第三十五話 カナンの木杖
「聖女の方ってみんなそんな感じなのです?」
イスタリスの屋敷に戻り、私は巡礼の打ち合わせをするためにコレットの寝室に来ていた。そして部屋に入ってすぐそれを言われたのだ。
バカみたいというのは私に向けられた言葉なのだろうが、その真意も確かめたかった。
「そんな感じというのは?」
コレットはまた頭を掻いている。
「なんであの子にあそこまでするんです?」
まぁそういう事だよね。
理由は二つある。一つは簡単だ。
ストレス発散なのだから。
買い物でもして気を紛らわしたいじゃないか。
「サラはあの盗賊達に自分の幸せを奪われました。その分これから幸せになってほしいじゃないですか」
「そうやって関わる人全てにおせっかいしていくのです?」
「はい。できる限りで」
また目を半分開いたその表情。
話にならないとでも言いたげだな。
私からも聞こう。
「コレットは何に対して怒っているのですか?」
「別に怒ってはいないのですが……」
「自分が幸せだからといって、不幸な人間を笑うものではありません。逆もしかりです。自分がどれだけ不幸だったとしても、他人の幸せを僻んではいけません」
「っ……!もういいです……」
二つ目の理由は……。
『償い』なのかもしれない。
服を買って、髪をととのえて、話を聞いて、お腹いっぱい食べて。
それらはすべて私が子供達にしてあげたかったことだ。
自分の子供にできなかったことを他の人間にすることで、何とか自分の平穏を保っている。
ここで行動しなければ、またあの泣き声が聞こえてくるのではないか……。後悔するのではないかと、強迫観念とも思える感覚が襲ってくるからだ。
何もしなければ無限に自分を責め続ける。
織部かおりだけではなくシルヴィアの人生までも台無しにしてしまう……。
偽善といってしまえばそれまでだろうが、家族の手がかりが無くなった以上、それが私にできる唯一の償いなのだ。
だからコレット。あなたも例外じゃないんだ。
翌日、私は昨日買った服を着て出かける準備をしていた。
「まだ何か買うんです?」
「はい。それよりどうですかこの服?目立ってないでしょうか?」
厳選に厳選を重ねた街服。なるべく目立たないシンプルなものを選んだつもりなのだが……。
というかここラムハントの服屋はそういった量産的というか、どこにでもありそうな服といったものが無い。
出てしまっているのだ。創り手のこだわりが。
この服も一般的な服ではなくて、ここの縫製工場で働く人間のための作業着だったりする。
コレットの前でクルッと回ってみる。
「まぁ……昨日よりかは目立ってないですけど……」
この長い髪が抜群に違和感を醸し出している気がするがまぁいいだろう。
「では行きましょうか」
「え……?私も行くんです?」
「今日はコレットの買い物ですから」
私はコレットを連れて武具を扱う区画へとやってきた。コレットは杖を持っていないと言っていたので
ここで買おうと思う。
さすがはラムハント。杖の店だけで通りができている。
「シルヴィア、その服もなかなか素敵だね。ギルドのお手伝いさんみたいだ」
レクスが笑いながらからかってくる。
レクスとコレットの間に立つと違和感が際立つ……。
聖女とわからなくても、これはこれでおかしい。
失敗だった気もする……。お手伝いさんだってさ……。
まぁ気を取り直して杖を選ぼう。これだけ店があれば欲しい一本くらい見つかるだろう。
とはいえ私は杖に詳しいわけではない。コレットは何か欲しい杖はあるのだろうか……。
「コレットはどんな杖が良いのですか?」
「いや……。私は別に……」
「遠慮しないでください。この前私のワガママに付き合っていただいたお礼がしたいので」
コレットは頭をポリポリ掻いているが、それはいつもの表情ではなく少し照れたような表情を含んでいるように見える。
「そりゃまぁカナンの杖とかだったら……嬉しいですけど……」
語尾に向かうにつれて段々と小さくなっていく声。
なんだ。欲しいやつがあるんじゃないか。
