第三十六話 濁った水
「ねぇライアン。他の品ではだめなのでしょうか?」
ライアンはほとほと困り果てたような顔をして、私をなだめようとしている。
「堪えてくれシルヴィア……。ゴードリック卿は無類のマジックアイテムコレクターなんだ。この杖を超えるような品はここらへんには……」
マジックアイテムコレクターか……。
あ!そうだ……!
「それではとっておきがあります!ドラゴンが守っていた聖剣はいかがでしょうか?」
「いやそれはこの前のものだろう!?錆だらけだったじゃないか!」
くそっ!バレたか……!
「研げば良いではないですか。かなり古いものでしたし、マジックアイテムだということはギルドが証明していますよ?」
「いやそうだとしてもだな……」
私は目に涙を浮かべて泣き落とし作戦に出る。
ライアンはきっと女性の涙を無下にするような男じゃないはずだ。
「すまないシルヴィア。では僕はこれで」
そう言ってドアノブに手をかける。
「もういいです。クレアにお願いしますので……」
「なんでそうなるんだ!!はぁ。わかった……。代わりの品はしっかり手配してくれよ……?」
よし!!やった!!
半ば強引にカノン前期の杖を手に入れることができた。しかもタダ同然に。
「うそでしょ……本気で言ってるの!?」
「本気ですよ。この杖はコレットのものです」
私はポケットから小さな宝石箱を取り出しカウンターの上に置いた。
「これをこの杖に付けていただけないでしょうか」
主人はその箱の中身を見て声を上げた。
「こ、こりゃ『真核』じゃあねえですかい!!」
これは以前遺跡で拾った魔石だ。杖は魔石を付けることによりその真価を発揮する。
レニオンで調べてもらった時に、この魔石は最も純度の高い真核と呼ばれるグレードのものだということがわかった。
真核はその魔力生成量の多さから、石の中央に魔力の揺らめきが目視できるものを指している。
「こいつはすごい!こんなの博物館でも観れませんぜ!」
コレットはもはや呆然としている。
魔石は研磨が必要だということだったので、完成まで四、五日かかるということだった。
その間にラムハントで加護を与えることにしよう。
ロブロットにはギルドに預けてある例の剣を研磨して、ゴードリック卿に送ってもらうよう手配をお願いした。
まあ実際この杖もゴードリック卿の爺さんの手に渡るよりは、コレットに使ってもらったほうが喜ぶのではないだろうか。などと勝手な想像を巡らせていたのだった。
ラムハントの巡礼は順調そのものだった。
スタンレーと同じように街を区画分けし、広場に集めて加護を与えるのだが、この街の人間はなんというか、ものすごく真面目だ。
普通ただっ広い場所に人を集める場合、不規則に散らばって纏まりができていくものなのだが、ここラムハントの人間はまるで碁盤の上にでも並べられているかのごとくキッチリと整列する。
几帳面な人間が多いせいか、言われなくても端からピッタリと整列してくれるおかげで、仕切ったり整列させたりといった手間がほとんどかからない。
そして解散もものすごい早い。名残り惜しむものはほとんどいないのだ。
こちらとしては非常に助かるのだが、申し訳ない気持ちと寂しい気持ちが混ざった複雑な気分になる。
あっという間に4日が過ぎ、屋敷のもとへ例の杖が到着した。コレットは恐る恐る杖を手に取ると、両手に持って眺める。
「夢じゃ……ないんだ……」
魔石の揺らめきに陶酔するように杖を見つめるコレッ
ト。その目から一粒だけ涙が頬を伝った。
現実を受け入れられないその表情のまま、口角を上げて笑うように喋りだした。
「はは……。ホント……狂ってますよこの世の中……」
顔は笑っている。だが少し引きつっているようにも見える。
