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異世界の果てに旦那と子供置いてきた  作者: ジェイ子
第二章 アルデリア共和国編
43/171

番外編 後悔の始まり


暑い……。


 

九月とはいえまだまだ夏の暑さが残る。強い日差しとごった返す人。連休の中日ともなれば、混雑することは目に見えていた。


人混みは好きじゃない。

若い時はそうでもなかったような気はするけど……。

子供たちが生まれてからというもの、日常の慌ただしさに追われ、気付いたらもう三十を過ぎていた。

また一つ歳をとれば四捨五入で四十。

ドタバタした思い出しか無い。


私の人生これでよかったのだろうか……?

 

どうせならもっと静かで、ゆっくりと落ち着いたところに行きたかった……。

 

「ねねっ!ママ!ママッ!見てっ!キリンさん!」

 

はじめて見る動物に興奮が抑えられないのか、常に早足の娘。買ったばかりの麦わら帽子のリボンを揺らして、ピョコピョコと拙い足取りで柵に駆け寄る。

 

「あ!ちょっとサキ!走らないで!転んじゃうよ?」

 

サキは今年で4歳になる。

自分でできることも少しずつだけど増えてきた。

ただそれでもお兄ちゃんと比べると、この子はずっとおとなしいほうなのだが……。


それほど今回の旅行が楽しみだったのだろうか。

 

サキはほっぺに垂れる汗もお構いなしに、夢中で柵の向こうにいるキリンを見上げている。

 

あぁ……この子には全てが新鮮なんだ……。

 

フッと笑みがこぼれた瞬間、少し後ろから困ったような、悲鳴のような声が聞こえてくる。

 

「ねぇ~〜!早くどっか座ろ!!溶けちゃうよ〜!」

 

兄ハルトの両手にはさっきまで持ってなかったかき氷が。いつの間に……!?

 

「えぇ!?そんなこと言ったって座る場所なんか……」

 

辺りを見回してみるが、案の定ベンチや休憩スペースはどこもいっぱいで、とても4人で座れるような場所はありそうにない。


「ねぇ~は〜や〜く〜!」


この泣きそうな感じの声が、私を焦らせる。


「はぁ。もうっ!」

 

だめだ……。イライラする。最近はため息の数が多くなった。別に子供たちが嫌いなわけじゃない。何気無い一つ一つが、気になって仕方がないのだ。

私がわがままになってしまったのか。


いや違う。原因はきっと……。


人混みをかき分け、なんとか空いているテーブルを見つけた。それと同時に、隣にいたカップルと思われる若い男女も同じテーブルに目を付けていることに気付く。


負けられない。


この席を逃したら次いつ空くかわからないんだ。みっともないけど、私はほぼほぼ駆け足で席をめざす。

カップルの男の方は私に気づいた!

咄嗟にイスに手を伸ばして席をとろうとしている!


そうだ……!バッグ!


夢中で抱えたバッグをテーブル放り投げようとしたその時……。

日頃の運動不足が祟ったのか、私の足はもつれ思いっきりテーブルに向かって倒れ込んでしまった。


ガコーンッ!


と大きな音を立てて、私はテーブルに覆いかぶさり、周囲の視線を一気に集める。


あぁもうサイアク……。


「チッ……!」


「必死すぎでしょオバサン」


目は合わせられなかった。痛みをこらえて何事もなかったように体を起こすと、テーブルとイスを整える。


笑いたきゃ笑え。

そうだよ。オバサンだよ。

悪いかよ……。


ハルトとサキを座らせると、リュックの方からおしぼりを取り出す。ハルトのおしぼりが一瞬でピンクに染まる……。


「あぁ……シャツにまで……。」


サキがシロップのついた手をペロッとなめる。

ねぇ待って。キミはまだ手拭いてないよ。さっきエサあげてたよね……?

