第三十七話 シュラグ
暗い。暗い部屋の中……。
テーブルの上には一本のロウソクが立てられている。
オレンジ色の光に当てられ、その周囲だけがぼやっと明るく揺らいでいる。
頭がクラクラする。そうだ私はコレットと一緒にいたんだ……。コレットからもらった腕輪をはめた途端、全身に力が入らなくなってそれで……。
テーブルを挟んだ向こう側に誰かいる。髪の長い男。
顔に入れ墨が入っている。知らない男だ……。
その隣にももう一人。この男を私は知っている。
それはドラッド、いやボアと呼ばれた盗賊だった。
「目が覚めたかい聖女様?」
私の向かいに座る男が尋ねる。動こうにも全身がしびれている上に、体が椅子に縛り付けられている。
言葉を発する事も出来ない。
「どうだい?仲間に裏切られる気分はよう?」
まるで獲物を睨みつける蛇のような目で私を見てくる
男。手に持ったナイフで何かの果物を剥き、それを頬張りながら私に近づいてくる。
私の顎をぐいっと引き上げ、まるで品定めするように
ニヤリと笑った。
「噂にゃ聞いていたがこりゃなんともいい女じゃねぇか。ここでメチャクチャにしてやりたいんだがまだガキだしな……」
ギシギシと階段をおりてくる音が聞こえる。
部屋に入ってきたのはコレットだった。
コレットは部屋に入って来るなりテーブルの上にパサッと折りたたんだ一枚の紙を放り投げた。
「これ、この人が使う魔法」
髪の長い男はその紙を広げるとまたニヤリと笑った。
「おお!こいつはすげえ!大当たりじゃねぇか!」
今度はボアがコレットに向けて質問をする。
「サラはどうした?」
コレットは懐から白い髪の毛の束を出し、それを机の上に置いた。
「始末した」
そんな……!!ウソだ!!ウソだと言ってくれコレット!!
コレットは私が目を覚ましたことに気づくと、サッと目をそらしすぐに振り返った。
「もういいでしょ?じゃあね」
部屋を出ようとするコレットを引き止める長髪の男。
「聖女様に杖を買ってもらったのか?」
コレットはピタっと足を止める。
「アンタには関係ないでしょ」
長髪の男はコレットに歩み寄ると肩に手を回す。
「連れねぇこというなよコレット。誰がお前に仕事を与えてやったと思ってるんだ?騎士団に入れるよう貴族を紹介してやったのも俺じゃねえか。あの変態とはまだ続いてんのか?ん?」
コレットは何も言わず持っている杖の袋をギュッと強く握り締めた。
「置いてけコレット」
コレットは男の手を振り払い 、ダッと階段を駆け上がり逃げて行った。
「あの野郎!」
「いいんだよ。わざとだ」
「でもシュラグの兄貴……!」
「あいつには逃げ回ってもらわねぇとな」
そう言うとボアの方を見て笑みを浮べる。
「聖女様を誘拐なんかした日にゃ、見つかったら斬首刑だろうな可哀想に。その間に俺たちは大陸を渡らせてもらおうじゃねぇか」
「ヘヘ。さすがだぜ兄貴」
「許さない……」
麻痺が収まり、動くようになってきた口を必死に動かした。
コイツらが聖女を、サラを……!!
恐怖よりも怒りが勝る。コイツらは絶対に野放しにしてはいけない。
「許さない……か。いいねぇお嬢ちゃん。この前の聖女なんかガクガク震えてションベン漏らしちまってたのに。さすがはエルビオンの聖女シルヴィア様だ」
私が座る椅子に足を掛け、それをぐいっと押すようにに蹴り倒す。私は縛られて身動がとれないまま、顔の側面を激しく床に打ちつけてしまった。
「うっ……!何が……目的だ……?」
シュラグと呼ばれたその男は私を見下ろすと、何か思いついたようにボアの方に近寄る。
「目的……目的ねぇ」
次の瞬間、シュラグは持っていたナイフを振り上げボアの太ももに突き刺したのだ。
「ぎゃあああああ!痛えぇ!痛えよっ!!」
「うるせぇな。静かにしてろ。寄付金もろくに集められねぇボンクラが」
再びこちらを見下ろして笑みを浮べるシュラグ。
「なぁ聖女様、コイツに回復魔法をかけてやってくれよ」
「いやだ……」
「そうかい。じゃあいい……自分でやるさ」
自分でやる?何を言っているんだこの男は……。
シュラグはしゃがみ込んでボアに突き刺さったナイフを乱暴に引き抜く。吹き出す鮮血。
ボアは再び叫び声を上げもがいている。
「ったく、じっとしてろ」
そう言ってボアの太ももに手をかざすシュラグ。
そんなことできるわけが……。
ボアの傷口が緑色の光に包むまれる。
出血が止まり徐々に傷口が塞がっていく……。
「スゲーなこりゃ!!同じ聖女でもこんなに違うのかよ!!」
回復魔法だ……!それも回復速度からしてこれは私のヒーリング……。
なぜだ!?どうやったんだ……!?
