第四話 銀の使徒
ラモンドは兵士の一人に耳打ちされ、テーブルの上の髪留めを手に取ると険しい表情で旦那に近づく。
怯える旦那を上から睨み付けると、髭をいじりながら
小さなため息を付いた。
「巡礼の儀が終ってからにしてくれ………。縁起が悪いからな………。」
そう小声で兵士に言いつけた。
ラモンドはいつもの優しい表情ではなく、冷たく侮蔑したような目で旦那を見ている。
「お父様…………違うのです!!この方はこれを届けてくれたのです!!」
ラモンドは今度、淋しげな表情で私を見ると、跪き私を諭すように、髪を撫でる。
「いいかいシルヴィア。お前はとても優しい子だ……。
優しく、聡明で、そして美しい。私も誇りに思っている。此度の巡礼も完璧だ……。お前は何も悪くないよシルヴィア……。だがね…………。」
視線を旦那の方に向ける。
「世の中にはいるのだ。人の善意につけ込み、良からぬことを考える輩が。」
だめだ……。ラモンドは完全に旦那を泥棒だと思っている。
「お父様……!話を聞いて下さい!!」
「私も様々な人間を見てきた…………。見たまえあの男の身なりを。職にも就かず自堕落な人生を送っているに違い無い。おまけに言葉もろくに話せないときている………。」
ラモンドは私の言葉を遮り、兵士たちに目で合図を送った。
兵士たちは旦那の身体を起こし、引きずるようにして連れて行こうとする。
違う……。違わないけど………違うんだ。
何かを手立ては無いのか!!
このままじゃ旦那は…………。
考えろ……………考えるんだ…………!!
私はおもむろに、肩に飾られた3つのピンのうち一つを引き抜いた。
旦那の前まで駆け寄ると、手に取ったそのピンを、
すすだらけの上着の胸元に刺した。
それを見たラモンドは驚愕して少し後ずさりする。
「おお………………。シルヴィア………………なんということを…………!」
10センチ程の銀のピン。その上部には聖女の彫刻と小さな文字が刻んである。
泣きそうな顔をした旦那を覗き込み、私は微笑みながら旦那に聞いた。
「お名前は?」
旦那はまだポカーンとしているが、続けてゆっくりと問いかける。
「名前です。 な ま え」
旦那はハッとなって、声を震わせながら答える。
「カズ…………ヒコ…………。カズヒコ……!!」
知っている…………。織部カズヒコ。それがあなたの名前だから。
「ではカズヒコ様……。聖女シルヴィアは、あなた銀の使徒に任命します。」
周りの兵士、シスターたちや神父もどよめき出している。もちろん、ラモンドもありえないと言った具合に
首を横に振っていた。
「シルヴィアよ…………何をしているのかわかっているのかい……………!?」
「申し訳ありませんお父様……。たとえお父様であっても私の恩人であるお方に、手出しはさせません…………。」
ラモンドはあまりのショックに、頭を抱えフラフラと後ろにいた兵士たちにもたれかかってしまった。
私は座り込んだ旦那の手を取り、身体を起こすと、
お菓子の袋を2つとって旦那に手渡した。
兵士たちはすぐに旦那から離れ、ビシッと敬礼の姿勢をとった。
「カズヒコ様のこと……。よろしくお願いします。」
私は神父さんにそうお願いして、教会を後にした……。
さきほど何が起こったのかを説明する。
私が咄嗟に手に取った銀色のピン。これは使徒の証といわれ、聖女が特別に持つことが許されている3本の
ピンである。クリップのような溝が刻まれていて、
通常は上着の襟などに見えるように付ける。
聖女の寿命は30年前後と言われている。
これは、30年しか生きられないという意味ではなく、『聖女でいられるのが』という意味である。
聖女の力は人間の体力と同じで、20歳くらいをピークに徐々に衰えて行く。そして30歳くらいになる頃には、回復魔法は使えなくなってしまうのだ。
その短い活動期間の中で巡礼を行い、加護を与え、信仰を集めなければならないため、実は聖女はかなり忙しかったりする。
そこで登場するのが銀の使徒である。
聖女はその生涯の中で、3回だけ使徒と呼ばれる、なんというか秘書のようなものを任命することができる。
この使徒が、多忙な聖女に代わり様々な仕事を代行してくれるというわけだ。
使徒はただの秘書ではなく、聖女と同じく教会によって保護される。
すなわち、たとえ国王やギルド長であっても、その一存で使徒に対して干渉することは出来ないのだ。
さらに、使徒が代行できる業務も多岐に渡る。
聖女の名前で寄附金を集めたり、各ギルドへ人員や資材を要求したり、教会をはじめとした聖女関連のすべての施設が利用可能になったりと様々だ。
これは必要に応じてだが、教会から住むところや給金さえも与えられる。
当然、使徒が問題を起こした場合、任命した聖女と教会までもその責任を負うことなるので、本来はかなり慎重に人選する必要があることなのだ。
5歳の巡礼期間で使徒を任命した聖女はたぶん私くらいだろう…………。
これは仮の話だが、旦那が今回のことの腹いせにラモンド対して背教罪なんかを申し立てた場合、彼らは貴族の地位を失う可能性だってある。
まぁそんなことは私が絶対にさせないのだが…………。
ただ、それぐらい大きな権力を、私はあの一瞬の間で旦那に与えてしまったのだ。
私自身、そういうものがあると知っていたぐらいで、
使用するつもりなんて無かったが、あの時はそれしか方法が思い浮かばなかった。
ラモンドがああなってしまうのは当然のことだろう。
なので
今回の騒動のけじめとして、私は当分の間、平民街へ立ち入らないことをラモンドと約束した。
家族と会えるのは少し先になってしまったが、
私は一人、なんだか昔のことを思い出してフフっと笑っしまった。
昔、結婚の報告をしに私の実家に行った時…………。
旦那はガチガチに緊張して、大きな声で一生懸命
「かおりさんを僕に下さい!!」
と言った。
ちょうど今日、あの時の姿が重なったのだ…………。




