第三十四話 工業都市ラムハント
サラは一人残され、座り込んだままガクガクと震えながら怯えている。
なぜ回復魔法を使えたのかはわからないが、この子はあの男達に利用されていたのだろう。
私達は宿に入りサラと二人になると、今までの経緯を尋ねた。
「話せるだけで構いません。何があったのか教えていただけませんか?」
サラの唇は細かく震え、何か言葉を発しようとしているのだが上手く聴き取ることができなかった。
「大丈夫ですよサラ。あなたの安全は保証します。私が質問しますので首だけ振って答えてください」
サラはこっくりと頷いた。
「サラ、あなたは聖女ですか?」
サラは首を横に振った。
やはりか。ただそれならどうして回復魔法が使えたのか。
「あの者たちに無理矢理従わさせられていたのですか?」
サラは首を縦に振る。その目からは大粒の涙が溢れ、白いローブに染み込んでいった。
私はサラの手を握った。怖かっただろうに。
ローブの隙間から覗いた細い腕に、幾つもの痣が見受けられる。
ハッとなった私はサラのローブを脱がせ身体を確認する。
全身の至る所に打撲や切り傷、火傷まである……。
中には明らかに意図的につけたであろうものも。
込み上げて来る怒りを抑えつつ、回復魔法が使えた謎を探るためサラに魔力探知をかける。
サラの腹部に明らかに通常とは異なる魔力の流れを感じる。これは何だ?
意識を集中させ腹部にあるそれの輪郭を追ったとき、私はゾッとなって魔力探知を解いてしまった。
それがなぜそこにあるのか理解できなかったが、ある恐ろしい仮説が浮かび上がってしまった。
サラの腹部にあるそれは身体に拒絶反応を引き起し、それによって出る魔力がサラの体中を巡り蝕んでいる。
このままだとサラはそのうち体中が壊死してしまう……。恐らく今でも全身に激痛が走っているだろう。うまく喋れないのはきっとそのせいだ。
これは毒ではないから解毒魔法では治すことができない。
しかもこの拒絶反応を無くさなければヒーリングをかけてもまた魔力に蝕まれる。
リグナーに使った魔法なら治せるかもしれない。
「サラ。あなたに起きたことを無くすことはできません。ですが、体の傷と病は治してみせます。ここからやり直してください……」
──迷い立ち止まる者よ、病み痛み苦しむ者よ
絶望は幸福へと替わり、苦厄を払い安息を得るだろう。
今再びその足にて歩まん──
全 回 復 魔 法……。
眩い光がセラを包み込む。
体中の傷が消え、魔力の流れが正常に戻る……。
腹部のそれも消滅したようだ。
サラは目をぱっちりと開け自分の体を見ながらまたポロポロと涙を落とした。
「痛く……ない……。痛くない!!」
部屋のドアがノックされたので急いでサラにローブを着せる。
レクス達に事情を説明し、サラはラムハントの教会で保護してもらう流れとなった。
その後、私はレクスに先ほど思い浮かんだ仮説を打ち明ける。
サラの身体の中にあったもの……。
それは『指』だった。
そして恐らくその指の持ち主は……。聖女だ。
巡礼中に行方不明になった聖女のものと考えて間違いないだろう。
聖女は私を含め髪が長い者が多い。なぜか?