カナンの杖。それなら私も聞いたことがある。
これはシャロンに教えてもらったことなのだが、
剣はディクロン、杖はカナンという言葉があるらしい。それくらい有名なブランドらしいのだ。
工房は大陸に幾つかあって、ここラムハントにはカナンの看板を持つ工房が三つもあるらしい。
そして訪れた一店舗目。
店の入口からして違う。高級な雰囲気が漂っている。
カランカランとドアベルが鳴り、従業員のお姉さんが
頭を下げる。
ショーケースの中には銀の杖が並んでおり、美しい装飾がなされている。これは猫か……。とても愛らしい。
「手に取ってご覧になりますか?」
私の買い物ではないのだけれど銀の杖を持ってみる。
短杖と呼ばれる指揮棒のような杖。カナンの杖はすべて短杖なのだという。女性でも扱いやすいためということらしい。
思ったより軽い……。軽く握っただけで手に吸い付くような不思議な感覚。
「いかがですか?そちらは当店の限定デザインとなっております」
うむ。ではこれをもらおう。
って違う違う。私のじゃないんだ。
コレットは意外にもあまり興味を示してなさそうだ。
私の視線を感じてハッとなる。
「カナンの最新作ですねそれ。極僅かではありますが貴重なミスリルを含んでいるんです。魔石との相性もよく騎士団の間でも人気なんです」
そんな楽しそうな顔するのは始めてだ。
ただコレットがほしいものでは無いようだ。
一店舗目は主に女性向け、二店舗目は男性向けといったところだろうか。肝心の杖はまだ買っていない。
なんというかコレットは入る前からそこには無いということをわかっているような感じだった。
「この街には後期カナンのものしか置いてありませんから……。」
カナンには聖女戦争前の前期とそれ以降の後期に別れているらしく、銀杖のタイプはすべて後期に分類されるらしい。
まぁここまで来たんだ。最後の一店舗も覗いてみよう。
最後の店舗は他の店舗と比べて随分と素朴な佇まいをしている。店内には店主と思われる老人が一人カウンターの奥に座っていた。
他の店と同じく銀杖がおいてあるのだが、本数も少なくデザイン性が無いものが多い。
バン!
何かを叩く様な音が聞こえ振り向くと、カウンター前のショーケースに貼りついているコレットの姿があった。
「ウソ……。なんでここに……」
コレットが見つめるショーケースの中には、装飾の掘られた黒い木の短杖が収められていた。
「カナン前期……。オリジナルモデル……あり得ない!!まだ残ってるなんて……!!」
店の主人はコレットの言葉に反応してカウンターから顔を覗かせた。
「よくわかったのお嬢さん。確かに二代目カナン本人の作品じゃ。エストレーンの屋敷の倉庫から出てきたもんでのぅ。少し傷はあったものの正真正銘の本物じゃわい」
「コレをいただきたいのですが」
コレットが驚愕してこちらを見る。
「いやいや!!さすがにこれは無理ですって!私の魂をいくら絞っても払い切れないですから!!」
カウンターから店主が申し訳なさそうに私の方を見る。
「悪いがそいつは売り物じゃないんじゃ。うちはカナンの取り扱い店じゃが、修理が専門なんじゃよ。その杖は修理を頼まれとっただけなんじゃ」
目を閉じて深い溜め息をつくコレット。
その拳がギュッと握られるの見ているとすごく切ない気持ちになる。
ガチャ
「遅くなって済まないご主人。頼んだ品は仕上がっているだ……シルヴィア!?どうしてここに?」
店に入ってきた男。なんとそれはライアンだった。
「おお坊ちゃま。ようこそお越しくださいました。こちらに」
そう言って先程の杖をライアンに見せる。
修理を依頼していたのはライアンだったのか。
ん?ということはこの杖の持主はライアンということか。
「ねぇライアン。突然で申し訳ないのですが、その杖を譲っていただけないでしょうか?」
ライアンは驚いた表情で首を横に振る。
「それは困る。これはゴードリック卿に返礼品として贈るものなんだ……」
なるほど。簡単に言うとお祝い返しというわけか。
よこしてもらおうか。