「今までどれだけ探しても無かったカナンが、聖女様に同行した途端に手に入ったんですよ?しかも赤焔の真核までついて……。こんなの王宮の魔導士だって持ってませんよ。これ一本で私の人生何回分の値段になるのか想像つかないです。不公平ですよこんなの……。私が一晩男をとったって……金貨一枚にもならなかったのに……!」
栓を開けたかのようにコレット目から涙が溢れ出した。私は触れてはいけないところに触れてしてしまったようだ。
完全に迂闊だった。
つい熱くなって杖を与えることばかり考えてしまっていたのだ。
コレットにとってカナンの木杖というのは人生の目標だったのだと思う。
必死で勉強し、必死にお金を稼いで、やっとの思いで
騎士団の入団試験に合格したはずだ。
それからもあえて杖を持たず、目標であった木杖のためにお金を貯めていたのだとすれば……。
こんなところで簡単に手が届いていいものではなかったはずだ。
そんな彼女の想いを無視して、出会ったばかりの貴族の娘がそれをポンと与えてきたのだ。
そりゃあそうなるだろう。
結局私は自分の事しか考えていのだ……。
「ごめんなさい……!!すごく嬉しいんです!!でも……うわぁぁぁぁぁん!!」
私はコレットの背中をさすり、気持ちを落ち着かせる。
一頻り泣いた後、コレットは自分の身上を話してくれた。
「私、ミュストに弟がいるんです」
ミュストは次の中継点、エストレーンの街だ。
コレットは母親を早くに亡くし、父親と弟の三人で暮らしていたらしいのだが、この父親というのが大分金遣いの荒い男だったらしく、借金を大量に抱えて家を出て行ってしまったらしいのだ。
弟とは六つ歳がはなれており、弟の世話をしながら騎士団へ入団するための勉強をしていたのだが、当然仕事は選べなかったらしい。犯罪に近いものまで引き受けていたそうだ。
騎士団に入れば屋敷の宿舎が利用できる。安定した給金も入るので、弟との生活も随分と楽になったようだ。そこではじめて自分のためにお金を貯めるようになったということだった。
「なんだかバチが当たりそうです。私にはこんな杖持つ技量も資格もないです」
「ではこうしてはどうでしょう。コレットが出来る限りで構いません。教会へ寄付をお願いできないでしょうか?」
コレットはうつむいたまま溜め息を吐いた。
「そんなのでは全然足りませんよ?」
「実際お金はかかっていませんから。コレットの気持ちが楽になればと思っての提案です。それに今は杖に見合わなかったとしても、これからそうなれるように頑張れば良いではないですか」
私はもう一度コレットの背中に手を当てて言った。
「コレット。私はあなたにも幸せになってほしいんです」
コレットは鼻をすすって微笑んだ。
「聖女様ってみんなそんな感じなんです?」
コレットは自分の鞄をガサゴソと漁り出した。
そしてその中から小さな布の袋を一つ取り出す。
「私からも聖女様にプレゼントがあるんです」
そうなのか?なんだか気を使わせてしまったようだ。
布の袋の中には紫色の宝石がはまった腕輪が入っていた。宝石を取り巻くように美しい金の細工が施された女性用の細身の腕輪だ。高かったんじゃないのか!?
「私のは安物ですけど」
そんな事はない。値段とかじゃなく普通に嬉しい。
私のために選んでくれたのだろうか。
「つけてみても良いですか?」
「はい。お気に召してもらえるといいのですが」
私は腕輪をつけその手をかざしてみる。部屋の光に紫色の宝石が光を跳ね返す。
本当に安物なのだろうか……。赤焔石と同じくらい吸い込まれるような美しさがある。
「聖女様。私……杖にふさわしい人間にはなれないかもしれません」
笑っていたコレットの表情に影が射す。
「大丈夫ですよコレット。人は皆……」
なんだ……!力が……入らない……!
とてつもない脱力感に襲われ、意識が朦朧としてくる……。これは……魔法!?
「聖女様。一度濁ってしまった水は……二度と透明には戻らないんです」
その言葉を最後に私は意識を失ってしまった。




