第四十話 ジルエール
私の悲鳴に、向こうの林で何羽かの小鳥達が飛び立った。
ジルエール。
ベルガンドの大陸全土どこにでもいる小型の鳥。
彼らは他の鳥達と異なり共同繁殖といって集団で子育てを行う。鋭い爪も牙も無い彼らは、捕食者に抗う術を持たないからだ。
彼らの防衛方法は一つしかない。
それは子供達より先に食われることだ。
親鳥が犠牲となることで捕食者の腹を満たす。
それだけなのだ。
雛鳥達は本当の親を知らない。
それでも大人になり巣立つ彼らは、皆で力を合わせ
子供達に襲い来る敵に命を懸け立ち向かっていく。
『仲間』というたった一つの武器を信じて。
レクスは言った。
生まれてくる子供達が同じ思いをしないようにと。
襲い来る理不尽から大切なものを守れるようにと。
それが、大切な友と交わした
約束なのだと──
ガキィン!!
激しく金属がぶつかる音に、ギュッと閉じたはずの目を開いた。
レクスの剣が宙を舞い、離れたところへと突き刺さる。
何が起こったかわからない……。が、
シュラグの前には一人の青年が立っていた。
黒い外套。
黒い剣。
そして、月明かりに照らされそよぐ黒い髪……。
それは消えかけていた私の心に再び火を灯した。
止まっていた第二の心臓が脈を打つ。
私の袖を引っ張り甘えていたときの幼さは消え、
逞しく美しく整った顔立には、若き日のあの人の面影を残している。
間違いない。
間違えるはずがないんだ。
だって……だってあなたは……
私の息子だから……!!!!
「すまないレクス。遅くなった」
ハルトの姿をみた二人は少しずつ後ずさりを始める。
「黒狼……!!なんでジルエールが二人も……!?」
ハルトは黒い直剣の切っ先をシュラグに向けて睨み付ける。
「お前らみたいな悪党がいる限り、俺達はどこにでも現れる」
シュラグは笑みを浮かべて右手を前に突き出す。
「今日はツイてるぜ!ジルエールを二人も殺れるなんてなぁ!!」
剣を構えるハルト。
だめだハルト!!そいつのプロテクションに触れると武器が……!!
って……いない!?ハルトが消えた……!?
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シュラグの右手は上空に切り上げられてポトッと地面に落ちた。
何が起こった……!?全く見えなかった……。
速いとかそんな感じではなく本当に消えたのだ。
足音もしなかった。
私に付いた腕輪がカチャッと音を鳴らして緩んだ。
手枷を揺らし投げ捨てるように腕輪を外すと、魔力が戻って来る感覚が解る。
「俺からもお前らに一つ教えてやる……。ジルエールは仲間を傷つける奴を許さない……。絶対にな」
「テメェ!!よくもアニキを……!!」
バーニッシュで姿を消そうとするボア。
「ぶっ殺し……!!」
だがボアが消える前にすでにハルトが顔面を殴り飛ばしている。
「ぶるっふぁぁぁぁっ!!」
拳がめり込むほどの勢いで殴られ、回転しながら地面に叩きつけられるボア。
本当に見えないんだ……。消えたと思ったらすでに攻撃が終わっている。速いとかそういう次元の話ではない。
ハルトは私に近付き手枷を外す。
「レクスの回復をお願いします」
私は急いでレクスに駆け寄り、残る魔力を全て回復に注ぐ。
レクスの体に私の魔力を駆け巡らせる。
裂傷、骨折、内蔵も損傷している……。
こんなにボロボロになるまで……。
命をかけてまで守ってくれた……。
ハルトはシュラグに歩み寄り、悶えるシュラグを見下ろす。
「リグルトで拐った聖女はどこへやった?」
「知るかっ!!」
「魚のエサと言っていたじゃないか……!!私のことだって大陸の向こうで戦争の道具に使おうとしてたでしょう!!」
私はシュラグに問い詰める。
それを聞いたハルトも剣を突きつける。
「かもしれないってだけだ!!本当に知らねぇんだよ!!ノースターレーンで引き渡してからは知らねぇんだ!!」
「誰に引き渡した?ドミネーターの連中か?」
「……!!」
ハルトは更に剣を首もとに充てる。
「ここで言わなくても死ぬことになるが?」
あんなに威勢の良かったシュラグがドミネーターという言葉を聞いた途端に怯え出した。
シュラグの足がガクガクと震え出す。
覚悟を決めたように歯を食いしばり、目をギュッと瞑るシュラグ。
ハルトは剣を振り上げシュラグの首目がけて振り下ろす。
「だめっ!!」
咄嗟に叫んでしまった。
ハルトの剣はシュラグの首にかかる一歩手前で止まった。
シュラグに情けをかけたとかそんなものではなかった。
今更どの面下げてと思うかもしれないが、自分の子供が目の前で人を殺すのはやはり耐えられない。
ハルトの目を見て黙って首を横に振ると、彼はそっと剣を納めてくれた。
ハルトが振り向いた瞬間、シュラグは憤怒の形相で私を睨み付ける。ナイフを抜き自分の首に突き立てようと振りかぶった……。
ドスッ!!