聖女は魔力の塊だからである。それ故頭髪にも魔力が宿り、切り落としても毒や呪いを弾く効果があるのだ。力のなくなる手前で髪を切り、それを魔除けとして役立てる習慣もある。
もちろんそれは頭髪以外の部位にも言える。
奴らはサラの身体に切り落とした聖女の指を無理矢理埋め込み、回復魔法を発動させていたのだ。
当然そんなことをすれば体が拒絶し、自身の持つ魔力を使って原因を追い出そうとする。そしてその魔力が体中を傷つけていく。悪魔の所業だ……。
「聖女の誘拐は盗賊ギルドが絡んでいると見て間違いないな……」
「もしかしたら、サラと同じような人間が他にもいるのかもしれません」
誘拐された聖女がどのような酷い目にあっているのか想像したくもない……。
本当に同じ人間なのか?沸き上がる怒りを抑えようとしても、子供達の手がかりを失った事実も相まって、私は苛立ちを隠し切れずにいた。
スタンレーが最大の流通都市とするならば、ラムハントは最大の生産都市と言える。
鍛冶、服飾、薬から日用品まであらゆるものを生み出しているのだ。
街に入ると鍛冶屋の金槌を振る音や、糸車を回す音などの作業音で街全体が賑わっており、軒先にはそこで作られたであろう自慢の品が飾られている。
まず私達は一番でサラを教会に預ける。と言いたいところだが、彼女の持ち物はこの薄い布切れ一枚しかない。せっかく服屋も並んでいることだし、身の周りのもの一式整えてから送り出してあげよう。そう考えていた。
それに私だっていかにも聖女ですという格好で買い物をすると、すぐに人だかりができてしまう。
買い物用の服が欲しいと思っていたので丁度良かったのだ。
そして……。
2時間に及ぶ厳選の末、黒のインナーに白い上着が合わさったものを選んだ。肩の部分とおヘソの部分が露出しているが、傷を隠す必要が無くなったせいか、サラがこれがいいと自分で選んだのだ。
下は動きやすいものが良いらしく、ゆったり目のパンツスタイルのものにした。
サラの白い髪と褐色の肌によく似合っている。
まぁ厳選のほとんどの時間は私のものだったのだがそれは内緒だ。
服が決まったら次は当然髪だよね。うん。
この辺には美容院の様なものは無さそうなので、イスタリスの屋敷でやってもらうことにしよう。
などと本来の目的そっちのけで奔走する私にみんなは苦笑いするしかなかっただろう。
「シルヴィア……!」
私達を出迎えてくれたのはドレス姿のクレアだった。
その後に続けてライアンも。
「あら?そちらの方は確か……」
クレアはサラに気づいたようだ。二人には事情を説明しサラの髪を整えて貰うようお願いした。
「おー到着したようだなシルヴィア!」
呼んでないガーラントまで現れる。
まぁこの男の屋敷なので当然なのだが。
ガーラントの後ろには美しい女性が立っている。
年齢は40代後半だが、気品に溢れ、女としての格好良さが見える。
「よくいらっしゃいましたシルヴィア。王都以来ですね……。ラモンドとマチルダに変わりはありませんか?」
「ご無沙汰しております叔母様。二人共変わりなく過ごしております。お心遣い感謝いたします」
カトレア=イスタリス。
ガーラントの妻にして父ラモンドの元婚約者だ。
この人を巡って父ら兄弟は疎遠になってしまった。
私は事の経緯をマチルダからしか聞いていないのだが、なんでもカトレアとラモンドは貴族の間では珍しく交際から婚約まで進んだケースらしい。しかしカトレアの容姿を見たガーラントは、一方的にラモンドとの婚約を破棄し、カトレアと婚約を結んでしまった。
本人の人柄を見る限り全くやりそうである。
ラモンドの怒りは相当なものだったのだろう……。
「叔母様。クレアのことよろしくお願いします」
「ええもちろん。主人には絶対に手出しさせませんから。この命に変えても……ね」
ガーラントを笑顔で見つめるカトレア。
言いたいことを全て理解してくれているようだ。
ガーラントは気配を察してそそくさとどこかへ行ってしまった。
しばらく談笑しているうちに、サラが髪を整えて出てきた。ボサボサだった髪は真っ直ぐに矯正され艶を放っている。どこぞのお嬢様と言われてもなんら違和感がない。満足の出来だ。
サラを協会まで送り届けると、私は買っておいた首飾りをかける。
これはマジックアイテムだ。精神を安定させる効果があるらしい。
サラはきっとこの先も嫌なことを思い出してしまうだろう。そんな時に少しでもその苦しみを和らげてあげたい。多少値は張ったが、彼女がこれまで受けた苦痛に比べたらこれぐらいは当然だろう。
「あのっ……シルヴィア……様」
帰り際、後ろからサラに呼び止められる。
「酷いこと言ってごめんなさい!全部……大切にする!」
「あなたに聖女の加護を」
私はサラに微笑んだ。
それを見ていたコレットがぼそっと呟いた。
「バカみたい……」