もうイライラを通り越して悟りを開くまである。


「お!席取れたんだ!ママナイス!」


既視感。

まるでさっき檻の中で見たマレーグマそっくりだ。

片手に持ったスマホの画面をみながらのっしのっしと現れた男……。


そう……コイツのせいなのだ。

そいつは席にドカッと腰掛けると、満足げな笑みを浮かべる。

 

「どうだハルト!サキ!うまいか?」


うまいか?じゃねーよ。

 

「ねぇ……コレ。」

 

「ん?」


私の方は見ようともせず、スマホをいじっている。

そして画面にはいつもやっているゲーム……。

どうせ話なんか聞く気じゃない。なんならかき氷買ってやって一仕事終えましたって顔してやがる。

私は静かに、でもはっきりとわかるように声をあげる。

 

「ねぇ……コレ見てよ」

 

私はハルトのTシャツについたピンクの線を指さす。

 

「コレ買ったばかりなんだけど……」

 

「ん~~?……あぁ……洗えばおちるだろ。それよりさ、ハルト!パパにもひとくちくれよ!あ〜〜ん♪」

 

得意げにカップに入った氷をザクザクとかきまわし、ハルトはストローの先に氷をすくう。勢い余ったストローが、ピシッとシロップを跳ね上げた。

まるで追い打ちをかけるように、私のメガネにシロップの飛沫がかかる。

 

「あーーうまい!やっぱり暑い時はかき氷だよな!」

 

「席……」

 

「ん?」



「席取ってから買いに行けばよかったでしょ!!」

 

 

思わず大きい声を出してしまった。再び周囲の注目が集まる。ハルトとサキはビクッとしたままかき氷を食べる手を止めてしまう。

 

「え……?あ、だってさ、ハルト食べたいっていうし。ちょうど屋台が空いてたからさ」

 

ああ言えば、こう言う……。

 

旦那はキョトンと悪気のない口調で続ける。


「あ、もしかしてママも食べたかった?買ってくるね!」


そう言うとそそくさと行ってしまった。

私はハッとなって子供たちの方を見る。

 

「あ……ごめんね。」

 

ハルトはなんともない感じで食べ続けてる。

サキの方は……すっかり怯えてしまっていた。

 

あぁ……。やってしまった。



なに?私が悪いの?

 

 

この暑さで座るとこもないのに、冷たいもの買ったら溶けることぐらい想像できるでしょ!?


洗えばおちるだ?アンタが洗うのかよ?私だろ!?


なんでいつもいつもいつもいつも考え無しに行動するんだよ!!

そもそもこの旅行だって勝手に決めて!

お金だってゆとりないのに!親に借金までして!

 

何だよお前……!なんなんだよ……!


目の奥からジワっと熱いものがこみ上げてくる……。


「ママ…………楽しく無い?」


サキは覗き込むようにして私に聞いた。


楽しいわけ……

ねーだろ……。


これでよかったのか……私の人生……。

本当にこれでよかったのだろうか……。


「ううん!楽しいよ!」


ニコって笑いながら私はサキの頭を撫でる。

 





すっかり日は暮れ、私たちは帰路についていた。


ああ……早く帰りたい。ゆっくりしたい。

まぁ無理な話だ。帰れば旅行の後始末が待っている。

あ、食材無いんだ……。買い物も行かないと……。

 

「たまにはいいもんだな。」

 

ウトウトとした私を叩き起こすような大声で旦那が訪ねてくる。


「そうね……」


力を振り絞って返事をする。蚊の飛ぶような小さな声……。

家まではまだ1時間以上かかるみたいだから、運転している旦那には悪いけど少し寝よう……。


「父さんたちのことだけどさ」


突然切り出された一言。

 

嫌な予感……。

 

「もう年だしさ、こっちに呼ぼうと思うんだけど。」


ほら来た。サイアク。

 

「そんな無理よ……。子供たちもいるんだよ?」


「でもさ、ハルトもサキもじいじたちに懐いてるし。」


いやいやいやいや……。

相変わらずトンチンカンな発言に呆気にとられた。

あんなに眠たかったはずなのに……。脈が上がっているのが自分でもわかる。

多分この人のこれはある意味才能なんじゃないだろうか……。

 

「今回の旅行だってさ、いろいろ支援してもらったし、なんだ……その……親孝行というかさ」

 

私の親じゃない。

そもそもパートとはいえ共働きで、家事も育児も私一人なのに……。

これ以上他人の世話なんてできない。まっぴらごめんだ。断固阻止。

 

「N町に今度新しいマンションできるの知ってる?実は俺営業のやつと同級生でさ……」


「だから!そんなこと勝手に決めないでよ!!」


思わず体を起こした瞬間。

眩しい光が目に飛び込んでくる……!!


