第三十三話 杖いります?
レニオンを出発した私たちは、次の中継地点であるウールベル領のラムハントを目指していた。
ここはレニオンを出てしばらく街道沿いに進んだ草むら。
レクスとコレットが新たに加わったので、戦闘を想定した事前確認をすることになった。
「これ……やる意味あるんです?魔物との戦闘はお二人の仕事でしょう?」
コレットは面倒臭そうに吐き捨てる。
そういうことを言いそうにない感じの子ではあるのに。
まぁ別にやらなくてもいいけど助けないよ?
と言ってしまえたらどれだけ楽だろうか。
今はこの子にかまってる元気が無い。
「まぁそう言わないでください。二人もコレットのことを知っておいたほうが動きやすいので。それに戦うのは魔物だけとは限りません」
後ろ頭をポリポリ掻いてまぶたを半分だけ開いているコレット。
「お嬢さん使える魔法は?」
「風と炎を使います。喰らってみます?」
そう言ってロブロットを挑発するコレット。
あの村に行ったときからコレットがこういう人間だということは、ロブロットもよくわかっている。
呆れて両手を上げていると、それを聞いていたレクスが口を開いた。
「いいよ」
「はい?」
コレットは余計に不機嫌そうな顔になる。
「君の魔法が僕に届けば君の勝ち。これから一切口出ししないと約束する。戦闘にも参加しなくていい。ただし僕に当てることができなければ僕の勝ちだ。こちらの指示に従ってもらう」
「どんな魔法でもいいんです?」
「構わないよ。君の魔法が発動するまで僕は動かない。それでいいかな?」
「それは舐め過ぎかと……。まぁ良いですけど。」
二人は距離を取って向かい合う。
私はロブロットと共にレクスの後ろで待機することになった。
後ろに魔法が反れた時はロブロットを守ってやってくれとことだ。
なぜそんな不利な条件を出す必要があるのか。
ライアンの時にもあったがそもそも同行するにあたって魔物と戦闘することは説明されているはずだ。
あんな態度をとっているコレットの方がおかしいはずなのだが……。
「火傷しても知りませんから」
そう言ってコレットは詠唱を始める。
──焦炎纒いし精霊ジーヴァよ。その冷酷なる戯れでかの者を混沌へといざなえ──
精霊詠唱?以外だな……。
タイプ的には現象詠唱だと思ったのだが……。
飛炎大群!
コレットの両手から炎を纏うコウモリが召喚される。
一匹一匹は拳大くらいの大きさなのだが問題はその数だ。恐らく数百はいるだろう。
鳴き声なのか燃焼音なのか分からないが、チッ!チッ!という音をたてながらコレットの周りを浮遊している。
「どんな魔法でもいいということなので。悪く思わないで下さい」
レクスは剣を逆手に構えて腰を深く落とす。
剣の刀身がうっすらと藍紫色の光を帯びる……。
閃空剣……。
コレットは片手を前に突き出してパチン!と指を鳴らした。
コウモリ達が一斉にレクス目掛けて襲い掛かる。
しかしコレットの指が鳴ったのとほぼ同時にレクスの姿が消え、再び姿を現した時にはもうコレットをお姫様抱っこのように抱えていたのだ。
ほんの一瞬。瞬きする間もない間の出来事だった。
コウモリの何匹かがこちらに飛んできたので、私はプロテクションで防ぐ。数匹のコウモリはプロテクションに当たり消滅した。
レクスはコレットをそっと降ろすとこちらを見てニコッと笑う。
「相変わらずじゃのあやつも」
ロブロットはこうなることがわかっているようだった。
後でレクスに直接聞いたのだが、こういうことはよくあることらしい。
魔法職の人間、特に攻撃魔法に特化したタイプは総じて前衛職を見下していることが多い。
当てたら勝ち。どんな魔法でもよい。発動するまで動かない。ここまで言うとだいたい魔法職は侮辱されていると腹を立てて、絶対に当てれるであろう範囲魔法を使用してくるとのことだ。
来る魔法がわかれば対処は簡単なのだと話してくれた。