ナイフはシュラグの首に刺さる直前で止まる。
レクスが一瞬で起き上がり、シュラグの腕を掴んでいたのだ。
まだ回復もあまり進んでいない。動くだけで精一杯のはずなのに……。
「お前がシルヴィアやサラにしたことを僕は絶対に許さない……。償いきるまで楽にはさせないからな!!」
そう言ってシュラグの顔を殴り飛ばすレクス。
シュラグは下をベロンと出して気を失ってしまった。
幾つもの灯りがこちらに近づいてくるのが見える。
恐らく街道警備隊だろう。
ハルトは私の前に跪いた。
「救出が遅くなってしまい申し訳ありません。
ジルエールリーダー、ハル………」
私はハルトの頭を抱き寄せ自分の胸に押し付けた。
「聖女……様!?」
怖かったとでも言っておけばいいだろう。
「うああああああああああぁぁぁぁ!!」
私が覚えている限り、シルヴィアとして声を上げて泣いたのは初めてだと思う。
なりふりなどどうでも良かった。
あぁハルト……!!私の息子……!!
もう二度と会えないと思っていた。
十二年……。
一日たりとて忘れたことなど無い。
何度も心を折られても前を向いて来れたのは
今日という日があったからだ……。
「ごめんなさい……!!ごめんねっ……!!」
私は大声を上げて泣き、何度も何度もハルトに謝った。
ハルトは終始戸惑っている様子だったのだが。
今日だけは許してほしい。
ヒックヒックと幼子のように泣きやまぬまま、私はハルト達と村に戻った。
時刻は深夜を回り、朝と言った方が近いだろう。
それでも血まみれになった私とレクスの服を見て、宿の主人はすぐ部屋を用意してくれた。
私は部屋で横になったレクスに回復魔法をかける。
もうほとんど魔力は残っていないが、全て出し切るように手をかざした。
「どうして私の居場所がわかったのですか?」
「サラから手紙を預かったんだ」
「サラは生きているのですか!?」
驚く私にレクスは微笑みながら頷いた。
「ああ、無事だよ。おそらく手紙はコレットが書いたものだろう」
そうだったのか……。
あれはシュラグ達からサラを守るための嘘だったのだ。
「コレットは……?」
「わからない……シルヴィアがいなくなってから姿が見えないんだ」
サラが無事であればもうコレットを責めるつもりは無い。無事に逃げ延びて欲しいとまで思っている。
私はどうしてもコレットを嫌いになることができないのだ。
あの子はこの世界に来る前の私と似ている……。
今回ばかりは本当にもうダメだと諦めていた。
それでもレクスは諦めずに私とハルトを信じてくれていたのだ。初めて王都で会ったときから、レクスはいつも私の危機に駆けつけ、救ってくれた……。
私も彼の、いや彼らの役に立てることができないのだろうか……。そんなことを考えながら私はレクスの上に倒れるようにして眠ってしまった。




