第四十二話 私の人生
ここはエストレーン領の街ミュスト。
ミュストは特に何か特徴がある訳では無い普通の街だ。他の街と比較してだいぶ落ち着いている。
過去には魔法使いの世界的養成所があり、世界中から有能な魔法使いが集まってきていたらしい。
王都設立以降は養成所は廃止され、リグルト連邦国の魔法都市ノースターレーンに移された。
その後はこれと言った産業もなく、日に日に寂しくなっている。
私はハルトたちと別れてラムハントに戻り、ロブロットと合流した。
レクスの言った通りサラも何事もなかったようだ。
やはり街では大騒ぎになっていたらしく、ライアンもクレアも私のことを心配し捜査してくれていたのだ。
ギルドに屋敷に教会とてんやわんやだったのだが、なんとか落ち着いて現在に至る。
私は手紙を2通書いた。
一つはラモンドたち両親へ向けて。
ありのままを書くとまた卒倒してしまいそうなので、
魔物と戦ったり誘拐されたことなんかは当然書いてはいない。順調に巡礼が進み、いよいよ国境を越えアルデリアに入ること。
ライアンとクレアの式に参加したこと、カトレアからよろしくと預かっていたためそれも。
もう一通は旦那に向けてだ。
旦那にはエストレーンの村に寄ることがあれば、子供たちの様子を見てきて欲しいと頼まれていた。
正直あんな状態だったので筆が進まなかったのだが、
結果的にハルトに会うことが出来たので、それをしっかり伝えてあげようと思う。
ハルトは別れ際、旦那のことを気にかけていた。
私の使徒をしていることは知っていたようだが、ハルトたちが冒険者になってからは連絡を取れていなかったらしい。今抱えている事件が一段落したらサキを連れて王都に戻ると言っていたので、旦那にはもう少しだけ待っていてもらうとしよう。
そして、私は何故子供達があの村に預けられたかを聞いた。その話は驚くべきものだった。
ハルトも昔のことであまりよく覚えていないと言っていたのだが、事故の後、気付いたら三人とも王都の外れにいたらしい。
そしてその後すぐ王都で私、織部かおりを見たというのだ。
そんなことは有り得ないはずだ。だって織部かおりは私なのだから。
私を探すため旦那は王都へ残り、子供達は旦那の知り合いという人物に預けられエストレーンの村で過ごすことになったという話だった。
私はスタンレーで加護を与えていたとき、私に向けて魔力を放っていた人物がいた事を思い出した。
その人間の顔を見たことがある気がしていたのだが、
何故私はその時気付かったのだろうか。
見慣れすぎていてという可能性もあったかもしれないが……。
はっきりとは見えなかったが、あの女性は恐らく私、織部かおりだった。
有り得ない現実に始めは混乱していたのだが、心当たりが一つだけあった。
この世界に来る前、私に箱を選ばせたあの生き物……。
残った黒い箱をあの生き物が開けたとしたら……。
私の体を利用して何か企んでいるのかもしれない。
ハルトやサキに接触する可能性もある。
確かに箱を開けたのは私だ。だがあの生き物のせいでこうなっているとしたら甚だ不快だ。
何の目的があるのかは知らないが、いつかはケリをつけなければ。
サキのこと、ドミネーターのこと、そして私の偽物のこと。問題は沢山あるのだが、私はラキアに向けて巡礼を進めなければならない。
ミュストの屋敷には床に伏した老人とその人を世話するメイドのお婆さん二人だけだった。
私はラモンドにも国王にもこの領主に対して加護は与えなくて良いと言われていた。
では何故ここに来たのか。
人に会いに来た。というのが正しいのかもしれない。
コレットにはここミュストに弟がいると言っていた。
コレットがああなってしまった以上、弟に飛び火しているのではないかと余計な心配をしていたのだ。
まぁ結果としてコレットの弟はミュストの宿舎にはいなかったのだが。恐らく弟の話自体が作り話の可能性が高い。
歳の離れた弟を残して逃亡しなければいけないとしたら、それはとても苦しいことだろうから。
逆に少し安心しているのかもしれない……。