広範囲に魔力を展開する分、発動から対象に届くまでに一瞬の隙ができる。その隙を狙ったのだ。
なるほど。彼らの方が一枚上手だったわけだ。
コレットはこちらにトコトコと歩いて戻ってきた。
「聖女様の魔法は見たことありません。なんという魔法なのです?」
まるで何事もなかったかのように私にそれを聞いてくるコレット。私は情報共有としてプロテクションのことを教えてあげた。
とはいえ私自身プロテクションのことはよくわかっていないのだが。
物理、魔法共に防御できること。後は防護壁に触れると硬い物やマジックアイテムでも破壊できてしまうこと。
「なんですかそれ?反則でしょ?」
まぁその分デメリットもあるのだけど。
それと今更なのだがコレットを見て気付いたことがある。
彼女は杖を持っていないのだ。
私はコレットに聞いてみることにした。
「コレットは杖を使わないのですか?」
コレットは聞かれたくない様な顔をしてまた頭をポリポリ掻いた。
「あー……。杖いります?」
え?いや、いるかいらないかと聞かれたら私はいるのだけれども。
「聖女様がおっしゃっているのはマジックアイテムの杖ということですよね?私そんなにお金ないので」
そうか。
確かにシャロンの杖も私の杖も高級品だ。
隊長クラスともなれば王国から支給されるのかも知れないが、コレットなど役職者でないものはそうもいかない。
考えてみたら平民から騎士団に入団できただけでも相当の努力と苦労が必要だったことだろう。
さぞイヤミな質問に聞こえただろうな……。
私達は立ち寄った村で加護を与えながらラムハントを目指す。
ロア領を出てウールベル領に入った一番最初の村。
そこで私は一台の馬車が停まっているのに気付いた。
装飾が施された二人乗りの馬車。教会の紋章入りである。
さて、どうしたものか。
気分的にあまり面倒なことには関わりたくないのだけど……。
しかしサラという聖女がいないと知ってしまった以上、目の前で村民を騙して金を巻き上げているのは腹が立つ。ムシャクシャついでにここは八つ当たりさせてもらうとしよう。
村へ入ると一目散に馬車へと歩み寄り、降りてくる二人に直撃する。
「ごきげんよう。またお会いしましたね」
全身全霊の聖女スマイルを喰らえ。
ドラッドと呼ばれていた男はあからさまに顔をしかめる。
「ごきげんよう。サラさん」
サラは相変わらず無表情のままだった。
「きっとこれは何かのご縁なのでしょう。今日はご一緒していただけますね?」
ドラッドは私とサラとの間に入る。
「サラ様は疲れておいでですので。失礼」
そう言って強引に立ち去ろうとするところに立ちふさがって引き止める。
「先日教会に確認しましたがサラという聖女はいませんでした。どういうことで……」
「何かの間違いでは?急いでますので」
この男はさっきから自分が大失態を犯していること気付いていない。前回のときも違和感があったが、たとえ大神官であるソフィアですら聖女の発言を遮るなどということは言語道断だ。聖女に使えるものなら当たり前の話である。
聖女は神に近い信仰対象だ。神がお告げを述べている時に、急いでるんで!などとほざく神官はいない。
ここで白黒つけてやる。
「そうですか。ではサラさん、回復魔法を使用してみてください」
サラは手をのばし、私にかざす。
回復魔法
私を緑色の光が包む。
それは間違いなくヒーリングだった。
「なんで………!?」
「これで満足でしょうか?では……」
立ち去ろうとするドラッドの手をレクスが掴み、持ち上げる。
ずり落ちた袖の中から蛇の入墨が覗く。
「アンタの顔を見たことがある。名前は確かボア……。盗賊ギルドだったよな?」
男はレクスの顔を見て青ざめる。
「白兎……!!なんでジルエールがここに!クソッ!!」
男はレクスの手を振り払って馬に乗ると、サラを置いて逃げていってしまった。




