第五十一話 嫌がらせ
イレジアに滞在して三日が経った。
明日よりいよいよ巡礼を開始する。
巡礼のやり方としてはこれまでと同じだ。
街の広場に皆を集めて教義を読み上げ、ヒーリングをかける。
神父さんとの打ち合わせ通り、街の北西の広場に集まる。
しかし広場には憲兵が集まっており、何やら街の人間と揉めている様子だ。
「どうかされたのですか……?」
私は近くの憲兵の状況を確認する。
「これは聖女様……。実は……」
憲兵から聞いた話によると、広場の使用には何でも領主の許可が必要だということだ。
しかし神官のおじいさんには前もって巡礼を行うことを伝えておいたはずだ。
「い、いえそんなはずは……教会を通してお伝えしているはずです!」
話が食い違っている。伝え忘れるなんてことはなさそうだし、憲兵も本当に知らなそうなのだ。
「一体何の騒ぎなのっ?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
そこには黄金に輝く鎧を纏う兵士を引き連れたメアリーの姿があった。
「メアリー様……。実は……」
神官のおじいさんはメアリーに事情を説明を説明する。
「まぁ……。なんということでしょう。シルヴィアさんの初めての教義だというのに。この責任は重いですわよ」
メアリーは兵士に目で合図を送ると、両脇についた兵士達はおじいさんの両腕を押さえ、連行しようと引っ張る。
「そ、そんなメアリー様!!あんまりにございますっ!!」
メアリーは慌てふためくおじいさんは見て笑みを浮かべている。
「お待ち下さい」
私は兵士たちを引き止める。
「その方に罪はありません。今回のことは全て私の責任です」
メアリーはまってましたとばかりに声を上げる。
「あらぁん?そうなのですか?それは仕方がないことですわね」
メアリーは集まった街人達の前に歩み出ていった。
「お集まりの皆様!この度は教会の不手際により会場をお借りすることができませんでした!!聖女シルヴィアに代わりこのメアリーが皆様にお詫び申し上げます!!シルヴィア様はまだアルデリアに慣れておりません。失敗は誰にでもあり得ることです!皆様どうか温かくお見守りくださいませ!!」
両手を広げ声高に私の失態だと叫び散らす。
白々しい……。全部お前の差し金だろう……。
「近日中に必ず巡礼を行うと皆様にお約束いたします!ですよねシルヴィアさん?」
全員の視線が私に集まる。
「はい。申し訳ありませんでした」
私は皆の前で頭を下げた。
走って飛び出そうとするアッシュの服を引っ張り制止する。
「いけません。ここは堪えてください」
「なんでだよっ!シルヴィアが謝る必要なんてないだろっ!?」
確かにそうなのだが、そうじゃないんだ。
ここで私達の正統性を主張しても、メアリーを糾弾することはできないのだ。彼女がアルデリアの上層部とべったりな以上、結局都合のいいように事実を曲げられてしまう。仮に私の潔白を証明できたとしても自分達は知らぬ顔で、その責任を全て神官のおじいさんに負わせるつもりだったのだろう。
私のことが嫌いなことはわかる。それは一向に構わない。
ただ関係のない神官さんや街の人間を巻き込むのは許せない。
いいだろう。その喧嘩買ってやる。
私達はその足で領主の屋敷まで広場使用の許可を取りに行った。
ここイレジアがあるナルシュ地方の領主は、ウォーロック卿と呼ばれる人物らしい。
全く知らない人物なのだが、恐らくメアリーの息がかかっていると考えて間違いない。
一筋縄ではいかないだろう……。
まだアルデリアに入って一つ目の中継地点だというのに、これからずっとこの嫌がらせが続くのか……?
勘弁してほしいのだが……。
そんな憂鬱な気分になりながらもウォーロック家の屋敷を訪れる。
街壁に囲まれたちょうど中央辺りに建てられた三階建ての大きな屋敷。
入口を掃除していた男性、恐らく使用人だと思われる人に声をかけた。
「申し訳御座いません。ウォーロック卿は現在ラキアまで公務にお出かけで……」
いつ帰ってくるかわからないということだった。
どうせそんなことだろうと思った。
民衆の面前でわざと約束させたのも、私がそれを守れないということ知ってのことだろう。
そんなに私を貶めたいのか?