マルクス=デナーレイン。
エストレーンの領主は齢九十を越える尊老で、七十年前の聖女戦争を前線で戦い抜いた強者だ。
私が来ることなど予想していなかったらしく、寝間着のまま静かに目を閉じている。
たとえ聖女の力をもってしても、人は寿命には勝てないのだ。
手を取ってわかった。この人はもう長くない。
恐らくヒーリングをかけてもそれは変わらないだろう。
老メイドは部屋のカーテンを開け光を取り込んだ。
差し込む光がデナーレイン卿の真っ白な肌を照らす。
私は握った手にもう片方の手を重ね、ヒーリングをかけた。
「良ろしいのですかな?」
その声に驚いて私はデナーレイン卿の方を見る。
目をうっすらと開け穏やかに微笑む彼は、私の手をそっと握り返した。
「加護を受けるのはいつぶりか……」
遥か昔に想いを馳せ、窓に目をやるデナーレイン卿。
「ローザ様……」
大聖女ローザ……。
正直聖女戦争のことにはあまり興味がない。
というより教会も王都の人間も、語り継いでいくというよりは忘れてしまいたい過去のような扱いなのだ。
詳しく話してくれる人間もいなかった。
老メイドはそれを見て目元にハンカチを充てる。
この二人は大聖女ローザと共に生きた人なのだろう。
「ありがとう。あなたが王都に生まれたのは……何かの導きやもしれませんな……」
デナーレイン卿はそう言って微笑むとまた目を閉じて眠ってしまった
帰り際に私はメイドのおばあさんに深々と頭を下げられ、お礼にと言って一本の鍵を渡された。
「これは……?」
「もし、ノースターレーンに立ち寄ることがありましたら、教会の最上階をお調べくださいまし。そこに全ての真実がございます」
そう言ってまた深々とお辞儀をされた。
ノースターレーンか……。
サキのこともあるしラキアに着いたら向かってみるのも良いかもしれない。
なぜデナーレイン卿に加護を与えたのか。
私もレクス達のように生きてみたいと思ったからだ。
織部かおりとしてではなく聖女シルヴィアとして。
レクスが命をかけて私を守ってくれたように、
私も命をかけて誰かを守りたい。
攻撃においては私はあまりにも無力だ。
でも私は聖女として私にしかできないことがある。
同じように道を間違えた人間が、もう一度立ち上がり
歩み出せるように、私は一人でも多くの人の助けになりたい。そう思った。
国境についたらロブロットともお別れになる。
ロブロットは主にフランディアを活動範囲としているため、アルデリアではまた別の冒険者が参加してくれることになっているのだ。
ロブロットはミュストで一冊の小さな本を手渡してくれた。
そこにはロブロットが今まで出会った魔物の姿絵や情報、薬草の知識やポーションの作製方法等がこと細かく記載されている。
本人は汚い字と言っていたがそんなことはない。
丁寧に時間をかけて書き写されていて実に読みやすい。
巡礼に付いて行けなくなるとタダ酒にありつけないと冗談半分で笑っていたが、実にロブロットらしい。
王都を出てから本当にいろんなことがあった。
楽な道のりではなかったが、嫌なことばかりではなかった。
二度と会えないと思っていたハルトにも会うことができたのだから。
聖女シルヴィアの人生はここから始まる。
少女と母親、二つの心を持って。
国境前の街道を行く馬車が私の身体を揺らす──
異世界の果てに旦那と子供置いてきた
第一章 フランディア王国編
完
約一ヶ月間、拙い文章にお付き合いいただきまして
本当にありがとうございます。
活動報告にてご案内させていただきました通り、
第二章の連載開始は2週間後の
2024年8月26日 からとなり、
そこからまた二章の完結まで毎日投稿を続けていきたいと思っております。
これまでにブックマーク、高評価していただいた方、
本当に励みになりました。ありがとうございます。
また、話の続きが気になる方、面白いと言っていただける方は評価とブックマークをしていただけると今後の執筆の励みとなります。よろしくお願いいたします。
ではまた二章でお会いしましょう。
ジェイ子