「危なっ……!!」



一瞬だった……。

胸に……お腹に……足に……。

まるで雷が身体中を駆け巡るような、そんな凄まじい衝撃が私を襲った。




 ……………………………………………………。

 …………………………………………。

 …………………………。





何も見えない。

何も聞こえない。

私は死んだのだろうか……?

もしそうだとしたなら、なんとあっけない最後だろう。


そうだ、子供達は……!?

方向の感覚がない。自分が今どんな体勢でどの方向を向いているかわからない。

私の意識だけがただ存在している。


色々な憶測が頭をよぎる。だめだ……。

突然の状況に頭が追いつけない…………。


「織部かおりさんですね?」


今さっきまで誰もいなかったはずの、ちょうど目の前で、私を呼ぶ声が聞こえた。


「だ、誰……?」


私の目の前には真っ白で、うっすらと光り輝く人?のような生物が立っていた。


よくよく見ると、その生物には目や鼻がなく、のっぺりとした顔に大きな口が一つ付いている。


そいつは大きな口の両端をぐいっと釣り上げてこういった。


「はじめまして。わたくしジノと申します。」


「ジノ……?」


ジノと呼んだソレは、細く長い腕の片方を広げ、よくテレビとかで見るような紳士的なお辞儀をする。

 

「あなたは……!?そうだ私は!?私は……死んだのでしょうか……!?」

 

正直怖い……。

もっと別のお迎えを想像していた。

目の前のこれはなんなのだ。神か……悪魔か……?


そんな得体のしれない生物に私は問いかけている。

ジノはゆっくりと元の姿勢に戻るとこういった。

  

「今はまだ。……といったところでしょうか。」


え……?どういうこと……?

『今はまだ』って何……?


「家族はどうなったの……!?」


ジノはニィっと笑ったまま、微動だにしない。

聞こえていたはずだ。


「ねぇ……教えて……」


「コチラに。2つの箱がございます。」


何言ってんの……?質問に答えてよ!

みんなは……?どうなったのよ……。


「そんなことより…………!」

 

「黒い箱を開ければ……」

 

私の言葉を遮るようにしてジノが手を向けた先には、

四角く、ドス黒い箱が置いてあった。コレもさっきまではここには無かったのに…………。


不思議だ。真っ暗闇の中でも黒だとわかる。

それほどまで禍々しく、異様なオーラを放っている。

黒を超越した黒……。そんな感じだった。


「もとのあなた……。つまり織部かおりに戻ることができます。」


そして反対側を向くジノ。

ジノの指す先には、先程の禍々しいオーラとは対象的な、優しく、あたたかい光を放つ箱があった。


「白い箱を開ければ」


私は息を呑んだ。


「新しい人生が待っています。」


どういうことだ……!?

ここで生まれ変わるかどうかを選べと言うことか!?

こちらの問いかけには応じないようだし……。

そもそもこの生き物を信用して大丈夫なのか……?


少し時間を置いて、私は黒い箱の前に立っていた。


何故だろうか……。

一番は子供たちのことだ。二人がどうなったのか。

それは私が私に戻らなければ確認できない…………。


私は恐る恐る、ゆっくりと黒い箱に手をかけた。


「よろしいのですか?」


さっきまで何も言わなかったジノが突然口を開いた。

コチラを観てまたニヤリと笑う。

 

ふと、手にかけた黒い箱に目をやると、黒くモゾモゾとうごめく何かが、私の手を伝って這い上がってくる!

