第三十八話 最後の足掻き
どれくらい馬車で移動しただろうか。
もう一度状況を整理するんだ。
最後に気を失ったとき、私はコレットと一緒にイスタリスの屋敷にいたはずだ。
次に目を覚ました時にはあの部屋にいた……。
コレットはどうやって私を外へ運び出したんだ?
屋敷にはライアンたちもいたはずだ……。
時間も夕暮れ前だった。人目につかないなどいうことはあるのか……?
シュラグはコレットに貴族を紹介したと言っていた。
屋敷の中に協力者がいた可能性が高い……。
それにあの部屋からそう遠くないところに馬車が停めてあった。この街で馬車を停めれるのは宿、教会、ギルド、屋敷の前……。宿とギルドは目立ちすぎる。私を担いでいれるなんて不可能だ。教会にはあんな地下室のような倉庫はなかった。
そうだ……!!屋敷の中なら私を運ぶのにそんなに時間がかからない。そして馬車もすぐ近くに停められる。
待てよ。そもそも屋敷では私がいなくなったら大騒ぎになっているはずだ……。検問だって敷かれるはず。
でもとっくに街を出ているはずのこの馬車は止まることさえしなかったのだ。
たとえ貴族の馬車でも検問には引っかかるはずだ。
検問をスルーできる馬車……。そんなものが存在するのか……?
検問の必要がない馬車……。
(盗賊が盗賊の心配をするわけがない)
そんなことをふと思い出した。
そうだ……。ある……!
一つだけ検問をくぐり抜けることができる馬車がある!!
そうか、それなら屋敷に停まっていてもおかしくない。
この馬車は街道警備隊の馬車だ……!!
街道警備隊の馬車なら検問の心配など不要だ。
恐らく馬車を引いているのはシュラグとボアだろう。
奴らはどこに向かっている……?
大陸を渡るのであれば絶対に港のある街へと出なければならないはず。
ラムハントの街道警備隊は北西にエストレーン、南西にはレニオンまでしか行けないはずだ。
どちらも港なんてない……。
エストレーンから馬車を乗り換えて国境を越える?
街道警備隊の馬車のままで?いや、それは不可能だ。
国境手前で馬車を乗り捨てる……。どのみち私を運んでアルデリアに入るのは不可能だろう。
となるとレニオンか……。レニオンについてどうする?
屋敷についたところでそこから移動出来ないだろう。
レニオンの手前で馬車を降りる……。
川……!
運河を下るつもりか……!!
マズい……海に出られたらもう追跡する手段がない。
枝分かれした小さな川ならさすがに検問も網羅は出来ないだろう。
私が呑気に買い物をしている間にすべて計画されていたんだ……。
コレット……なんで……!!
私の力で誰かが苦しむのは絶対に嫌だ。
何か物音でも立てれれば誰かに気付いてもらえるかもしれない。
身体は動くだろうか……。よし、身体の痺れはもうない。
とりあえず目隠しを外そう。
手は椅子のうしろで縛られている。指が動かせるくらいだ。
足はどうだ?足首から下ぐらいしか動かせない。
幸い髪の上から布を巻いてある。このまま地面にこすり付ければ目隠しがズレて外れるのではないか?
私は目の上の方をひたすら木の床にこすりつけて目隠しをずらすよう試みる。が、固く縛ってありなかなか外れる気配がない。
ヒリヒリとした痛みが額に走る。恐らく出血しているだろう。でもそんな事はかまっていられないんだ。
頭も上下に揺さぶり、数十回繰り返したところでスポッ!と目隠しが抜けた。
やった……!
周りは薄暗く、馬車の中には何も無い。木で覆われただけの箱だ。隙間から光が差し込んでこないところを見ると、今が夜だということが解る。
この腕輪さえ取れれば……。
何か使える道具は無いか……。
あまり動かない頭を何とか動かして辺りを見回す。
私は自分の肩に刺さった2本のピンに気付く。
使徒のピンだ。
指先は動く……。なんとかこのピンで縄を解く方法はないのか?
わたしは顎と首の力を使って、なんとか肩に刺さったピンを抜こうとする。
少しずつ、少しずつ外れていくピン。
そしてとうとうカランと肩からピンが抜け落ちる。
しかしイスに縛られているせいで、足が自由に動かないのだ。これでは身体を起こすことが出来ない。
身体の向きを変えるために上半身を前後に揺さぶるようにしてズズ……ズズ……と少しずつ身体の位置をずらしてなんとかピンを手にする。
問題はここからだ。
このピンを使ってどうやって手の縄を外すか。
縄を切れるような作りにはなっていない……。
もう一度縄の縛り具合を手確認するため、手首を動かしてみる。
もしかしたらいけるかもしれない。
一度深呼吸をして覚悟を決める。
やるんだ私。どのみち大陸に渡ったら死んだも同然
だ……。だったらここで足掻く!!