これで広場を使うためにはメアリーに頼むしかなくなった。
彼女としては私が頭を下げることで、上下関係をハッキリさせておきたいという思惑なのだろう。実にくだらない。
普通の聖女ならここで泣き寝入りするしかないのかもしれないが……。
残念だが私は普通の聖女じゃないんだ。
メアリーよ。お前が相手にしているのは十二歳の少女ではない。
通算すればそっちの倍も歳を重ねた性悪女なのだ。
これぐらいの障害で私を止めることはできないぞ?
「なぁシルヴィア!どうするんだよ!」
三人とも心配そうな顔色を浮かべている。
「広場は諦めましょう」
「そんな……。巡礼辞めちゃうんですか!?」
そう言うレナに私はニコッと微笑みかける。
「いいえ辞めませんよ。約束通りしっかりと一人一人に加護を与えますから」
私のその余裕そうな顔を見て、不思議そうな顔をする三人。
「そうだ!三人に用意してもらいたいものがあるのですが……」
翌朝もランニングから始まる。相変わらずビリッけつで皆に大きく遅れをとっている。
し、しんどい……。
スタミナなんてものはすぐには身につかない。
継続して訓練することが大事なのだ。
魔力の方は問題ないが、こっちの方はからっきしだ。
シモンに腕の振り方や呼吸の仕方なんかを教わりながらなんとかゴールを目指す。
「シルヴィア様!」
声を掛けられてハッとなった。
横の路地から出てきたその女性はなんと教会の受付をしていたお姉さんだった。
「先日は大変申し訳ありませんでした」
「ハァハァいえいえ、お気になさらずハァハァ」
呼吸をするだけでも大変なのに、会話となってくると余計にしんどい。
「私もご一緒させてください!」
そう言ってお姉さんは私と一緒に走ってくれた。
もともとこのお姉さんは朝ランニングをする習慣があったらしい。その時に偶然私たちを見かけたということなのだ。
お姉さんは私にペースを合わせながらゴールまで励ましてくれた。
午前中は特訓に時間を使い、午後は巡礼に向けての準備。おかげで毎日ぐっすり眠れるほど疲れる。
そしていよいよ巡礼初日を迎えることになった。
アッシュ達にお願いしたものも見事に仕上がっている。
私達の目の前にあるのは一台の荷車である。
花や手作りの装飾で飾られた特製の巡礼用荷車だ。
私はこれに乗って街中を回る。
広場に人を集められないのであれば、私が動いて回れば良い。
これはレニオンの巡礼ですでに実証されている。
馬車でも良いのだが、それだと細い路地には入れないのでこの荷車を選んだ。
少し時間はかかるだろうが、これで街中を歩けば街の人間全員に加護を与えることができるだろう。
「ホントにやるのかよシルヴィア……?」
「ええ、派手にお願いしますアッシュ」
私達が泊まっている宿のちょうど目の前からスタートする。
神官のおじいさんには広場には集まらず、皆誰も自分の家の中で祈りを捧げるようにと案内をしてもらった。
「さぁさぁ皆々様!!聖女シルヴィア様の巡礼だよーーー!!」
アッシュは荷車を引きながら、恥ずかしそうに大きな声で周囲の民家へ呼びかけた。
レナとシモンもその隣で太鼓や笛を吹いて周囲の注目を集めてくれている。
私は自分を中心に円を描くイメージで、その中に入ったもの全てにヒーリングをかけた。
私の周囲が淡い緑色の光に包まれていく。
それを見ていた周りの街民達から大きな拍手と歓声が上がった。
皆それぞれ窓から顔を出したり、軒先に出て私達の姿を見たりと、自分の家に訪れる順番を待っている。
作戦は大成功だ。




