だったのかもしれない。
この荷車というのがなんとも気取っていない親しみ易い印象を与えているのだ。馬車ではこの感じは出ないだろう。
レナ達が飾ってくれた花や装飾も映えている。
この姿を見て笑う者もいる。でも私が街の人間別け隔てなく加護を与えていることを知ると、バカにする者など一人もいない。
イレジアは要塞としては規格外の巨大さなのだが、街の部分自体はそれほど大きく無い。
今日加護を与えられたのは十分の一程度だろうか。
やはりそれなりに時間はかかってしまうのは仕方がないだろう。
それでも予想を上回るの反響だったので一安心だ。
またメアリーの邪魔が入らないうちにやり遂げたいものだ。
「聖女様!昨日は本当にありがとうございました!」
朝のランニング中にまた知らない男性が声をかけて来た。二十代前半の若い男性なのだが、恐らく初対面のはずだ……。
「私の母は去年から病を患っていましたが、聖女様の加護を受けてからすぐに立って歩けるようになったんです!!」
そうか。巡礼によって元気になってくれたのなら何よりだ。本来なら笑顔で返したいところなのだがそれは無理だ。汗だくでヒィヒィ言うことしかできないのだから。
「私も一緒に走らせてください!」
えぇ!?あなたも!?
昨日の教会のお姉さんに続き若者が一人増えた。
二人はゴールまでずっと私を励ましてくれたのだった。
その翌日にもう一人、そのまた翌日には更に数人と人が人を呼ぶように倍々で増えていく……。
そして迎えたイレジアの巡礼最終日。
いつものランニングも板についてきた。と思う……。
走り出して数分後、地鳴りのようなドドドという振動音が迫ってくる。
案の定三人に置いていかれた私の後ろを追いかけるようにして、街民の群れが押し寄せてくる。
な、なんだアレは!?
私は必死に逃げた。別に逃げる必要は全く無いのだが、追いかけられるから仕方が無い。
道いっぱいに埋め尽くされた民衆はまるで洪水のように私に駆け寄ってくる。
ひぃぃぃぃぃ!!
「私もご一緒いたします!!」
「私も!!」
圧倒的に押し寄せる善意の恐怖……。
全力疾走で逃げるが、すぐその波き追いつかれてしまった。
民衆は私を取り囲んで声援を贈る。
いやいやいや!!この限界の表情ゴールまでずっと晒しながら走り続けるのは拷問なんだが!!
なんか昔見たボクシング映画にこんな状況あったな……。
私は過剰な応援に囲まれ、ゴールの宿がある通りへ差し掛かる。
先に宿で待っている三人はその状況に唖然としていた。地面を鳴らしながら通りを埋め尽くしていく人の波。私を囲みながら声援を贈る街民たち。中には一生懸命になりすぎて泣き出す者もいた……。
ゴールした瞬間、一斉に大きな拍手で称える街民たち。まさに感動のクライマックス。
それはもうお祭り騒ぎといった感じだ。
街のみんなは私を囲んで持ち上げると、その場で胴上げが始まった……。
なんだかよくわからない状況ではあったが、巡礼は大成功だった。
途中メアリーの邪魔が入ることも予想されたが、それもなく無事にみんなとの約束を果たすことができた。
「聖女様すごい……。本当に全員に加護与えちゃった!!」
レナはキラキラとした目で私にそう言った。
「あのメアリーとかいうヤツのせいでどうなるかと思ったけど、よくあんなこと思いついたよなシルヴィア?」
「これまでも巡礼に対していくつか障害や失敗がありましたからね。そこから学んだのです」
「聖女様でも失敗することなんてあるのですか?」
シモンはメガネをくいっと上げて意外そうに私に尋ねる。
「勿論ありますよシモン。アッシュもレナも覚えておいてください……」
今後、私達には様々な困難や失敗が訪れるだろう。
メアリーのように攻撃してくるような輩もいれば、自分の意思では回避できない災難にだって会うかもしれない。
その時に大切なのは、『最後の最後まで諦めない』ということだろう。
本当に自分が成したいと思っていることなら、一度の失敗や挫折で諦めてしまってはだめだ。
人にダメだと言われてから、ボロボロに打ちのめされてからが勝負なのだ。
なんて偉そうなことを言ってみたりする。
それと、もう一つ重要なこと……。
「三人ともどうでしたか?巡礼に参加してみて」
誰かの役に立つということは気分が良いものだ。
私は冒険者ギルドのダインに会ったときに、彼に言ったのだ。
私は彼らに奪うことだけではなく誰かに与えることを教えたいと。
巡礼はただ教義を読み上げて寄付金を集めるためのものでは無い。
病に苦しむ人や医者にかかれない人に寄り添うためのものだと私は考える。
冒険者として己の生活のみを考えるというのも一つの生き方ではあるのだが、彼らには教えたい。
その剣と魔法と知識で自分達が誰かの助けになる日が来ることを。
そしてその姿を見た幼い命がまた誰かの助けとなることを。
私が彼らにそうしてもらったように……。
私はリコラを手にとって微笑んだ。
ドンドン!!