私はピンの尖った部分を思いっきり親指の付け根に当ててグイッと押し込む。
「ヴウーーッ!!」
痛い!!でもまだ足りない……!!もっとだ……!!
更に力を込めて押し込む。肉を分けて身体に食い込む感覚……。
「ウウウウーーーーーーーーッ!!」
二、三センチほどピンを差し込み、そして引き抜く。
手の平から熱いものが流れ出る感覚。
私はピンを落として両手を擦り合わせる。
血液を潤滑油として使い、縄から手を抜こうと考えたのだ。激痛に耐えながら、私は必死で手首をねじった。
一時間ぐらいたっただろうか。ようやく右手が縄からズルリと抜けた。猿ぐつわを外し、自由になった手で腕輪を外そうと手にかける。
なんで!?とれない!!
まるで腕に張り付いたかのように腕輪は全く動かなかった。これは私の意思では外れないようになっているのか……。
足の縄を解き立ち上がると、壁を伝い出られそうな場所を探す。ぐるっと一周箱の中を調べてみるが、外からガッチリ鍵がかかっており開けられなかった。
もうこうなったら力技だ。体重をかけて肩から思い切り扉にぶつかる。
僅かに箱全体が揺れたものの、私の力では大した音も出ない。だが私にはもうこれしか手段がないのだ。
何回か繰り返したところで馬車が減速する。
どこかへ停まったようだ。
これが最後のチャンスだ。もう逃げるなら今しかない……。
私は扉から少し離れて構える。
扉が開いた瞬間に飛び出てそのまま走ろう……。
周りに人がいれば大声を出すんだ。
ガチャ……と鍵が外される音がする。
その瞬間飛び出ようとするが、自分の血に足を滑らせ盛大にコケてしまった。
扉が開かれると、そこには街道警備隊の服を着た男性が立っていた。
「聖女……様?」
その男はシュラグでもボアでもない。知らない男性だった。
「聖女様!皆探しておりました!どうぞこちらに!」
私は街道警備隊に連れられて建物の中に入る。
良かった……。音を立てたのが功を奏したのかもしれない。
ここはラムハントに来る途中立ち寄った村だった。
街道警備隊の詰所と思われる部屋に通され、私は安堵の溜め息をこぼす。
ガチャリ
部屋の鍵が閉められる。
私は後ろで手枷を掛けられ、再び猿ぐつわをされる。
その部屋にいる街道警備隊全員の目を見て私は悟った。
ここにいる人間は全てシュラグの仲間だ。
「おいおいまじかよ……。アンタやっぱり最高だ」
奥の部屋から出てくるシュラグ。
「あの状況から縄解くか普通?しっかり鍵掛けといてよかったぜ」
手の傷を見て考察するように私の周りを歩くシュラグ。
「自分の血をねぇ。随分と頭がキレやがる……。本当にガキか?まぁいい。ご褒美に加護を与えてやろう」
そう言って私にヒーリングをかける。
手の痛みが収まり、悔しさが込み上がってくる。
シュラグは私の正面に回るとまた不敵な笑みを浮べた。
拳を振り上げて私の頬を殴り付ける。
襲い来る痛みと衝撃。まるで頭の中で脳が爆発したような感覚だった。遅れて口の中に広がる血の味……。
「手間かけさせやがって。もうお前に助かる道なんてねぇんだよ。さっさと諦めろ!」
だめだ……。万策尽きた……。
シュラグ達に連れられてこられたのは村から大分離れたところにある川だった。
私の推測は当たっていたようだ。ここから運河に出て海に出る。その後リグルト連邦国あたりの港町まで行くのだろう。
ああ。まだ子供達に会えていないのに。
これは天罰なのかもしれない……。
己の行いを悔い続けろということか……。
考えるのはやめよう。
もう疲れた……。
「さぁ聖女様。楽しい船旅と行こうぜ」
シュラグに背中を押され私は船の桟橋に足を踏み出す。
「悪いがお前達が行くのは牢獄だ」
後ろから聞こえた心を揺さぶる声……。
暗闇に翻った白い外套が月明かりを跳ね返した……。