 

「ひぃっっ…………!!」


頭の中に声が響いた……。


(たまにはいいもんだな)

 

それはアイツの声だった。


(こっちに呼ぼうと思うんだけど)

(N町にマンションできるの………………)

(営業……同級生でさ…………)

(……………………。…………………………。)


聞きたくも、思い出したくもない。

もう忘れていた記憶までもが次々と蘇ってくる……。


(洗えば落ちんだろ)


「はっ……!」


気づいたときには私は黒い箱から手を離していた。

大きく息を切らしながら、私はぎゅっと目を瞑った。

ああ……うまく息ができない……!


その時……目を閉じたその中でも、視界の端に温かな光がぽうっと灯る……。


そっちはだめだ。子供を残して生まれ変わるなんて……。

 

私の思いとは裏腹に、足は白く輝く箱の前に向かっていた……。

足元で優しく、そして清らかに光り輝く箱を、私はただただ見つめることしかできなかった。


「一度箱を開けたら二度と戻ることはできません。どうぞ慎重にお考えください……」


悩む私を尻目にジノはそう言ってまたニヤリと笑う。

楽しんでいるのだろうか……。嫌な気分だ。


コイツは、ジノはさっき「今はまだ」と言っていた。

もし元に戻ったとして……。

生き残ったのが私だけだとしたら?

 

それはとても耐えられないだろう……。

 

ずっと管に繋がれたまま、意識が無いような状態だったら?

旦那にも子供にもずっと迷惑をかけるんじゃないのか?


あれだけの事故だったのだ……。

むしろ大丈夫な方が奇跡なんじゃないだろうか?

 

これらは全て言い訳かもしれない。

私は今の生活から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。別の人間に生まれ変われるのなら、もう一度人生をやり直してみたい。


仮に私が死んで旦那も子供もきっと……。

乗り越えていってくれるだろう……。


私は震える手をゆっくりと白い箱にかける……。


ハルト……。サキ……。


ごめんっっ…………!!!!


 


次の瞬間……私は光に包まれた。




─────────





ォーーーーン………………

ゴォーーーーーーン………………



どこかで大きな鐘の音が聞こえる。

夢から覚めたような……。

覚めていないような……。


ああ……とても心地がいい。


視界はぼやけている。赤?緑?それぐらいしかわからない。

陽の光だろうか?時折チラチラと顔の上を通り過ぎていく。


ああ……。

私は生まれ変わったんだ。

これから新しい人生が始まるんだ……。


私……。織部かおりはゆっくりと消えていく……。

温かい光の中に煙のようになって溶けていくのがわかる。


 …………………………………………。

 ……………………………………。

 ……………………。

 …………。

 ……。


…………マーー…………


子供の声だろうか……?

ガヤガヤとした騒音に紛れてかすかに聞こえてくる。


「ママーー…………」


女の子…………

泣いてる………………


煙のように消えかけていた私の意識が、急激に収縮するように戻ってくる。


サキ……!?


間違いない。間違えるはずが無い!!

これはサキの声だ!


「ママァーーー!!」


泣きじゃくった、悲鳴にも近い声で私を探している。


サキ!サキッ!

なんで!?声が出ない……!?


必死で叫び続けるサキの声。

その声が自分から遠ざかっていることに私は気づいた。


なんで……!どうしてサキが!

ねえ止まって!!サキがっ!!娘がいるのっ!!


ゆらゆらと揺れる景色。声を出すことも、体を動かす事も出来ない。


私の想いは虚しく、サキの鳴き声は私からどんどん離れていった……。


ああぁダメ!!お願い!!

サキ!!

ママっ!!ここにいるよっ!!

サキっっ!!


なんで…………!!こんな…………!!


サキの声は雑踏の中に消えていった。


何故もっとよく考えなかったのだろう……。

私があの箱開けてしまったから……。


私の新しい人生は強烈な後悔によって始まりを迎えた。


サキ……!!

ママ必ず……迎えに行くから……!!

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