「シルヴィア様!!いらっしゃいますか!?」
部屋のドアが激しく叩かれ、私を呼ぶ声が宿に響いた。
この声は教会の受付をしているお姉さんの声だ。
私はドアを開けると、お姉さんは血相を変えて告げた。
「シルヴィア様!一刻も早くイレジアをご出立ください!!本日メアリー様が戻って参ります!!」
本当か……!?
巡礼が上手くいったなんて知られたらまた変ないちゃもんをつけられるに違いない。
ここは素直にお姉さんの言うことを聞いておいたほうが良さそうだ。
ちょうどお昼には出発しようと思っていたところだ。
少し早いけど問題は無い。
私はお姉さんに別れを告げ、あまり目立たないように街を後にしようと考えた。
ただ、街道を進む場合最悪メアリー達とすれ違う可能性が出てくる。
うーむどうしたものか……。
私の護衛はこの三人と知られている。彼らを見れば私の馬車だということは一目瞭然なのだ。
そうだ……!!いい考えがある!!
「皆さん、私がこれから話すことをよく聞いてください……」
街を出て一時間くらいだろうか。
二十名ほどの兵士を引き連れ、黄金の装飾が施された馬車と鉢合わせてしまった。
恐らくメアリーの馬車だ。
兵士が私達の馬車を止めると、降りてきたメアリーはシモンに向かって尋ねる。
「あら、どこへ行こうと言うのですか?まさか下民達との約束を反故にするつもり?」
シモンは怯えながらもメアリーに答えた。
「僕達は任務で隣の村まで向かう途中です……」
「そうそう、荷物届けてんだよ」
アッシュも続いて答えた。
「そんな嘘に騙される理由ないでしょう?」
メアリーはつかつかと私達の馬車に近付くと、幌を開けて中を覗き込んだ。
馬車の中にいたレナはメアリーに驚きビクッと反応する。
何度もキョロキョロと馬車内を探すメアリー。
しかし馬車の中にはレナと運搬用の荷物しか乗っていない。運搬用の網籠には白い布が被せてあり、それに目をつけたメアリーは、何かを察したかのように笑みを浮かべた。
「ははん。荷物に隠れるなんて子供騙し、この私には通用しなくてよ?」
「な、何言ってるんだ!!これは村に運ぶ大事な荷物なんだ!」
アッシュはメアリーが手にかける布を押さえて必死に抵抗している。
もういいんだアッシュ。
私のために危ない橋を渡る必要は無い……。
兵士達はアッシュを籠から引き離して取り押さえると、合図を受けてメアリーに一本のナイフを手渡した。
「や、やめろ!!よせ!!」
アッシュはジタバタもがいて必死に抵抗する。
「ねぇシルヴィアさん。私もあまり手荒な真似はしたくないの……。あなたが私に忠誠を誓ってくれればそれで済む話なのよ?これ以上何もしないと約束するわ」
メアリーのその問いに、私は無言で返事をする。
「そう……。それじゃあ仕方がないわね……。まぁあなたも聖女だから少しぐらいの傷では死んだりしないもの……。あら!私ったら何を言っているのかしら。これはただの荷物なのに。ねぇ?」
そう言ってアッシュを見るメアリー。
「ちくしょう!!やめろ!!」
叫ぶアッシュを嘲笑いながらメアリーは籠にナイフを思い切り突き立てた。