シュラグは私に手の甲を向けて突き出した。右手の中指には、コレットからもらった腕輪と同じ紫色の宝石がついた指輪がはまっている。
「アンタの腕についてるそれ。それはつけた人間の魔力の流れを止めて、こっちの指輪に送るマジックアイテムなんだよ」
魔力の流れを止める……!?
そうか……だから魔法が効いたのか……。
聖女は毒や麻痺、呪いなどといった状態の異常に対して圧倒的な耐性がある。全く効果が無いと言っていい。
私達聖女には無意識的に解毒魔法と再生力向上魔法が常にかかっている。
風邪も引かないし、少しぐらいの傷であればすぐに跡形もなく修復してしまうのだ。
それは聖女の特殊な魔力が体内を循環しているためであり、回復魔法もそれによって発動される。
マジックアイテムの効果で、今私の身体には魔力が一切通っていない。つまり魔法を使用することもできなければ、傷も治らない。
当然魔法への耐性も全く無い状態なのだ。
絶たれた魔力の流れはあの指輪、シュラグに流ている……。
「つまり俺は自分の意思でアンタの魔法を自由に使う事ができるってわけだ。当然アンタの魔力を使ってな」
シュラグは私の目の前に血のついたナイフをダンッ!と突き刺し、これでもかというほど顔を近づける。
「俺たちの目的は戦争だ」
その言葉に戦慄が走る。
この男は私を戦争の道具にしようとしているのか……!?
「なぁ、なんで聖女が軍を率いちゃいけないのかわかるか?」
シュラグは私の髪を触りながらニヤニヤと汚らしい笑みを浮かべている。
「死なねぇからだよ!手足をもがれようが、はらわたをぶちまけようが死ねないんだ。回復するからな。その首を飛ばされるまで戦い続けることを強いられる。最高に狂ってるだろ!?」
違う!!
そんなことのために回復魔法があるわけじゃない!!
「向こうの大陸じゃまだドンパチやってる国がある。アンタはそこで兵器になってもらうのさ。死なない兵隊を生み出す兵器にな。寄付金なんてものの比じゃねえ金が転がり込んでくる」
「誘拐した聖女はどうした……!?」
シュラグは再び立ち上がって私を見下ろした。
「さあなあいつはショボい回復魔法しか使えないクズだった。今頃魚の餌にでもなってんだろ?だがアンタは違う。同じようにはならないさ……。向こうには俺の仲間がいる。そいつは精神操作の魔法が得意でなぁ。アンタの脳みそを書き換えて貰うんだよ。従順な奴隷に……な」
くそ……!!くそっ!!くそっ!!
こんな奴らに……!!人の命をなんだと思ってるんだ!!
絶対に許さない……!!
煮えたぎる怒りとは裏腹に身体は全く動く気配が無い。
ボアは私に目隠しと猿ぐつわをすると、そのまま私を抱えてどこかへ運び出した。
階段を上がり、いくつか扉をくぐる……。
そしてその後、私は乱暴に投げられ硬い地面に打ちつけられた。恐らく木の床だろうか……。
目隠しのせいで何も見えない。光が漏れてくるような気配もない。ウーとかフーとか声は出せるが、助けを呼べるような状況ではなかった。
僅かではあるがまだ痺れも残っている。
しばらくすると、ガタゴトと私を乗せた何かが動き出した。
これは……馬車……!?
揺れる身体と埃っぽいニオイだけが、唯一認識できるものだった。
何とかしなければ、私はこのまま大陸を渡って戦争の道具にされてしまう。考えろ……考えるんだ。




